第19話 実りの秋

 木々が赤や黄色に染まり一段と色鮮やかな秋晴れのもと、いよいよ実技授業がはじまった。

 ルアーナはできのいい三つの魔晶石を持って授業に臨んだ。


「全員が魔晶石を持っているな。このクラスはなかなかだ」


 実技授業のフィオレンツォ・ルッソ教授が言うと、ルアーナは胸を撫でおろした。


 エドアルドによると、攻撃魔法の専門家スペシャリストであるルッソ教授は、チームプレイに重きを置くらしい。逆にいえば、だれかのミスは連帯責任としてクラス全員が負うことになる。


「魔力は人それぞれ違うものだ。自分の属性にあった術を習得することが魔導を極める近道になる。しかしそれ以前に大事なことが三つある」


 ルッソ教授が生徒を見ると、ほとんどの生徒が目を伏せた。

 最近分かってきたのだが、貴族というのは人まえで発言するのを苦手とするらしい。とくに序列の低いものは上のものに発言を譲る傾向がある。


 ルッソ教授が上品に顔をしかめると、それを真っすぐに見つめるルアーナと目があった。


「ではそこの紫色ヴァイオレットの君、分かるかね?」

「はい。まずは自分の魔力量を把握すること。ひとつの術に使う魔力量を体に覚えさせること。常に冷静を保ち魔力を安定させること」

「素晴らしい」


 すらすらと答えるルアーナに、まえの席のフランチェスカがヒキガエルを飲みこんだような顔をした。そしてルアーナの黄緑色の魔晶石を見ると小バカにしたように鼻を鳴らした。彼女の魔晶石は青い色をしている。その隣のアンジェロは赤い魔晶石だった。


「では属性について説明できるものはいるかな?」


 フランチェスカがすかさず手をあげると、教授は彼女を指した。


「属性には〈天位属性〉〈上位属性〉〈下位属性〉があり、天位属性とは王族の持つ聖と闇、上位属性は貴族の持つ火、水、土、風、雷。下位属性はそれ以外のすべてです。また、天位、上位属性では形状変化と性質変化が使えるのに対して、下位属性では魔力不足により一部の変化しか使えません」

「うむ。完璧な答えをありがとう。では諸君のまえにある魔晶石を見たまえ」


 色の濃い薄いはあれど、ほとんどの魔晶石は上位属性をあらわす、赤、青、橙、緑、黄だった。ルアーナともうひとりだけがそれ以外。

 身分の差がより鮮明になる。


 つづいて魔力量の測定が行われた。

 それには学生証を作ったときとおなじような、水晶玉が使われた。

 ピリッとした前回とは違い、手をかざすと体の隅々まで温かなスープがしみわたるような感覚がする。


 全員の計測が終わるとルッソ教授は言った。


「数値が高ければ良いというものではないよ。魔力は脳と一緒。普段使われるのはほんの一部なんだ。持っているのに使えないのはもったいない。眠っている魔力を百パーセント引き出す訓練が重要になる」


 ルアーナは自分の魔力量を示す数値をながめる。

 これが多いのか少ないのかさえ分からない。今まで自分の魔力だけで術を発動したことはない。いつも魔法陣の力を借りている。


 それは自分の魔力量が少ないからだと思っていたが、じつは上手く使えていないだけだとしたら?

 先日見た、宮廷魔導騎士の試合が頭をよぎる。


 ――もしかして、私も闘える?


 ルアーナは植物属性の魔力である。

 地面から植物を生やして相手に絡めたり。

 ムチのように攻撃したり。

 花から毒ガスを吐いたり。

 エーデラで編んだカーテンで敵の攻撃を防いだり。


 想像を膨らませて、こっそり隣のクラスメイトの数値を盗み見る――と、一瞬で現実に引き戻された。

 魔力量は訓練しても変わらないという。


「はあ……」


 思わずため息が漏れた。

 持って生まれたものの差は埋められないということか。


「君たちは来年からそれぞれの専門クラスに分かれることになる。君、分かるね?」

「はい。〈魔導騎士クラス〉〈聖魔導士クラス〉〈魔導具士クラス〉です」

「よろしい。では隣の君、違いを教えてくれるかな」

「〈魔導騎士〉は前線で戦う攻撃魔法の専門家スペシャリスト、〈聖魔導士〉は治癒や防御など補助魔法の専門家スペシャリスト、〈魔導具士〉は魔導具を作る専門家スペシャリストです」

「ありがとう。君たちはすでに目標を持っていると思う。だけど、技量によっては希望どおりにならないこともある。残念だけどね」


 ルッソ教授のバリトンが静かな教室に響き渡る。

 気温がぐっとあがった気がした。みんなの闘志に火がついたのだ。ここにいるのはライバルなんだという共通認識ができあがった。


 ちょっと怖いくらいに。


 煽るだけ煽った教授は順番に紙を配りはじめた。まわってきた紙には〈進路希望〉と書かれている。


「ここに今の希望を書いて提出してくれ。途中で変更してもかまわない。君たちの希望を踏まえて、学力テストと実技成績を総合して来年のクラス分けをする。以上だ」


 号令とともに、〈進路希望〉を提出した生徒から教室をでていく。


 ルアーナは迷わず〈魔導具士クラス〉と記入した。


 いくら鍛錬を積んだとしても、ほかのクラスにはいれるだけの技量が身につくとは思えなかった。

 そもそも、グラーヴェ魔導学院にきたのはアロ美容液の魔導術式レシピが目的である。


 だがしかし。


 それは同時に、来年からアンジェロとクラスが離れてしまうということでもある。


 ――本当にそれで後悔しない?


 たとえここで〈魔導騎士クラス〉と書いたとしても、おそらく希望はとおらない。

 だからといって、最初から諦めてしまっていいものだろうか。


 途中で変更可能なら、やれるだけやってみるのもアリなのでは。

 ルアーナは思いきって〈魔導騎士クラス〉と書き直した。


 ルッソ教授に提出すると中身を確認した教授が訊ねた。


「君、名前は?」

「ルアーナ・ロンバルディです」


 答えると、教授もご多分に漏れず上から下まで視線を走らせる。

 やはり無謀だと止められるのだろうか。


「ルアーナ、君の魔晶石は黄緑色だが一年生のわりに色が濃かった。よく鍛錬している証拠だ」

「ルッソ教授にそう言っていただけて、身に余る光栄です」

「これからも励むように。期待しているよ」


 教授はルアーナの肩をポンと叩いた。


「恐れ入ります。これからも精進いたします」


 ルアーナは教室をでると走りだしたいのを我慢して足早に歩いた。満面の笑みでとおり過ぎる彼女をご令嬢たちは遠巻きに見ている。


 学校の廊下じゃなかったら、スキップしていたかもしれない。そのくらい浮かれていた。


 このグラーヴェ魔導学院でただひとり、力になってくれたエドアルドのところへ飛んでいきたい。

 教授に褒められたことを報告したい。


 まっすぐ図書館にむかい談話室をのぞいた。だが、今日にかぎってエドアルドの姿は見当たらない。

 それならばマリラに聞いてもらおうと、図書館をあとにする。


 木々のあいだから光のカーテンが降りていた。

 穏やかな秋晴れのもと、ルアーナは実りの秋を実感していた。

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