第三章 初めの一キロが中々痩せない 3
春の日差し朗らかに、絶好のハイキング日和。
「真尋ちゃんは、中学校時代、なにか運動やっていたのかい?」
「はい、バレーボールをやってました」
「へ~、高校ではしないのかい?」
自然と会話も弾む。
「あの、ちょっと怪我をしてしまったので、高校生では、止めておこうかなと思いまして。だからといって、なにかをしようとかはまだ決めれてはいないんですけれど」
「そうなんだ」
話しながら、省吾は真尋のデータを頭の中にインプットしていく。運動部であれば、もう少し負荷を上げることも考えるが、怪我持ちであるなら、あまり一か所に負担をかけることはできない。
真尋に合ったプログラムを考えながら、話を続ける。
「だったら、生徒会に入ればいい。俺も真尋ちゃんと一緒にいられるならとても嬉しいよ」
「か、考えておきます。でも、生徒会って気軽に入れるところでもないでしょう?」
「そうだな。けど、うちの学校の生徒会は少し特殊で、会長を選出すれば後の役職は会長が自由に決めれるんだ。だから、真尋ちゃんが望むならどうとでもできる」
「先輩は生徒会長になるんですか?」
「今はあまり乗り気じゃないが、真尋ちゃんがやる気になってくれるのであれば、絶対になろう」
「いくら副会長だからって、そんな簡単になれるものでもないでしょう」
今の会長も独特だとは思うが、省吾がトップに立ってしまうことに不安しか覚えない。これは自分だけの感想ではないだろうと真尋は思った。
「そんなことないよ。兄さんは中学校の時も生徒会長してたんだから。まぁ、一週間でリコールされたけどね」
「なにしたんですか」
「まさか隠し部屋を作ったり、いろんな場所から炎を出す仕掛けを作ったくらいでもう勘弁してくれと暴動が起きるとは思わなかったな」
「それだけじゃないけどねぇ」
その瞬間、省吾は妹にはっきりと敵意を向けて睨みつけるが、「やりすぎです!」という、真尋のツッコミのおかげでその空気も和らいだ。
「まぁ、未来の話をしても仕方がないからな。それよりも真尋ちゃん、疲れてないか?」
「はい、大丈夫です」
なるべく真尋のペースに合わせて歩いているおかげか、あまり息を切らすこともなく、山頂に到着することができた。
「では、ここでお昼休憩をとることにしようか」
山頂といっても、高原のように開けた場所であるため、同じようにレジャーシートを引いて食事をしている家族連れも多い。
省吾はリュックに詰めた道具を取り出し、食事の準備を始める。
「あの、お弁当はワタクシが作ってきました」
食事の時間になり、真尋の気分も高揚する。真尋は自分のバックの中から、お弁当箱を一つ、二つとどんどん取り出していった。
「あの、お弁当って、それ全部になにかしらの食事が入っているのか?」
お弁当箱が四つ、加えて、最後には三段のお重まで出てきたものだから、さすがの省吾も思わず動揺しながら聞いてしまった。
「はい、もちろんです。春休み中はお弁当を作る機会がありませんでしたから、今日は朝の五時から頑張っちゃいました。あったかい料理もいいですけど、こういう場所で食べるお弁当も本当にいいものですよね」
食べることになると真尋はどこか饒舌になる。
「あぁ、そうだね」
とても可愛らしい行動なのだが、モノには限度がある。
重そうな荷物だと思っていた。女の子だから、山登りが初めてだから無駄なものでも持ってきていたのかと思っていたが、お弁当しか入っていなかった。荷物のなくなったリュックは自分の役目を果たしたのか、今はぐったりと倒れている。
「先輩も、伊織さんも一杯食べてくださいね」
百万ドルの笑顔に二人はなにも言えなくなる。
自分たち以上に重い重りを持ちながら、今はまったく疲れを見せていない。意外に力持ちなのか、食事の時間ということが彼女の能力を引き上げるのかはわからなかったが、どうやらただカワイイだけの女の子ではないようだ。
各々、真尋が作ったお弁当を取り皿にわけ、食事は進む。
「おいしいですね」
真尋は一口箸を進めるたびに眩しく見えるほどの笑顔をしてくれる。けれど、二人は広げられた料理をただ見つめていた。
油ものが多いわけではない。野菜もきちんと取っている。お肉もあれば魚もあり、煮豆だってある。果物も十分に用意されており、栄養のバランスは考えられている。
ただ量が多い。
「やっぱり真尋ってよく食べるよね」
「これは俺のプログラムに大きな変更が必要だな」
あれほどあったお弁当も一時間あれば綺麗になくなっていた。すぐには動けないだろうと、小一時間ほど休憩を取り、元来た道を帰っていく。
荷物が減り、下りということもあって、真尋はこの程度の運動はまったく苦にしていなかった。
「いくら最初とはいえ、軽すぎたかな?」
「そんなことないですよ。もちろん、もう少し負荷のかかる運動でも問題ないですけど。でも、なにより今日は楽しかったです」
真尋ににっこりと笑顔を向けられ、省吾も単純によかったと思った。
「真尋ちゃん、俺からきみにプレゼントがある」
駅に到着し、いよいよ解散となるところで、省吾は真尋にカバンの中から取り出した一つの紙袋を渡す。
「なんですか、これ? 案外重いですね」
真尋はそれをとりあえず受け取り、中を確認する。
「最新の体重計だ。体重に体脂肪はもちろんのこと、筋肉量や基礎代謝までわかる優れ物。これで、毎日自分の体重をチェックして欲しい。できるなら朝、登校前の時間がいいかな。それを毎日このグラフに記入してくれ。これで、真尋ちゃんの成果が一目でわかる仕組みになっている」
省吾は得意げに最新機器の性能の高さを語るが、「そ、そんなのもらえません」と、真尋は即座に受け取りを拒否した。
値段はわからないが、テレビでも見たことのある電化製品を気軽にプレゼントされては気が引ける。
「受け取ってくれ、俺のものはすべて真尋ちゃんのものだと思ってくれていいから。気にしないでくれ」
「気にします!」
「う~ん、けどもう買っちゃったしな。それにこの体重計は俺が使うよりも真尋ちゃんの方が有意義に使えると思うんだ」
「だったら、ワタクシがその分のお金を支払います」
「いや、それは俺が困る」
「ワタクシだって困るんです」
「もしかしていらなかった?」
「そういうことではありません。まだ知り合ったばかりの方からそんな高価なものを無償で頂くなんてことが困るんです」
「俺のこと嫌いだから受け取れないとか?」
「そうじゃありません」
真尋は省吾の行動にいらだっていた。
「まぁまぁ、落ち着いて。兄さんも真尋が嫌がるようなことしないの」
ヒートアップしている二人に伊織が割って入る。
「ねぇ、真尋。真尋の家にも体重計あるよね?」
「あります」
「だって、兄さん。兄さんが求めるほど細かくはグラフにできないけどそれでも構わないでしょ?」
「いや、正確なデータを取るためにはだな」
「そんなのに頼らなくても、兄さんは真尋のことならなんでもわかるんでしょ」
「それはそうだが」
「だったら、いいじゃん」
「そうしたら、この体重計が無駄に」
「それはあたしがちゃんと有効活用してあげるよ。うちの体重計ってアナログで体重しかわからないじゃん。だから、新しいのが欲しいなって思ってたんだ」
「お前のために買ったわけじゃないぞ」
「いいじゃん。たまには妹に優しくしても罰はあたらないよ。っていうか、たまには優しくしないと罰を与えるよ?」
自分よりも真尋を大事にすることに、少しだけ文句を含んだ物言いになってしまうが、省吾は「だったら、学校に持っていって毎朝体重をチェックする時間を設けよう」と、なおも引き下がらない。
「あきらめなよ。それに、家の中ならまだしも校内に自分の個人情報を貼りだすってどれだけ恥ずかしいことさせようとするのよ。あたしだって校内に公のプロフィールを張られてたらやなんだから。誰もが兄さんみたいにメンタルが強いわけじゃないの。いいかげんに、うんっていわないと、その口を縫いつけて、目玉をくりぬくわよ」
「わかったよ」
「うん、いい子、いい兄さんだよ」
ようやく解決し、省吾も渡すはずだった紙袋をあらためて自分のカバンの中へ詰め直し、代わりにファイルの中から一冊の冊子を取り出す。
「その代わり、これはもらってくれ」
「なんですか、これ?」
真尋は受取った冊子をパラパラとめくる。そこには、一週間のトレーニングメニューとオススメの食事が図解を交えて丁寧に書かれていた。
「これから毎日、いや、いつも真尋ちゃんと一緒にいたいところだが、実際問題なかなか難しい。現に明日は会長に呼び出され真尋ちゃんと会えないんだ。だから、この虎の巻を見ながら励んでもらいたい。もちろん、この通りに進むとは思ってないし、その都度修正とかはいれていくつもりだけれども、基本はこれに沿って進めて行こうと思う」
「ありがとうございます。ワタクシ頑張ります」
出会ってからまだ日は浅いが、これだけの資料を作ってくれたことに、自分のことを想っていてくれているのがわかった。真尋はきちんと頭を下げて、頑張ろうという気持ちになる。
「その意気やよしだ。それならまた学校で会おう」
「はい。よろしくおねがいします」
省吾はもっと真尋と話していたかったが、あまり遅くなってはいけない。省吾は家まで送ろうかと聞いても駅までで大丈夫ですと言われるだけで、日が暮れる前には解散することになった。
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