第17話 ある休日①

 午前中の授業が終わると昼食の時間がやってくる。

 はじめのうち、マリラが昼食も自分が用意すると言って聞かなかった。しかし彼女の家事の負担を考えると、昼食くらいラクしてもいいだろうと外食にすることにした。


 ほとんどの生徒が寮生活をしているグラーヴェ魔導学院には、いつでも開いている学生食堂やカフェがいくつもある。


 その日、ルアーナは教室から遠く離れた研究棟に近いカフェにいた。いちばん隅の目立たない席に座り、パンとスープを熱心に食べていた。


 カフェを囲むように菩提樹ティーリオが立っている。ハートの形をした黄金色の葉が日の光に輝き、落ち葉を踏みしめる音が秋の深まりを感じさせる。


 ポットから紅茶を注ぎダージリンの香りを堪能していると、聞き覚えのある名前が耳にはいってきた。


「おまえ、バルベリーニ伯爵令嬢とお見合いしているだろう?」

「だったらなんだよ?」

「そんなに怖い顔するなって。悪い話じゃない」

「いいからさっさと話せよ」

「はいはい。じつは、宮廷魔導騎士団の公開訓練があるらしいんだ」

「へえ。それで?」

「関係者や家族のためのイベントだが、潜りこめるって言ったら?」

「宮廷魔導士に顔を売るチャンスだな」

「そういうこと」

「ついでにチームでも組もうってか?」

「はなしが早くて助かる」

「日にちと場所は?」

「次の休み。場所は騎士団の第三演習場。いいか、ほかのヤツには絶対言うなよ」

「ああ。確率はすこしでも高いほうがいい」


 秘密の共同戦線をはるために、わざわざこんな遠くのカフェまで足を運んだらしい。

 まあそのおかげで、アンジェロの次の休みの予定が聞けたのだから、ルアーナとしては感謝しかない。


 ルアーナは静かにフードを被った。

 紫色ヴァイオレットにしておいてよかった。薔薇色ローズのままだったらすぐにバレていただろう。

 荷物を手に、二人に気づかれぬようこっそりその場を離れた。



 *



 公開訓練があるという騎士団第三演習場まえには列ができていた。

 宮廷魔導騎士の集まる場でだれが悪さをするものかと思うが、一応の身分確認が行われているようだった。


「困ったわね」


 入口でのやりとりを聞いていたルアーナは小さく呟いた。

 なかにはいるのを許された人たちは、みな「○○さまにご紹介いただいて」と伝えているのが聞こえる。

 半歩うしろを歩くマリラが心配そうに訊ねた。


「諦めて帰りますか?」

「いいえ、もちろんいくわ。私に任せて」


 言ってはみたが、具体的な案があるわけではない。すべてはでたとこ勝負だ。


 入口に立つ若い騎士は、ルアーナを見ると「う」と声をだして頬を赤く染めた。上から下へ視線を走らせる。

 ルアーナはにっこり笑う。マーレにいたときにもよく経験した。ルアーナをはじめて見た男たちとおなじ反応だ。


「グラーヴェ魔導学院の一年生です」


 なかにいる宮廷魔導騎士のだれかの恋人だとでも思っていたのだろう。

 若い騎士は生徒だと知って唖然としたあと、すこしだけ顔の筋肉を引き締めた。やはり生徒というだけでは通してもらえないらしい。


 アンジェロの名前をだそうか迷った末に、ルアーナは告げた。


「フランチェスカ・バルベリーニ伯爵令嬢にご紹介いただいて参りました」


 イチかバチかの賭けだった。

 伯爵令嬢のフランチェスカが女だてらに魔導士をめざすのは、バルベリーニ家が宮廷魔導士とすくなからぬ縁があるからだと踏んでのことだ。


 若い騎士はうしろに控えるマリラに視線を走らせると、体を引いて道を開けた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。その騎士団の制服、とてもよくお似合いですわ」


 ルアーナが口にすると、若い騎士は鼻のしたを伸ばして「お気をつけて」と再敬礼した。


「お嬢さま、おふざけが過ぎませんように」


 建物のなかにはいるとさっそくお小言が飛んできた。

 けれどその声音には笑いがふくまれていて、マリラも潜入を楽しんでいるのが分かる。


 演習場につづく渡り廊下には、おしゃべりに夢中の大人たちと、そのまわりで木の棒を振りまわす子どもの姿があった。

 子どもと言ってもすでに貴族としての自覚があるのか、権柄けんぺいな態度で侍女を困らせている。


 それをやり過ごして演習場にはいると訓練――試合がすでにはじまっていて、中央の四角い舞台で二人の騎士が闘っている。

 演習場は剣戟けんげきの響きと興奮する人々の声で満ちていた。


 観客席は円形二階建てになっていて、一階には見物の騎士たちが座っている。観客より盛りあがる一団がいるから、もしかしたら部隊の代表が闘っているのかもしれない。


「素敵! 思ったより舞台が近いわ」

「お席はどうなさいますか?」

「そうねえ。まずはアンジェロを探してから考えましょう」


 二人はいちばん外側の通路を歩きながら、盛りあがる観客のうしろからアンジェロを探す。


 男ばかりのイベントかと思ったが、若い女も多い。みな一様に頬を染めて黄色い声援を送っている。

 なるほど、宮廷騎士といえばエリートである。魔獣討伐で武勲をあげ、だれもが憧れるアイドル的な存在もいると聞く。

 早いはなしが、このイベントはを見つける婚活パーティでもあるのだろう。


「お嬢さま、いらっしゃいました」


 熱き闘いに気をとられていたルアーナとは違い、真面目に職務をこなすマリラが声援に負けじと声をはった。


 マリラの視線の先に、友人と並ぶアンジェロがいた。試合に夢中でこちらに気づく気配はない。

 二人は彼らより二段うしろに腰をおろした。


 教室ではローブで覆われているたくましい体躯を、今日は存分に堪能する。本当なら隣に座って見物してもおかしくないはずなのに、王都にきてからは彼のうしろ姿ばかり眺めている気がする。


 しかしまあ、エドアルドとベリンダのおかげで、最近では授業にもついていけるようになった。このままがんばれば、きっとまた彼の隣に座れるようになるだろう。


 ひときわ大きな歓声があがる。

 舞台の脇にローブを着た魔導士が四人でてきた。

 なにやら呪文を唱えるしぐさをする。すると、四角い舞台のまわりに薄いドームの膜がはられた。結界である。


「いよいよ魔導騎士さまのおでましだ!」

「キャー! リッカルドさまー」

「今回も第八部隊の優勝間違いなしだな」

「リッカルド隊長がでないなら第一部隊に決まりだろう!」

「かけるか?」


 今から宮廷魔導士の試合がはじまるようだ。

 まえに座るアンジェロも紅潮した顔で舞台を見つめている。珍しく少年の顔をのぞかせている。


 ルアーナは試合そっちのけでアンジェロを眺める。一時は痩せていた体もだいぶもとに戻ってきた。あともう少し腕がなどと考えていると、アンジェロの脇から子どもが石段を乗り越えていた。まわりは舞台に注目していてだれも気に留めない。


 渡り廊下で棒きれを振りまわしていた、あの少年だ。困り顔の侍女はいない。ルアーナはそっと席を離れあとについていった。

 そして、開けたところまでくると声をかける。


「坊ちゃんお待ちください」


 少年はぎくりとして振りかえった。

 ルアーナは少年のまえでひざを折り頭をさげた。


「それはあのかたの大切なものです。どうぞおかえしください」

「なんのことだ?」

「そちらの手に持つもののことでございます」

「僕の手にあるものは僕のものだ」


 やはり貴族の子、相手がしただと見るや強権をふりかざす。

 しかし、ルアーナとて引く気はなかった。少年の手を掴むと短剣が握られている。

 少年がバツの悪そうな顔をしたところに、新たな声がした。


「なにをしているの?」


 ぱあっと顔を輝かせる少年。


「姉上助けてください。この女が僕のものを奪おうとするのです」

「なんですって! ちょっとあなたどういうつもり……ッ!?」


 割ってはいってきた声の主は、ルアーナの肩を掴むとハッとした。なんだろうと姉を名乗る女をよく見ると、なるほど見覚えがあった。


 豪奢なドレスを着て派手な化粧を施しているが、その顔はルアーナの肖像画を捨てた金髪三人娘のひとりだった。

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