第18話 ある休日②

 トレードマークの金髪縦ロールを、今日は高く結いあげてリボンを編みこんでいる。綺麗にしているぶん、迫力も倍増している。


「平民が、こんなところでなにをしてるのかしら?」

「その子が短剣をったのを見かけて……」

「はあ!? うちの弟がそんなあさましいことをするわけがないでしょう」


 姉に言われて少年は顔を青くする。それを見た姉も顔を引きつらせた。


「盗ったんじゃなくて、きっと貰ったのよ。ね、そうでしょう?」

「そ、そそ……そうなんです。それをこの平民女ときたら難癖つけて」


 ほらみなさい、とばかりに姉弟は胸をはった。

 ルアーナは小さくため息を零す。


「分かりました。それならアンジェロさまに訊くまでです」

「え、アンジェロさま?」

「ええそうです。それは彼の短剣ですもの」


 ルアーナは一礼してきびすをかえした。相手がクラスメイトならここで無理に問いつめる必要もない。


「あなたが盗ったんでしょう?」

「ええ?」


 信じられない言いがかりに思わず立ち止まる。


「平民には高価な装飾よね。それとも横恋慕するアンジェロさまの私物を手にいれたかったのかしら?」

「いいえ、私は――」

「自分の犯した罪を弟のせいにするなんて、どこまで卑劣なのかしら」

「そんな……」

「一緒にいらっしゃい。アンジェロさまに窃盗犯を突きださなきゃ」


 弟から短剣をとりあげ、ルアーナの腕をつかむとアンジェロの席まで案内するよう指示する。


 連れられて歩くルアーナを見る、まわりの視線にさらされる。途中、卒倒しそうな顔色のマリラに口をださないよう密かに目で訴えた。


 アンジェロのまえに立つと、彼女は丁寧におじぎした。


「アンジェロさま、すこしおはなしよろしいでしょうか」


 ルアーナも慌てて頭をさげた。

 アンジェロの隣にいた連れの男がルアーナを見てピューと口笛を吹く。それをたしなめるようにアンジェロが片手をあげた。


「ああかまわないけど、なにかあった?」

「ええ、こちらをご覧ください」


 彼女が短剣を差しだすと、アンジェロは自分のベルトを確認した。あるはずのものが無くなっていることにはじめて気づいたようすで、短剣を受けとって確認している。


「たしかにこれは俺のだ。これをどこで?」

「この不心得な平民が所持しておりました。恐らくはあなたさまの懐から盗んだものかと」

「それはない」


 勝ち誇ったように告げた彼女をアンジェロはにべもなく否定した。

 ルアーナはひさしぶりにアンジェロの顔を正面から見た。口端に浮かぶ強気が今日ほど心強く思ったことはない。


「同郷を思う気持ちは痛みいりますが、私はたしかに見ました。彼女がこの短剣を――」

「これはルアーナにもらったものなんだ」

「は?」

「ここに魔導を施した宝石が埋めこまれているだろう。お守りアミュレットさ。だから彼女が盗るはずないんだよ」


 きっぱりと言いきったアンジェロは、あくまでも明るくクラスメイトに問いかける。


「――君はルアーナが持っていたと言ったね。ならばいったい彼女はだれからこの短剣を受けとったのかな?」


 姉は言葉を失い、弟は顔を真っ青にして姉の手を握りしめている。

 アンジェロが弟に目をむけると、彼は姉のうしろにまわりこんで小さな体をさらに小さくして震えている。


 たまりかねたルアーナは口をはさんだ。


「それは分からないの」


 みなが一斉にルアーナに注目する。


「――つまり、たまたま見つけて手にとったところを彼女が見ていて……それで、勘違いされたのだと」

「俺がそれを信じるとでも?」

「本当のことですわ」


 真っすぐにアンジェロを見つめる。


「分かった」


 そのひと言でようやく緊張が解ける。


「お嬢さま、次の試合がはじまるようですよ」


 マリラがタイミングよく告げるとまわりの関心は失われ、ふたたび歓声があがった。


 縦ロールは顔を真っ赤にして人混みに紛れる。ぺこりとルアーナにおじぎした弟がそのあとを追いかけてゆく。案外素直なところもあるではないか。


 姉弟を見送っていると、アンジェロが微笑んだ。

 彼が信じてくれたことが嬉しかった。どんな愛の言葉よりも価値がある。


「ルアーナ。よかったら一緒に観ないか?」

「ええ、ぜひ」

「お嬢さま、すこし人酔いしましたので私はあちらで休んでおります」


 すかさずマリラが耳打ちする。まったくもって気の利く世話係である。

 マリラから籠を受けとり膝に乗せると、なかからマフィンを取りだした。ふわっと甘い香りがあたりに漂う。


「お腹空きませんか? 檸檬リモーネたっぷりのマフィンはいかがです?」

「ありがたい」

「そっちのあなたも」

「やりー」


 結界のはられた舞台のうえでは、魔導士たちの激闘がつづいている。

 片方が火炎球ファイヤーボールを放てば、もう片方は土の壁テラウォールでそれを防ぐ。

 そのまま間髪をいれず両手を地につけて詠唱すると、地面が津波のようにうねり相手に襲いかかる。

 空中へ逃れた火の魔導士は、いくつもの火炎矢フレイムアローを作りだすと狙いを定めた。

 対して土の魔導士はゴーレムで迎え撃つ。


 魔導士同士の闘いの激しさに言葉を失う。今は舞台に結界が張られているから安心して見ていられるが、実際の魔獣討伐に巻きこまれたら、ルアーナなどひとたまりもないだろう。


 これが、クラスメイトの大半が目指している宮廷魔導騎士。自分が目指しているものとの落差に寒気だつ。


 ――平民を言い訳にしていると言われても仕方ないわね。


 舞台上では魔力の切れた土の魔導士がひざをつき、火の魔導士の勝利となった。演習場は隣の声も聞こえないくらいの大歓声に包まれた。


 ルアーナは叫んだ。


「アンジェロさまッ!」


 彼は屈んでルアーナの口元に耳を近づける。


「あなたがここで闘う日を楽しみにしております!」


 ルアーナがもういちど叫ぶと、アンジェロは目を大きく見開いたあと弾ける笑顔を見せた。

 いつの間にかアンジェロに手を握られている。ところどころ硬くなった手のひらは、日ごろの鍛錬のたまもの。指先から懐かしい感触が伝わる。


 いつかここでアンジェロを応援したい。

 そしてそのとき、勝利の女神として彼にキスを贈るは自分でありたい。


 ルアーナは王都にきてはじめて、心置きなく彼と過ごしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る