第18話 居ても立っても居られない!

 ……え、えっ!?

 返ってきた返信に目を疑ってしまう。


 なぜなら、


『田中奏斗。あなたがうちの天音をたぶらかしているのかしら?』


 それが天音ちゃん本人ではないのは明らかだからだ。


 “うちの天音”……母親だろうか?

 でもどうして天音ちゃんのスマホに母親が……。


 考えを巡らせる中で、一つ思い当たることがあった。


「……なるべくあの家には帰りたくないから」


 テストが始まるまでの期間で、天音ちゃんがこの家で呟いていた言葉だ。


 なるべく帰りたくない、もしかしたらこの母親が原因で?

 人の親を悪く言うのは気が引けるけど、そう考えれば辻褄つじつまは合ってしまう。


「どうするべきか……」


 「通話」をタップしようと手が伸びるも、意味がないことに気づく。


 今、天音ちゃんは母親にスマホを取られている状況だ。

 俺から通話しようものなら、もっとひどい事になるかもしれない。

 となれば、連絡手段はない。


「……」


 窓から外を見る。

 時間は八時を過ぎた頃。

 すっかり暗くなっているし、今から天音ちゃんに会いに行ったってどうなる?


「いや!」


 それでも、動き出したくなった。

 天音ちゃんから何かを求められたわけじゃない。


 けど、今思い浮かぶ彼女の顔は「帰りたくない」と言っていた時と同じ顔が浮かんで、居ても立っても居られない。


 階段を音を立てて駆け下りていくと、当然のようにリビングから声が掛かる。


「こんな時間にどこ行くの!」

「ちょっと出てくるだけ!」


 軽く返事だけをして、勢いのまま玄関から飛び出す。

 俺は一緒に帰った時に一度聞いた、天音ちゃん家の方向を思い出す。


「ここをずっと真っ直ぐ行って、右に曲がったところだよ」


 天音ちゃんは自分の家の話をあまりしたがらない。

 だから聞いたのは一度、しかもこの情報だけ。


 いや、


「知らない人、久しぶりに見たかも」


 なんて意味深なことも言っていたような。

 その時はすぐに話題を切り替えられたし気にしなかったけど、どういう意味だったんだろう。


「ああ!」


 と、考えているとようやく思い当たる。 

 俺はバカなのか!?

 天音ちゃん、天音ちゃんと言っているから、すっかり名字が抜け落ちていた。


 名字が「姫野」であの道なり……。

 もしかしてあの大豪邸!?

 この辺で姫野と言えば、あそこしか思い当たらないぞ!


「……ッ!」


 俺は自然と駆け出す。


 相変わらず自分の頭の悪さには呆れてしまうけど、まあいい。

 今は天音ちゃんの家が分かっただけでもよしとしよう!


 家に行ったって何が出来る?

 そんなことは頭から振り払って、ただ前へ前へと足を踏み出していった。







<天音視点>


「……はぁ」


 ため息をついて、暗い夜空を見上げる。

 座り込んでいるのは、家の敷地内外を仕切る門の前、つまり自宅の前だ。


「……」


 家の中にいるのが嫌になって、つい飛び出してきてしまった。

 夜風は冷たくないけど、手持ち無沙汰ぶさただ。


 スマホも取られちゃったし、なんとなく手が寂しくて髪をいじる。

 伸びてきたな、とふいに考えるも、やっぱり思考はすぐに持っていかれてしまう。


 頭の中で繰り返し流れるのは、お母さんの言葉。


「一番以外に何の価値があるの!?」


 ものすごく怒ってた。

 そうなるだろうなとは思いながら、けれど心のどこかで一度ぐらい許してくれるんじゃないかと信じてた。


 その結果が、これだ。


「……はぁ」


 ため息を何度つこうとも、心のモヤは出ていってくれない。

 

 母親も別に昔からああだったわけではない。

 今の母親になってしまったのは、わたしが高校受験に失敗・・してからだ。


 エリートコースまっしぐらのお嬢様女子高。

 隣の市にあるその高校に、わたしは落ちた。


 それで通う事になったのが今の高校だ。

 その時は烈火のごとく怒られたけど、「一番を取り続けるから」と言ってなんとか説得させたんだ。


 それで今回一番を取れなかったのなら、きっとこれはわたしのせいなのだろう。

 母親は今の高校は価値がないと思っていて、その高校で二番以下なんて……もう表現のしようがない。

 

 今の高校の価値、か。

 

「なんなんだろうね……」


 そっと目元からあふれてきそうな涙をこらえるように、また夜空を見上げる。


 価値……。

 ふいに思い浮かんだのは、一人の男の子。


 頭も良くなくて、友達もいなくて、特に特筆すべきはないのかもしれない。

 母親からしたら、それこそ価値のない有象無象の一人だ。


 でも、わたしは──


「!」


 考えがまとまらない中で、左の方から誰かが走ってくる音が聞こえる。

 こんな時間にランニング? とは考えにくい。


「……!」


 けれどその姿を見て、パズルのピースが埋まるように、綺麗に考えがまとまる。


「天音ちゃーん!」


 いかにもスポーツができなさそうな走り方。

 その不格好な走り方で、手を振りながら必死に駆け寄ってきたのは、ちょうど思い浮かんだ男の子。


 わたしはもしかしたら、


「ふふっ」


 君に会うためにこの高校に入ったのかもしれない……なんてね。

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