第3話

 「こんな状況で不安な気持ちは分かるけど、こっちもちょっと余裕がないんだ。 悪いんだけど遠慮して貰えるかな?」


 祐平がそういうと蒲田と呼ばれた学生は露骨に嫌そうな顔をしており、表情から「邪魔するな、目障りだ」といった感情がありありと浮かんでいる。

 

 「いや、こんな状況だからこそ一緒に行動しましょうよ。 人数いた方が何かと有利でしょ?」

 「君の言う事にも一理あるけど、笑実にはそんな余裕もないし、俺も笑実の事で手一杯だ」


 失せろと祐平が含みを持たせてそういうと蒲田は睨みつけて来るが、睨み返すと何とか言えと言わんばかりに笑実を見るが彼女は何も言わない。 明らかに蒲田を警戒していたので、信用する事は難しそうだ。

 蒲田と祐平はしばらく睨み合っていたが、これ見よがしに不愉快だといった様子で踵を返すと円へと向かっていった。


 「……行ったぞ。 なんか感じの悪い奴だったな」

 「うん。 同じクラスなんだけどじろじろ見て来るからちょっと気持ち悪くて……」

 「見るからに陰キャっぽい奴だったし、それは普通にきもいな」


 追い払って正解か。 この後も気を付けた方が良さそうだ。

 祐平は円に入って消えていく蒲田を見て、今後警戒するべきだと思いつつ減って行く人数を見てそろそろ行かなければならないかと悩む。 ぐるりと見回すが明らかに出口らしきものが見当たらない。


 もしかしたら探せばあるのかもしれないが、ない場合はかなり不味い。

 光っている円が消えれば完全に閉じ込められる。 人が消える現象を目の当たりにして、これが普通じゃない事は早々に理解できた。 つまり行かない選択肢はない。


 「笑実、離れるのは不安かもしれないけど、行かない訳にはいかない。 分かるな?」

 「……うん、そうだけど……」


 流石に一人でよく分からない場所に放り込まれる事に不安を覚えているのか笑実の表情は暗い。

 少し悩んだが祐平は笑実の手を引いて円へと向かう。 このままだといつまで経っても動けないので、思い切って動く必要がある。


 祐平はやんわりと服の裾を掴む笑実の手を剥がした後、安心させるように頷いて見せる。


 「俺が行ったらお前もすぐに来い。 向こうに行ったら俺を探せ、俺もお前を探す。 可能な限り早めに合流してこの状況をどうにかできる方法を考えるんだ」

 「……分かった。 なるべく早く、私を見つけてね」

 「そうするつもりだが、お前もちゃんと動いて俺を探すんだぞ?」


 笑実が頷いた事を確認した後、祐平は円の中心に立つと輝きが増して手の中に一冊の本が現れた。

 それを掴んだと同時に周囲の風景が一瞬で切り替わる。

 本当に一瞬の事で、瞬きしたら既に別の場所にいた。


 「何だここは……」


 祐平が飛ばされたのは巨大な通路。 周囲は薄暗く、壁がぼんやりと薄紫に輝いているので最低限の視界は確保できた。 ぐるりと見回し、何か居ないかと耳を澄ますが物音は聞こえない。

 

 ――取りあえずいきなり妙な事にはならなさそうだな。


 念の為にと壁を背にして持たされた魔導書に視線を落とす。

 分厚い洋書のような見た目に反してページは数十ぺージしかない。 

 軽く捲ると内容は理解できない文字が記号かの判断のつかないなにかの羅列と奇妙な図形が描かれていた。 表紙などを見てみるが「11」とだけ記されている。


 この状況の仕掛け人はこれが身を守る武器になるといった。

 何かしらの助けになるはずなんだが――どうすればと悩んでいると本が淡く光る。

 同時にこの本についての知識が流れ込んで来た。 自分の知らないはずの情報が脳裏に瞬く。


 あまりの気分の悪さに吐き気がするが、目をきつく閉じてやり過ごす。

 終わった後、小さく息を吐いた。 


 「なるほど、こりゃ便利だ」


 祐平は皮肉気にそう呟いた。

 この魔導書。 特定の悪魔と契約し、その力を限定的に扱えるようになるようだ。

 全部で七十二冊存在し、これはその十一番目で「11/72グシオン」という悪魔の力を引き出せる。


 恐らく、いや、間違いなく七十二冊の本を集めて本を完成させる事がこのよく分からないゲームのゴールだろう。 次にこの魔導書の使い方だが、既に扱えるようにはなっている。

 本を手にした事で契約は成立しており、どうやらあの円に乗る事は契約の儀式を兼ねていたようだ。


 同意なしで契約とか新手の詐欺かよと思ったが、結ばれている以上は仕方がない。

 契約である以上、代償が必要だ。 使用には持ち主の魂を要求する。

 大きな力を振るえば振るう程に消耗は増し、限界を超えて使用すると最終的には死を齎すとの事。


 次に振るう力の規模だ。 

 魔導書には全部で五段階の調整が可能で、位階と言うらしい。

 第一位階から第五位階まで、数字が増えれば増えるほどに悪魔の力を大きく扱える。


 ここまでは全ての魔導書に共通している部分で、ここから祐平のみが扱える力だ。

 七十二体の悪魔にはそれぞれ固有の特殊能力を保有しており、「11/72グシオン」の能力は使用者の質問に答える事だ。 ただ、どの位階で発動したかによって回答範囲が変わる。

 

 加えて「11/72グシオン」が知らない事は教えてくれないので、なんとも言えない能力だった。

  

 「……取りあえず試しに使ってみるか」


 そう呟いて試しに使ってみる事にした。


 ―― <第一レメゲトン:小鍵ゴエティア 11/72グシオン

 

 瞬間、何かと繋がるような感覚。 取りあえず質問をする事にした。


 ――ここから出る方法は?


 ダメ元だったが、現状は不可能と回答が返ってきた。 ただ、他の魔導書を手にすれば可能性はあるようだ。

 なら次は笑実の居場所は?と尋ねたがこれも知識にないらしく不明と返ってきた。

 次にこの状況について尋ねると、七十二の悪魔を束ねる王を生み出す為の儀式らしい。


 「あぁ、この辺は応えてくれるんだな」


 もうちょっと詳しくと質問すると儀式の詳細は第四位階以上と言われた。

 ふざけやがって。 胡散臭いアプリをインストールさせられた上、課金を催促されている気分だった。

 衝動的に使いかけたが、我に返って質問を変える。 割と重要な事だったので使う前に知っておきたい事だった。


 ――魂を使用すると具体的にどうなるのか?


 また、第何位階を使えとか言われるのかと思ったが意外な事に詳細な回答が返ってきた。

 魂とは人間に備わっているエネルギーの塊らしく、それを消費する事で魔導書は動く。

 そのエネルギーは何を示しているのかというと――寿命だ。

 

 聞いておいてよかったと祐平はほっと胸を撫で下ろすが、知る事ができるだけで状況に変わりはないので何の慰めにもならなかった。

 次に具体的にどの程度の寿命が持って行かれるのかいうと――

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