第16話 たしかな手ごたえ

 次の休日、ルアーナは〈ベリンダ魔導具店〉を訪れた。


「本当にマリラもついてくるの?」

「ええ。本の配達時にお会いしましたが、まさか〈三年契約〉したとは存じあげませんでしたので」

「怪しい人じゃないわ。ちゃんと紹介してもらったのよ」

「疑っているわけではございません。ただのあいさつです」


 本当にそうだろうか。

 すこし過保護ぎみの世話係がベリンダに失礼を働かないといいけど。


 一抹の不安とともに〈ベリンダ魔導具店〉の扉に手をかけると、野太い声が聞こえてきた。

 マリラと顔を見合わせ、控えめに扉を開けてなかのようすをうかがう。


「おら、さっさと金出せつってんだろ」

「あんたに渡す金なんぞないねッ」

「ああ? あんま舐めてっと容赦しねえぞ」


 髭モジャの大男がベリンダと言い争っていた。


「暴れないでおくれよ」

「だったらおとなしく言うこと聞きやがれ」

「冗談じゃないよ。さっさと帰っとくれ」

「はっ! 女が商売なんてしゃらくせぇんだよ」

「言いがかりさね」


 強盗かと思ったが、すこし違うようだ。知りあい? いや、それにしては、ずいぶん失礼なもの言いをする。

 ルアーナは思いきってなかにはいった。


「こんにちはベリンダさん」

「いらっしゃい。おや、今日はお連れさんも一緒かい?」

「ええ。それより外まで声が聞こえたけど?」


 ルアーナが外を見るとほかにも野次馬がいる。

 それに気づいた男は「またくるから覚えてろよ」と悪役の代名詞のようなセリフを残してでていく。

 すれ違いざま、男からは煙草とアルコールの匂いがした。


「助かったよ、お嬢ちゃん」

「おやすい御用よ。でもまたくるって……」

「失礼ですが、お知りあいですか?」


 マリラが訊くとベリンダは顔をしかめた。


「ただのクレーマーさね」

「商品に文句つけて、お金をとろうって魂胆ね」

「そんなとこさね。困ったもんだよ」

「ねえ、ベリンダさん。通報しなくていいの?」

「必要ないね。そんなことより、今日はなんの用だい?」


 ベリンダが「この話はもうおしまい」と話題をかえる。

 ルアーナもできるだけ明るい声をだす。


「もうすぐ実技がはじまるから、魔晶石を買いにきたの」

「へえ、いくつ買うんだい?」


 魔晶石はカウンターのうえの籠にいれてあった。エドアルドいわく「日ごろから魔力を溜める」というから、いくつかあったほうがいいだろう。


 授業にはどれくらい持参すればいいか聞かなかったので、とりあえず十個ほど包んでもらった。

 これでクラスメイトのいらぬ不況を買わずにすむ。


 ルアーナの用事がすむと、今度はマリラがまえにでた。


「ベリンダさまはお嬢さまと三年契約したそうですね……?」

「あ、ああ……だけど無理やりじゃないよ。書面を交わしたわけでもないし。あんたんとこのお嬢さんを信用してだね……」


 無理やりじゃなかったけど、足元は見たわよね――とは言わないでおく。

 マリラに追及されたら誰だってこうなってしまうのだ。


「今後ともお嬢さまをよろしくお願いいたします」

「へ?」

「お嬢さまはポンコツですがバカではございませんので。そのお嬢さまが心を砕く相手でしたら心配はしておりません」

「そういうもんかね?」

「そういうものです」


 なに気に失礼なことを言うマリラが笑顔で即答する。そして持ってきたクッキーをベリンダに差しだした。


「お口にあえばいいのですが」

「どうりでいい匂いがすると思ったよ」

「マリラの作るお菓子は絶品よ」

「そいつは楽しみだねえ。お昼にいただくとするよ」



 マリラと街で昼食をとり、アパートに帰るとさっそく魔導書を開いた。

 二次試験のときは、なんとなく「こんな感じかな」でやって提出した。今考えると、あれでよく合格したものだ。

 今度はちゃんと魔導書の手順通りにやる。


 魔晶石をまえに目をつむって手をあわせる。体のなかの魔力を手のひらに集中させる。両手がぽうっと温かくなってきたら、手のひらを魔晶石にかざし魔力を放出する。


 目を開けると、魔晶石の色が乳白色から黄緑色へわずかに変化していた。

 魔導書には「魔力をこめると色が変わる」としか書かれていない。


 ――これは成功なのかしら……?


 そのあとも三つほどおなじように作ってみたが、どれもわずかな色の変化しか見られなかった。


 翌週、ルアーナは魔晶石を鞄に忍ばせ、授業が終わると図書館へ急いだ。

 しかしその日はエドアルドに会えなかった。その次の日も、そのまた次の日も、エドアルドの姿はなかった。


 五日目にしてようやく談話室にエドアルドの姿を見つけると、裏庭のベンチでほんのり色づいた魔晶石を見せる。

 魔晶石を手にとったエドアルドは申し訳なさそうに告げた。


「これじゃあ使いものにならない」

「やっぱり。そうじゃないかと……」


 ルアーナは肩を落とした。


「純度の高い魔力をこめるには、集中力がいる」

「集中力……?」

「そう。やりかたは人それぞれだけど。僕はリラックスして楽しいことを考えるようにしてる。そうするとまず胸が温かくなって、次に体の中心に魔力が集まるのを感じるんだ。その魔力を手のひらから魔晶石へ。たくさんやればいいというものでもないから、最初は一日一回集中して丁寧に」


 エドアルドは鞄からとりだした自分の魔晶石を手のひらに乗せた。ルアーナの石よりひとまわり大きなそれは、まるで液体のように澄んだ紫色をしている。

 宝石のような美しさにルアーナは思わず感嘆の声をあげた。


「きれい……! きっと優しい人は魔力も澄んでるのね」


 それを聞いたエドアルドは、けげんな顔をする。


「性格と魔力は無関係だよ」

「分かっていますが、この感動に浸らせてください」

「純度の高い魔力ほど色が濃くなる」

「もう……」


 真面目な顔で説明するエドアルドに悪気がないことは分かっている。むしろ偏見を持たず事実をただ事実として受け止めるのは彼の長所だ。

 それは分かっているが、もうすこしコミュニケーションを考えてほしい。

 自分のことを棚にあげて、勝手なことを思うルアーナだった。



 エドアルドにコツを聞いたルアーナは、マリラに頼んで部屋に香を焚いてもらった。特別な日のための上質で上品な香りである。


 ふかふかの絨毯に胡坐をかいて目をつむる。「楽しいこと」と言われて、真っ先に思い浮かんだのはアンジェロとの日々だった。しかしどうしてもフランチェスカの顔がちらついて、なかなか上手くいかない。

 悩んだあげく、アンジェロのことを考えるのは諦めた。


「お嬢さま、すこし休憩にされてはいかがですか?」


 マリラが運んできた紅茶を口にふくむと懐かしい味がした。


「これ、マーレのお茶ね」

「ええ、奥さまがお送りくださいましたので」


 ルアーナの好きな檸檬リモーネの香りがする。

 ふたたび絨毯のうえで目を閉じると、思い浮かんだのはマーレの景色だった。次に両親とマリラや屋敷で働くみんなの顔。


 だんだんと体の芯がぽかぽかしてきた。両手を魔晶石にかざして魔力をこめる。

 目を開けると、今までよりもずっと濃い黄緑色の魔晶石ができた。


 エドアルドの澄んだ紫色には遠く及ばないが、上出来ではないだろうか。


「マリラッ! これ見て、すごいわッ!!」

「何事ですお嬢さま。そんな大きな声で、はしたないですよ」


 マリラの小言も聞かず、ルアーナは部屋を飛びまわった。マリラはあきれた顔をしているが、どこか嬉しそうだ。


 いちどできてしまえばあとは練習あるのみ。

 体力に余裕のある日は、魔晶石に魔力をこめた。

 ほかの生徒よりたくさん課題をこなしているのでそちらが優先だ。それにロンバルディ商会のためにアロ美容液を作る仕事もある。


 ルアーナは少ない魔力を上手く使いながら、へとへとになるまで練習を積み重ねた。

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