第14話 二つの出会い②

 教えてもらった住所を頼りに、〈ベリンダ魔導具店〉と小さく看板がでている店を見つけた。

 ルアーナは迷わず店の扉を開ける。


 店の奥にある、四角く囲まれたカウンターに大柄な赤毛の女が座っていた。


「いらっしゃい……なんだ小娘か」

「こんにちは。この魔導書を一式ほしいのだけれど、あなたがベリンダさん?」

「そうだよ」


 ベリンダは上から下までルアーナを見ると、あからさまにいやな顔をした。なぜ王都の人間はいつも人のことをじろじろと見るのだろう。

 ルアーナはためらいがちに本のタイトルの書かれた紙をカウンターに置いた。


「貴族でないと売れない、なんてことないわよね?」

「あたしゃ貴族は嫌いだよ。だが、ごっこ遊びはもっと嫌いだね」

「ごっこじゃないわ。グラーヴェ魔導学院の生徒よ」

「冗談だろう!? そいつはハロウィンの仮装じゃないのかい?」

「ルアーナ・ロンバルディ。れっきとした一年生です」


 ルアーナはグラーヴェ魔導学院の学生証を見せる。

 ベリンダはカードの表裏を確認すると口端をあげた。


「ふーん、あそこもすこしはまともになったのかねえ」

「もしかして、ベリンダさんも卒業生?」

「ああ。ずいぶんと昔だがね。それで、肝心の金はあるのかい?」

「もちろんよ」


 ルアーナは膨らんだ財布を見せた。

 ベリンダはそれを見ると満足そうにふふんと鼻を鳴らした。


「在庫を見てくる。勝手に商品に触るんじゃないよ」


 ベリンダは大きな体をゆらしながら、カウンターの奥にあるドアへと消えていった。


 ひとり残されると、ルアーナは嬉しくなって店のなかを眺める。

 小さな店だが、商品はどれもきれいに整頓されていて、隅々まで手入れがいき届いている。


「さすが王都のお店ね」


 見たことのない魔導具がたくさん置いてある。


 入口からすぐの棚には疲労回復や睡眠に効くお茶がいくつも並んでいる。フレイバーを変えてあるようで、好みの香りを選べるようになっている。


 檸檬リモーネフラゴラ甘橙アランチャはよく見かけるが、茉莉花茶ジェルソミーノとはいったいなんだろう?

 あとでベリンダに聞いてみようとひと箱とってカウンターに置いた。


 壁には〈魔導具のオーダーメイド承ります(日常品から武具まで)〉と書かれたポスターが貼ってあった。

 そのしたには、黄色い石のはめこまれた杖が飾ってある。


 触ってみると思いのほか軽く、落としそうになる。もちろんレプリカだった。隣に置いてあるのはキッチンで使うオーブンのようだ。


 反対側の棚には見たことのない魔導具が並んでいる。なにに使うか想像もつかない形をしている。

 オーダーメイドを承るほどだからオリジナル商品だろうか。ベリンダの魔導具士としての腕はたしかなようだ。


 カウンターには〈子どものための魔術入門〉という絵本まで置いてある。

 ためしに表紙をめくってみると、作者の名がベリンダになっていた。絵本まで作ってしまうのか、とますます感心する。


「触るんじゃないと言っただろう!」


 ベリンダが戻ってきて怒られた。

 興味津々に眺めていたルアーナは大きな声に首をすくめる。


「ごめんなさい、面白くてつい」

「さあ、この魔導書で間違いないか確認しとくれ」


 魔導書は全部で五冊。一冊だけでもずしりとした重みが腕にかかる。

 勢いでここまできてしまったが、ひとりで運ぶのは難しそうだ。そこでアパートまで届けてもらえないかお願いしてみた。


「配達は常連だけのサービスさね」


 人の足元を見て言う。

 ルアーナは考えた。


「なら、私がグラーヴェ魔導学院を卒業するまでの三年間、必要なものはこの店で買うわ。それなら常連と変わらないでしょう?」


 ベリンダがにやりと笑う。


「いい心がけだ。五〇ベリーだよ」

「お金とるの?」

「だれがタダって言った? いやなら、あたしゃかまわないよ」


 ――この業突張ごうつくばりめ。


 文句を言いたいが、さすがにこれを持って帰るのは無理がある。

 ルアーナは渋々財布から追加料金を払う。


「この住所なら配達は明日さね」

「一冊だけ持って帰るわ。残りは明日お願い。マリラがいるから時間はいつでも大丈夫よ」

「マリラ?」

「ええ。背は私よりすこし高くて茶色い髪よ」

「ふーん。ほかに必要なものはあるかい?」


 三年契約のおかげか、ルアーナを上客として扱うことにしたらしい。


「じつは魔導の勉強をはじめたところでよく分からないの。必要になったらまたお願いするわ。それで……」


 ルアーナは本の隣に置いておいた箱をベリンダに見えるようにかかげる。


「……この茉莉花茶ジェルソミーノってなにかしら?」

「それは東国のお茶さね。リラックス効果がある」

「へえ。これもいただくわ」

「一〇ベリー」


 ベリンダが嬉々として茉莉花茶ジェルソミーノを包んでいるあいだに、気になっていたことを聞いてみる。


「私にも、ここにあるような魔導具を作れるようになるかしら?」

「魔導具士になりたいのかい!?」

「そんなに驚くこと?」


 グラーヴェ魔導学院を卒業しても、魔導騎士や聖魔導士になれるのはほんのひと握りで、大半の生徒は魔導具士になる。

 貴族でないならなおさらだ。


「あんたは私と違って綺麗で金も持ってる。なんでわざわざ苦労しようとするのかねえ」

「苦労してるの?」

「あんたはグラーヴェ魔導学院で苦労してないのかい?」

「ああ……」


 思えばアンジェロからはじめてグラーヴェ魔導学院の名前を聞いてから、ずっと苦労している。苦労も苦労。苦労つづきだ。


 今日だってエドアルドに会うまでは絶望していた。


「魔導具士になるってことは、その苦労がずっとつづくってことさね。店を持とうもんなら間違いなくね」


 店を持ちたいとは思っていない。

 アロ美容液の大量生産は雇った魔導士に任せるとして、自分はロンバルディ商会の片隅で、オリジナルの魔導具を作るのも面白そうだと思っただけだ。


 アンジェロの妻としての役割を果たすことが最優先である。


「よく考えてみるわ」


 ルアーナは茉莉花茶ジェルソミーノを鞄に詰めると、お礼を言って店をでた。


 一冊でも十分に重い魔導書を抱えてアパートへ急ぐ。遅くなってしまったから、きっとマリラのお小言が待っているに違いない。

 それでも足どりは羽のように軽かった。


 グラーヴェ魔導学院でもうすこしだけがんばれる気がした。

 いや、がんばらねば。

 アンジェロの愛をとり戻すために。


 すっかり暗くなった王都の街に、秋の深まりを知らせる爽やかな風が吹いた。

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