第10話 王立グラーヴェ魔導学院

 王立グラーヴェ魔導学院は、サヴィリア王国にある唯一の魔導学院である。


 魔術が国の軍事力を左右する世界において、強い魔力を持つものを国じゅうから集め、育成するための機関である。


 認定試験に合格すると魔導士の称号が与えられ、さらに優秀な成績をおさめたものは宮廷魔導士に任命される。そのため〈魔力持ち〉の貴族はここをめざすものも多い。


 そもそも、強力な魔力を持つもののほとんどが貴族である。ルアーナのように平民のなかにも〈魔力持ち〉はいるが、術として使えることはすくない。


 ゆえに、王立グラーヴェ魔導学院に入学するのはほぼ貴族で、平民はその一割にも満たないのである。


 そんなグラーヴェ魔導学院はたんなる育成機関ではなく、研究機関としての役割も果たしている。

 おなじ敷地内には研究所が点在しており、最先端の魔導研究がなされている――。


 というようなことを、ボナパルド侯爵夫人からは聞かされていた。



 盛夏に勢いを見せていた草木たちが落ち着きはじめ、どこまでも高く青かった空に風がまざる。その風にのって秋の甘い匂いが街じゅうに漂う季節。


 ルアーナは心のなかで「よし」とひとつ気合をいれ門をくぐった。


「おはようございます」


 新入生らしく、希望に満ちた煌めきとともにあいさつした。受付に座った上級生らしき学生は、ルアーナを見ると上から下へ視線を動かした。


「お名前を」

「ルアーナ・ロンバルディよ」

「ロンバルディ……ロンバルディと。そのローブ素敵だね」

「そう? ありがとう。私も気にいってるの」


 上級生は書類からルアーナの名前を見つけてチェックすると、新入生用の青いリボンを差しだした。


「この先で学生証を渡してるから受けとって」


 彼の指さすほうにはすでに列ができていて、たくさんの生徒が並んでいる。その最後尾に黙ってついた。


「なあにあれ?」


 うしろで笑い声がした。ルアーナが振りむくと、何人かで集まっている青いリボンの新入生と目があう。


「悪趣味なローブですこと。魔導士というよりまるで……」

「くる場所を間違えておりますわね」

「どうせ寄付金で学籍を買った田舎の成金なりきんですわ」


 ルアーナの顔がカッっと熱くなる。

 門をくぐったときから自分が場違いなことに気づいていた。その原因が薔薇色ローズのローブということも。

 彼女たちの声に反応した、まわりの視線が痛いほど突き刺さる。


 だが、後悔してももう遅い。マリラの忠告を無視したのは自分だ。


 校則では制服のうえに羽織るローブと、足元だけは自由とされている。

 しかしここは伝統をおもんじる王立グラーヴェ魔導学院である。まわりはボルドーや黒、紺などの地味なローブを着た生徒ばかりだ。


『こんな色、ぜーったいお断りよ』


 王都の仕立屋でそう叫んだルアーナは、金糸の刺繍をあしらった薔薇色ローズのローブを選んだ。

 心配したマリラが気を利かせて紫色ヴァイオレットのローブを用意したのだ。


 校則違反はしていないし、露出も最大限抑えた。しかし「グラーヴェ魔導学院に入学する」、本当の意味をルアーナは理解していなかった。


 ――マリラから「気をつけろ」と言われたばかりなのに……。


 うつむいて、心細さと懸命に闘いながら順番を待つ。


「次の人どうぞ」


 呼ばれると今度は水晶玉を持った上級生がいた。

 ここでも上から下までじろじろ見られる。


 ――もう穴があったらはいりたい。


 顔を赤らめながら恐る恐る水晶玉に手をかざすと、一瞬なにかに刺されたようなピリッとする感覚がした。


「ではこちらが学生証になります。敷地内の通行証も兼ねていますので持ち歩くように」

「通行証?」

「そう。君の魔力を登録してあるから、登下校の管理や学院内での買いものにも使えるよ。ただし、ご利用は計画的に」

「すごい……!」

「我がグラーヴェ魔導学院が誇る、魔導具のひとつさ」


 魔導士というと魔法を使って戦う〈魔導騎士〉のイメージが強いが、生活を便利にする魔導具を作る〈魔導具士〉のほうがより身近な存在である。


 ――さすが王国の魔導学院!


 一瞬にしてまわりの声が気にならなくなった――のは気のせいだった。


「あらあら。そんなことも知らずにきた子がいるなんて」

「どうしてこんな子が試験に合格したのかしら?」

「ダメよ、そんな言い方およしになって。平民の分際で入学を許可されたのだから、きっとすばらしい能力をお持ちでしょうから」


 さっきとは違う、金髪の三人組だった。「平民」という言葉に悪意を感じる。


 逃げるようにしてその場をはなれた。クラスを確認して式典が行われる講堂へむかう。しかしそこでもやたらに視線を感じる。


 ――お願い。だれでもいいから助けて。


 ルアーナはキョロキョロとあたりをうかがった。

 人の波に流されながら、ようやく見覚えのあるうしろ姿を見つけた。大勢のあいだを縫うようにすすんで近づく。


「アンジェロさま、おはようございます」


 ルアーナが笑顔で声をかけると、足を止めたアンジェロは心底驚いた顔をした。


「え、ルアーナ!? どうして君がここに?」

「もちろん魔導士になるためですわ。講堂までご一緒してよろしいですか?」

「え? ああ……もちろん」


 ルアーナの勢いに怯んだようすのアンジェロは、フードを目深に被り、背中を丸めて歩きだした。


「マーレではお互いずっと勉強で会えませんでしたわね。いかがお過ごしでした?」

「山ほど見合いの肖像画を渡されたよ。入学が決まってから早めに王都へきて、もう三人に会った」

「へえ……どなたかいい人はいまして?」

「どうかな。社交シーズンはまだすこし先だし、父上たちはこれからが本番だって言ってる」


 ルアーナが王都にくることを知らなかったのだから、休みのあいだのことは仕方がない。

 社交が貴族にとってとても大事なことも心得ている。


「大変! 私も夜会に招待していただかなくてはなりませんね」

「は?」

「それと私の肖像画も用意いたしますね」

「ええ……ッ?」


 貴族の社交場に平民はおいそれと参加できない。もちろん招待されれば別だが、現状そんなコネはない。

 今日は失敗してしまったが、クラスメイトとは仲良くなりたい。できればマーレにいる幼なじみのように。


 式典がはじまると、長く退屈な式辞がつづいた。


 どの人も一様いちように〈伝統〉〈格式〉〈威儀〉を語り、この王立グラーヴェ魔導学院がいかにすばらしい学校かということを言葉をかえて述べている。


 ルアーナは隣のアンジェロを盗み見た。

 被っていたフードをとって、短く刈った髪と形のいい耳が露わになっていた。

 浜辺で遊んでいたころとくらべるとすこし痩せたようだ。それだけ真剣に宮廷魔導騎士をめざして勉強したのだろう。


 彼のパートナーとしてふさわしくなろう。

 式辞のつづく講堂に、秋の爽やかな風がとおりすぎていった。

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