第三章 初めの一キロが中々痩せない 4


「ねぇ、兄さん?」

 帰り道、伊織はいつもの人懐っこい笑顔でなく、どこか思いつめた表情で口を開いた。

「なんだ?」

「兄さんはそんなに真尋がいいの?」

 伊織は確認する。真尋と話して、彼女が悪い奴だとは思わないが、今日の兄の行動を見てしまうと、不安に思うところがあったのも事実だ。

「あぁ。真尋ちゃんじゃないと嫌だ」

「でも、真尋のこと、まだなんにも知らないんでしょ?」

「そうだな。けど、今日一緒にいて感じたけれど、性格だってそんなに悪い子ではないだろう。性格が悪い奴は顔に出る。若い年代ほどそれを隠すのは下手だ。それがわからないほど俺は無知じゃない」

「そんなに女の子のことなんて知らないくせに」

「バカをいうな、女に限らず、男の顔色を伺うことももう慣れた」

「誇らしそうに言わないでよ、バカ。それに真尋だって兄さんのことなにも知らないでしょ。兄さんの変態嗜好知ったら引いちゃうんじゃないの?」

「それは大丈夫だ。真尋ちゃんが嫌がるようなら過去のことくらい墓の下まで持っていくさ」

「それこそ、知ってもらわないといけないんじゃな」

「だから、お前も過去のことを匂わすようなことを言うのはやめろ」

 有無を言わせない強い口調だった。

「わかったよ。でも、それだけ真尋のことが好きなら、あぁいうことするのはもう止めなよ」

「あぁいうこと?」

 省吾には伊織の指していることがわからなかった。

「なにもないのにプレゼントとか渡すことだよ」

「あれは失敗したな。今度は真尋ちゃんの嗜好を考えた上でモノを選ばないと」

「そういうことじゃない!」

 伊織は強い口調で省吾の言葉を否定する。自分でも思いの外感情的になってしまい、すぐに俯き「そういうことじゃないよ」と呟く。

「なにをそんなに怒ってるんだよ」

「兄さんは女の子を喜ばす方法が間違ってるよ。女の子は四つ葉のクローバー一つでもキュンとくるし、相手のことも知っていたいと思うものなんだよ」

 過去の教訓を生かさない省吾を見ていれば文句の一つも言いたくなる。

「今のままなら、また失敗するよ」

「……もうしないさ」

 省吾は赤みがかる雲を見つめながら呟く。

「ほんとだね?」

「あぁ」

「あたし、聞いたからね。それに兄さんがまた失敗したら妹のあたしにまで迷惑かかるんだから、止めてよね」

「そんなに迷惑なんてかけないし、伊織に喧嘩を売るような恐れを知らない奴なんていないだろ」

「あたしをなんだと思ってるのよ! それに、兄さんと身内ってだけで、あたしは変な目で見られたりしてるんだからね」

「そこまでいうなら、わざわざ俺のいる高校を選ぶ必要ないじゃないか」

「兄さんがあたしの行きたい学校に行ったからしかたなかったの。ほんとは嫌だったんだけど、しかたなかったの!」

「そうか。けど、俺はお前が一緒の高校に来てくれて嬉しいぞ」

「そ、そういうこと、真顔で言わないでよ、バカ。……そういうことを何気なく言えるのはすごいけどさ」

「なにかいったか?」

「なんでもないですぅ」

「そうか、ならいい。お前も俺の心配ばかりしてないで新しい友だち作っていけよ。俺と真尋ちゃんが正式に付き合うことになったら、伊織をかまってやる時間なんかないぞ」

 上から目線で自分に話しかける兄に伊織は少し意地悪をしてやろうと、「ふ~ん。そんなに真尋にご執心なら、部屋のグッズはもう全部捨ててもいいよね」と、言った。

「いや、それは困るというか、それとこれは話が違う」

「違わないよーだ」

 伊織はアハハっと笑いながら、兄との変わらない距離を哀しく楽しんだ。

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