第2章
入場割引券
「根本先生にケンカ売ってどうするんですか」
机に突っ伏す乙羽に敬語で話かけてきたのは、もう一人の親友
中学からの付き合いだけど、美幸ちゃんは誰とでも敬語で話す。
前に理由を尋ねたら、両親の教えだとか。だから、家族とも敬語で話すらしい。
美幸ちゃんが私の前の席に座ると、杏子ちゃんも話に入ってきた。
「完璧根本に目つけられたね、乙羽」
ダラダラと起き上がる私の頭を、杏子ちゃんが丸めた雑誌でポンと叩いた。
「そんなぁ~。ただ、ちょっと疑問に思ったことを言っただけなのにぃ~」
「西郷隆盛がなんちゃらって話じゃなくて、乙羽ちゃんが好きな武将ですよ。がんもなんとかって人の事です。根本先生、絶対知らないですよ。今ごろ必死にネットで調べているんじゃないですか?」
「絶対調べてるよ」
と、美幸ちゃんの言葉に杏子ちゃんが重ねた。
「美幸ちゃん、がんもじゃなくてがもうだよ」
訂正したけどそんなことを気にする風もなく、二人ともケラケラと笑っている。
四時間目が終わり、昼休みへと突入していた。
杏子ちゃんと美幸ちゃんは、それぞれ昼食を持って私の席へ来た。
私も持ってきたお弁当を広げようと机の上に置いた。
そして、ちらりと桐谷倭斗の姿を探す。
教室全体を見回したけど、彼の姿を見つけることはできなかった。
かわりに、今朝美人のお姉さんに渡してくれと頼まれたお弁当を、悶絶しながら頬張る霧谷くんの姿が目に入った。
ひとの忠告も聞かず、相も変わらず彼女のお弁当を人に渡すなんて許せない!
怒りに任せ立ち上がろうとしたとき、杏子ちゃんに話しかけられ浮かした腰を戻す。
「ところで乙羽、大好きな歴史の授業中に何をやってたの?」
「そうそう『歴史大好き乙羽ちゃん』にしては珍しいですよね、根本先生の授業はすごくつまらないから、別の事をしたくなるのもわかりますけどね」
そう言って、美幸ちゃんはひと口パンをかじった。
二人に言われるまでその存在をすっかり忘れていた。
慌ててポケットからチラシを出した。
しわくちゃになったチラシを丁寧に広げ、『川上華子の謎解きアドベンチャー』と書かれたチラシを誇らしげに二人に見せる。
「ジャジャーン! 今日駅前でもらったの。見て、すごいでしょ!」
興奮気味に言う私に対し、ふたりの反応は冷ややかなものだった。
「何それ」
ポカンと見つめる杏子ちゃん。
「それがどうかしました?」
そっけない美幸ちゃん。
「え~! 川上華子さんだよ。でね、ここ見て! 『結城晴朝の埋蔵金――和歌の謎を解け――』だって、おもしろそうでしょ。しかも入場割引券付き!」
興奮冷めやらぬといった態で話す私に、ふたりは相変わらずそっけない。
それもそのはず。
歴史に興味があるのは私だけ。
杏子ちゃんはオシャレが大好きでファッション雑誌をいつも持ち歩いている。今もお弁当を食べながら雑誌を眺めている。
美幸ちゃんの趣味は食べ歩き。おいしいお店は美幸ちゃんに聞けば間違いない、というくらい食通だ。
今日は、コンビニの新製品のパンを頬張っている。
私は……といえば、自他ともに認める歴史ヲタク。学校の図書館にある伝記はさることながら、歴史と名の付く本は読みつくした。今は歴史ミステリーに興味をいだき、愛読書は『歴史の不思議と謎に挑戦する』をモットーとしているスーパーミステリーマガジン、月刊誌『ミョー』である。
そんな共通点のない三人だけど、付き合いは長く中学からの仲だ。
「川上華子? 誰ですか? ゆうき……ともはる? そんなおじさんには興味ありません」
冷たく言い放つと、美幸ちゃんはパンをおいしそうに口へ運ぶ。
「はるともだよ、美幸ちゃん。結城晴朝の埋蔵金といえば、日本三大埋蔵金のひとつで、総重量三百八十トン近くある黄金が埋められているって言われていて、あの徳川家康も発掘したけど見つけられなかったんだよ。それに、川上華子さんは私が尊敬する歴史研究家っていうのは前にも言ったと思うけど、ここ最近、黄金の隠し場所を示したとされる三首の和歌の謎を解き明かしたと、もっぱらの噂なの。その華子さんが主催するアドベンチャーなんだから、絶対おもしろいよ! 一見の価値あると思わない?」
「思いません」
熱く語る私に、美幸ちゃんはバッサリと言い放った。
続けざまに杏子ちゃんが言う。
「歴史なんて授業だけでうんざり。埋蔵金だか黄金だか知らないけど、見つけたらウチらのもんになるんならいいけど、何の得にもならないんでしょ? 謎解きだとか言われても正直萌えないよ。それより川上華子だっけ? どちらかといえばそっちのほうが興味あるかな。ものすごい才女で、モデル並みのスタイルでとびきりの美人って噂はあるけど、一切メディアとかにも出てなくて、その人自身がミステリアスなんでしょ。なんかそそられるぅ~」
確かに杏子ちゃんの言う通り、川上華子さんは写真すら世に出ていない。これまで数多くの歴史の謎について有力な文献を出している。
それにもかかわらず、メディアには一切出てなくて、その業界ですら知っている人はごく一部なのだとか。
生年月日もさることながら、容姿、人柄など川上華子さんに関する正確なデータはなく、名前から察するに、おそらく女性だろうという事しかわかっていない。
中には、川上華子さんの存在すら幻なのではないかという人もいて、川上華子さん自身ベールに包まれている。
「実はものすごいブサイクかもしれませんね。だからメディアにも出られないのかも。頭脳明晰、容姿端麗なんて、そうそういませんよ」
美幸ちゃんも杏子ちゃんの話に乗っかって軽口をたたく。
「私は容姿とか才能とかじゃなくて、川上華子さんの歴史に対しての真摯な姿勢を尊敬しているの」
尊敬してやまない川上華子さんを茶化す二人に、恨みがましい視線を向けたけど、二人は一向に気にする様子はない。
それどころか、話は終わりとばかりに話題を変える。
「はいはい、それより、おいしいかき氷食べに行きましょうよ」
そう言うと、美幸ちゃんは残りの一口を口に放り込んだ。
十一月も半ばを過ぎれば冬の色が濃くなってくる。街中には、ちらほらクリスマスの装飾も目に付くようになってきた。
思わず身震いした。
「え――ッ! もう冬だよ。なんで冬にかき氷なの? 冬はコタツにミカンが定番だよ」
私の言葉に杏子ちゃんが吹き出した。
「ぷッ、乙羽、おばあちゃんみたい」
「乙羽ちゃん知らないんですか? 冬だからこそかき氷を食べるんですよ。夏よりも氷がふんわりしていて、冬限定のフレーバーが出ていたり、かき氷の旬はむしろ冬と言っても過言はありませんよ」
ねー、と美幸ちゃんは杏子ちゃんとにっこり笑顔で顔を合わせる。
当然、流行りに敏感な美幸ちゃんは杏子ちゃんとは話があう。
私が提案した歴史ミステリーの話などさっさと忘れて、二人はキャッキャとかき氷の話で盛り上がっていた。
すると突然、杏子ちゃんが雑誌を机の上に叩きつけた。
お弁当は食べ終わっていたので散らからずにすんだけど、杏子ちゃんのその行動に驚いたのは私だけじゃなかった。
「いきなりどうしたんですか?」
美幸ちゃんが訝かし気に尋ねた。
「乙羽、あんたおとめ座だったよね。今月の占い最悪だよ。トラブルに巻き込まれる恐れありだって!」
とはいえ、今月はすでに半分過ぎた。これまで平穏無事に過ごしてきたのだから、あとの半月も無事に過ごせる、と思いたい。
「所詮、占いだよね。占いの類、当たったことないんだ」
初詣のおみくじで大吉を引いた時も、良いことはなかった。
たいして気にも留めない私に、杏子ちゃんが不安を誘う。
「この占い当たるんだよ。乙羽、気をつけたほうがいいよ」
そう言われると急に不安になってくる。
トラブルとは言えないまでも、今朝から何やら雲行きがあやしい。
「あ! ラッキーアイテムはチラシだって。しかも運命の出会いがあるかもだって! キャー ついに乙羽も恋に目覚めるか! あ、そのチラシが幸運のカギだったりして」
楽しげに言う杏子ちゃんをよそに、私はチラシをジッと見つめた。
果たしてこのチラシがラッキーアイテムなのか。考えてみたら、このチラシが原因で根本に睨まれる羽目になったような気がしないでもない。
不安になる私を気遣うように、美幸ちゃんが私の頭をなでる。
「まあ、そう気にすることはないですよ。かき氷でも食べて元気だしましょ。今日は陽も出ていてポカポカしているから、そんなに寒くなさそうですよ。乙羽ちゃんもこれならかき氷食べにいけますよね」
そう言って美幸ちゃんが窓を開けた。
ピューと、冷たい風が頬をなでる。
その拍子に机の上に置いておいたチラシが風に舞った。
あっ、と思った瞬間にはチラシは風に誘われるように、外へと飛んで行ってしまった。
「ごめんなさーい」
美幸ちゃんが申し訳なさそうに、両手を顔の前で合わせて謝った。
窓から下をのぞき込むと、チラシはすぐ下の茂みの中へと舞い降りていった。
「私、探しに行ってきます」
すぐさま教室から出ていこうとする美幸ちゃんを引き止める。
「落ちたトコわかっているから大丈夫。気にしないで」
そう言い残して、私は教室を飛び出した。
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