第7話 挑戦のはじまり
「王都なんてとんでもないッ!」
屋敷じゅうに、ファビオの声が響き渡った。普段は心配になるほどお人好しで温厚な主だけに、使用人たちは何事かと肩をすくませた。
ファビオは自分でも驚いたのか、声を落としてルアーナに言い聞かせる。
「私たちは商人だ。魔導士が必要なら雇えばいい。商人に魔導の勉強は必要ないだろう?」
「でもお父さま、今の私では美容液のレシピを作ることはできないのよ。魔導士を雇う以前の問題だわ」
「それなら美容液の増産は止めよう」
「そんな……ッ。王都でも使いたいと言ってくれる人がいるのに……」
「その人には申し訳ないが、おまえは今までどおりここで店番をして、私たちの
「そうよ。あなたが苦労する必要なんてないのよ?」
ファイビオが隣に座る妻の手を握ると、彼女も口をそろえる。
「お母さままで……」
ルアーナは下唇を噛みしめる。
予想はしていた。しかし、ここまで頭ごなしに反対されるとは思っていなかった。
しかしここで諦めたらアンジェロとの未来は永久に失われてしまう。彼のいない人生なんて、絶望しかない。
ルアーナはだんだん腹が立ってきた。
なぜ両親はこの気持ちを分かってくれないのだろう。
「私が魔導士の資格をとれば、ロンバルディ商会のためにもなるわ。魔導士のお墨付きなら信頼も増すし、レシピを売ることもできる」
「そんなことしなくても、利益は十分にあがっているんだ。過ぎた欲は身を
「そうよルアーナ。今の生活に不満でもあるの?」
「不満なのは生活じゃなくて、ア……」
ルアーナは「アンジェロのいない人生」と言いかけて慌てて口をつぐむ。彼を追いかけるなんて言ったら、二度とはなしを聞いてもらえない。
「ア――?」
ロンバルディ夫妻はそろって眉根をよせた。
「……アイデンティティーの問題よ」
「アイデンティティー?」
「そう。今の私って、ただ可愛いだけのお父さまとお母さまの娘でしょう?」
「ああ、おまえは私たちの自慢の娘さ」
「ええ、私たちの可愛い娘ね」
「ありがとう二人とも」
――て、そうじゃなくて。
「魔導士になって、可愛いだけじゃないことを証明したいの。そしたら胸をはって商会を継げるわ」
「なにを言いだすかと思ったら。心配しなくても、ゆくゆくはおまえと一緒にロンバルディ商会を継いでくれる婿殿でも探すさ」
ファビオはお人好しだが、人を見る目はたしかだ。ほかの商人からは不思議がられるが、彼がいいと思ったものは必ず上手くいく。
きっと父が探してくる婿殿はいい人なのだろう。ロンバルディ商会を経営し、ルアーナのことも誠実に愛してくれるに違いない。
父が判断を誤ることはない。
それは分かっている。
それでも引けない理由がルアーナにはあった。
ルアーナが望むのはレールの引かれた人生なんかでなく、身を焦がすような情熱なのだ。そしてその相手はアンジェロしかいない。
「私に商会の経営は無理だと思っているのね。私は、お父さまのような立派な経営者になりたいから、魔導士の勉強がしたいのに……」
ルアーナは両手で涙を隠すフリをして、ちらりとファビオの顔色をうかがう。芝居臭いと思うが、このくらいのほうがこの両親には効き目がある。
「い、いや、そうじゃない。魔導士といったら貴族の集まりじゃないか。おまえになにかあったらと思うと心配なんだよ。ほら、まえにもあっただろう?」
ファビオの言う「まえ」を思いだして、ルアーナは身震いする。アンジェロのおかげで克服したつもりだったが、やはり怖いものは怖い。
「あのときは怖かったわ。今も怖い……」
「なら――」
「でもねマーレで暮らしてても、ずっと貴族から逃げることなんてできないでしょう? 商会を継ぐならなおさらだわ」
マリラも言っていたではないか。
みんなアンジェロに遠慮していたと。
「ぐぬ……だがなあ、グラーヴェ魔導学院といったら私でも知っている。王国じゅうから優秀な人間が集まるんだろう? そんなところで平民が通用するものかね?」
「それは……」
痛いところをつかれた。
ルアーナが心配しているのもそこだ。
この国では、教会で魔力鑑定をしてもらってはじめて〈魔力持ち〉かそうでないかが分かる。
とはいえ〈魔力持ち〉のほとんどが貴族だし、鑑定してもらうのもタダではない。したがって平民は鑑定すらしないのが普通だ。
ルアーナのばあいは、森にはいったとき手に持っていた植物が光った。それを見たファビオが教会へ連れていき、植物属性の〈魔力持ち〉であることが分かった。
しかし魔力を持っているといっても、所詮は平民クラス。大したことはできない。
そもそも魔導士といえば貴族の職業というのが世のなかの常識だ。ルアーナの実力では、貴族の足元にも及ばないだろう。
それでも。
「やってみなければ分からないわ」
「そんなに無理してまでやることはないよ……」
「――お父さまは、私じゃ魔導士になれないと思ってるのね?」
「そ、そんなわけないだろう!」
「なら、勉強したらなれると思う?」
「ああ、もちろん」
「本当に?」
「本当だとも。おまえがその気なら、なんだってできるさ――あれ?」
――よし、言質とった。
ルアーナは内心でにやりと笑う。
「よかったそう言ってくれて。私ぜったい試験に合格して、もっともっと自慢の娘になってみせるわ」
「い、いや今のは……」
「男に二言はないわよね? お父さま」
「あなたっ、ルアーナと離れるなんてイヤよ……ッ!」
「たった三年よ。そしたら立派になってマーレに戻ってくるから」
ルアーナは小さくガッツポーズした。なんだかんだと言いながら、両親はルアーナに甘いのだ。
三年間で必ずアンジェロをとり戻してみせる。
そのためにはまず、なにがなんでも入学試験に受からねば。
ルアーナは静かに闘志を燃やした。
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