鉄仮面の貴公子
「あれ? おかしいな……この辺りに落ちたはずなんだけど、風に飛ばされちゃったかな」
ガサゴソと茂みをかきわけながら探していると、ボソボソと女の子の声が聞こえてきた。
悪いことをしているわけではないのに、とっさに身を隠す。
「……くんの事が……好きです」
うひゃー、と思わず叫びたくなるのを必死に抑えた。
どうやら告白の場面に遭遇してしまったようだった。そんな場面にひょっこりと顔を出すわけにはいかない。
グッと息を呑んで、ことの成り行きを見守ることにする。
「あの、つ、付き合ってください」
消え入りそうなか細い声で、女の子が言った。
告白したことはない……する気もさらさらない。って、そもそもする相手もいないけど……、それは置いといて。
きっとものすごく勇気が必要だったことだろう。緊張がこちらにまで伝わってくる、そんな声だった。
それに対して、返答は……。
「ムリ」
感情が一切感じられない無機質なもの。
『はぁ~? なんだその返事の仕方は!』と心の中で悪態をついたけど、そう思ったのは私だけじゃなかった。
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃない!」
告白した子とは違う声。
その言葉に、うんうんと人知れず相づちを打つ。
「いいよ、早苗。どうせ付き合うなんて無理だってわかってたし」
先ほど告白した子の声。
「よくないよ。加奈が必死に告白したのに『ムリ』のひと言で済ますなんてありえない」
きつい口調でいさめる女の子。
それにしても、この三人の声をどこかで聞いたことがあるような……。早苗と加奈という名前にも憶えがあるような……。
三人の声と顔が一致するのに、そう時間はかからなかた。
女の子は、隣のクラスの子だ!
そして、相手はなんと桐谷倭斗。
超がつくほどのイケメンである桐谷倭斗に告白するなんてなんと無謀な……もとい、なんて勇気のある女の子だ。
会話は続く。
「用がないなら行くけど」
そう言ってその場を去ろうとする桐谷倭斗を、早苗と呼ばれた気の強そうな女の子が引き止める。
「待ちなさいよ。ちょっと冷たすぎるんじゃない?」
「他になんて言ったらいいわけ? 俺、そいつの存在すら知らないし、知りたいとも思わんし、まったく興味ないから、マジで無理」
『おいおい隣のクラスだぞ、顔くらい見たことあるだろ』と思わず突っ込みたくなるが、そこはガマン。それより、クラスは違くても隣のクラスなんだから、存在すら知らないとはどういう事だ。
私だって隣のクラスの男子の顔くらい……、う~ん知らない人もチラホラいるかも、って今は私の事は関係ない……うん、関係ない。
「こっちが松井早苗で、私は小田切加奈、隣のクラスだし、何度もすれ違ったりしているんだから顔くらいは見たことあるでしょ」
「あ、わりぃ、マジ知らん。すれ違ったくらいで顔なんか覚えねぇよ。ていうか、知っていたところであんたの事は好きにはならないけど」
グサッ、グサグサグサグサ……、彼の放ったトゲは強烈だった。
四月に入学して早七ヶ月。夏休みを除けば六ヶ月だけど、きっと桐谷倭斗に認知されようと用事もないのに教室の前を行ったり来たり、すれ違ったり、時には熱い視線を送ったりしていたに違いない。
それが想像できるだけに、存在すら認知されていないなんて寂しすぎる。
もしかして、同じクラスでも名前すら憶えていない人もいるのでは……。ありえない話でもなく、ましてやそれが自分である可能性は大いにある。
と、かすかに鼻をすする音が聞こえてきた。
容赦ない言葉に、傍で聞いている私でさえも胸が痛むのだから、直接言われた者にしてみれば相当傷ついたことだろう。
泣き出すのも無理はない。
顔も頭もピカイチだが、いけ好かないやつと思ったのは今朝の事。やっぱりこれだけイイものを持っていれば、どこかに歪みは出てくるのだろう。彼の場合、口と性格の悪さが歪みとして現れている。
『これ以上傷つけないでくれ』
と心の中で悲鳴を上げるが、当然知る由もない当事者たちの会話は続く。
「し、知らないなら、これから知ればいいじゃない、付き合ってみたら好きになるかもしれないでしょ。まずは友だちからってのもありなんじゃない?」
この人メンタル強すぎ。
その強さに感心を通り越し、尊敬の念を抱く。
確かに、友だちから恋人になるケースもある。第一印象が最悪で『嫌い』からスタートしても『好き』になることは多々ある。私も小さい頃は大嫌いだったピーマンが、今では大好物に昇格しているのだからありえないこともない。
そう思っていたけど、その可能性すらあっさりと否定されてしまう。
「あー、ムリムリ。俺、興味をもてない奴と友だちになりたいとすら思わないから」
カンカンカンカン……。
聞こえるはずない試合終了のゴングが聞こえた気がした。
「もういいよ、行こ」
ささやくような声で早苗が言った。
「な、なによ。モテるからっていい気になって。あんたなんか……あんたなんか……そのうち痛い目見るんだからッ」
あの美人の彼女のことを知っていれば、告白しようなんてそんな無謀なことは考えなかっただろうに……ご愁傷様です。
本人が聞いたら怒りそうなことを考えていた時、突然の大声にビクンと体を強張らせる。
「この最低男!」
これが先ほどまでおしとやかに友だちを制止していた早苗の声?
耳を疑うほどのドスの効いた声で捨て台詞を吐くと、ようやく二人はその場を去っていった。
これが負け犬の遠吠えというやつか。なんとも後味が悪い。
自分はどんなに無残に破れようとも、決して負け犬の遠吠えだけは口にしまいと心に誓った。
しばらくして、ようやく人の気配を感じなくなったので、大きく息をついた。
意図していなかったとはいえ、修羅場と化した現場に居合わせてしまった。ようやく緊張から解き放たれ、本来の目的であるチラシ探しを再開した。
すぐに見つかると思っていたチラシだけどなかなか見つからなくて、茂みの中を這いつくばるようにガサゴソと探していた。
「のぞき見とはいい趣味だな」
探すのに一生懸命になっていたから、そこに人が居ることに声をかけられるまで気がつかなかった。
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