第三章 初めの一キロが中々痩せない 2
「はじめに確認しておく。真尋ちゃんは俺が立てたプログラムに挫折せずついてこれるか?」
集合してから三十分も無駄な時間を過ごしてから、ようやく省吾の『真尋ちゃん、マイナス五キロ化計画』はスタートしようとしていた。
「あ、あの、いきなりで申し訳ないんですけど、一つだけお願いしたいことがあります」
真尋は省吾の言葉に頷く前に小さく挙手をして、申し訳なさそうに「前にも言いましたけど、食事制限だけはあまりきつくされるのは困るんです、けど、いえ、やる気がないわけではないのですが、食べる楽しみを取られてしまうと、ワタクシとしてはとても悲しくなると言いますか、あ、あの、その分、もっと動いてカロリーは消費しますから」と、先ほどまでの決意はなんなのかと言われても仕方がないような言葉が思わず口を吐く。
「わかった。まぁ、あまりに過度な場合は苦言を呈すかもしれないが、基本は良しとしよう」
「いいんですか?」
自分で質問しておきながら、あっさりとした返答に真尋の方が拍子抜けしてしまう。むしろ、怒ってくれた方がよかったのにという言葉は胸にしまった。
「真尋ちゃんの頼みなんだからいいに決まっている。それに、女子はダイエットになるととかく拒食になりやすい。それでは健康的にもよくないし、俺の望むプロポーションにならない。ここにいる伊織だって、食事をしないでやせようとした時は」
「わ~~! あたしのことはいいじゃん、ほっといてよ。ほ、ほら、真尋への説明はまだ続くんでしょ」
自分の思い出したくもない過去をさらされそうになり、伊織は珍しく慌て、話の軌道を元に戻すが、「そうだな。無駄な話をする必要はないな」と、省吾の言葉に少しムッとしてしまう。
「俺は真尋ちゃんに無理はして欲しくないし、辛そうな顔も見たくない。だからといって、甘やかす予定もない。これからのプログラムは、運動を中心にゼロからの身体づくりを始めようと思う。幸運にも、我々、学生は無駄にエネルギーを消費させることに関しては誰よりもうまく、なおかつ、余るほどの時間もある。食べる以上にカロリーを消費すれば必然と痩せると俺は考えるのだが、いきなり、過度なトレーニングを課すほど、俺も厳しくはない。今日は真尋ちゃんの体力を計る意味でも、ハイキングがてら、初心者にも簡単な登山を行おうと思う」
ここでようやく今日の予定が発表された。
「そして、だらだらとダイエットするのも効率が悪い。だからこそ、期日を決めておこう。そうだな、昨日、会長が要らぬおせっかいを焼いてくれたことだし、水泳大会当日にしようか」
その言葉を聞いて、真尋は頭を悩まし、「やっぱりあれってワタクシのせいだったんですね」と、ぽつり呟いた。
わかっていたことではあるが、事実として言われてしまうと負い目を感じてしまう。現に、雫の放送が終わった後のクラスの反応は圧倒的にめんどくさいという空気が伝わってきた。
「真尋ちゃんのためと会長はいっているが、気にすることはない。あのイベントも会長が楽しめると判断したから開催されただけで、真尋ちゃんのためとかというのは一切ないはずだ」
「でも、ワタクシが発端なのは間違いないでしょうし、そのせいで先輩にも迷惑がかかってしまうなんて」
「それこそ気にすることはない。俺は真尋ちゃんの水着姿が見れるとわかっただけで、会長にしては珍しくナイスなイベントを企画したものだと教室の中で思わず割れんばかりの拍手を送ったくらいだ。だから、俺はこのイベントの進行には積極的に噛んでいくつもりだ。実行委員長になったっていい。そうだな、イベントの前準備として、水泳大会の前日は水着で授業を受けるようにしようか。いや、待てよ。そうなったら、クラスの違う俺が真尋ちゃんの水着姿を拝む時間が減ってしまうな。そうだ、上級生との合同授業とかを計画して自然な形で水着姿の真尋ちゃんの横で授業を受けようか」
「そんなことは止めて下さい」
「そうだよ。そんなの恥ずかしいじゃん」
「伊織よ。お前の貧相な水着姿なんか、誰も見ないのだから、恥ずかしがる必要はないよ」
「そんなことないもん。それに、貧相ってなによ、貧相って。せめて、スレンダーって言ってよ。それに、モデルをしてるあたしの水着姿なんか簡単に見れるもんじゃないんだよ。クラスの男子だけじゃなく、全校生徒が私に注目するよ」
「少なくとも俺は真尋ちゃんしか見ないから、全員ではないな」
「うっさい! いいもん。兄さんに見てもらわなくたって、かまわないもん。……かまわないもん」
「やっぱり、伊織さんもあんなイベント嫌ですよね。すみません、ワタクシのせいで」
伊織の沈んだ表情を見て、真尋はさらに落ち込むが、「いや、いいって、いいって。なんだかんだいって、私も楽しみだし、楽しまないと、あの人たちとはやっていけないし。だから、真尋も楽しんだ方がいいよ」と、伊織の明るい声に救われる。
「そうだそうだ。十代なんて自分のことだけ考えて行動すればいいんだ。それが、良ければ褒められるし、悪ければ怒られる。それだけだ。よし、話を元に戻そうか。真尋ちゃんは例のモノを持ってきてくれたかい?」
その言葉に真尋は思わず苦い顔をしてしまう。朝になって省吾から送られたメールには身体測定の用紙を持ってくるように書かれていた。現状をきちんと把握するためには仕方がないのだが、個人情報を誰かに知られるというのは、思いのほか嫌な気分になる。
「あ、あの、その時からは五百グラムくらいは減っていると思うんですけど」
「一キロの増減は前日の食事や当日の体調で変わるから俺は誤差だと思っている」
真尋の弁明も省吾はさらりと流し、「あと、今日からダイエットを開始するが、だからといって、明日とか、来週にも結果が出るとは思わないでほしい。一か月や二か月で効果が出るほど、体質を変えるのは簡単じゃない」
「やっぱりそうですよね」
食事制限を放棄するダイエットだ。そう簡単に行くはずがないとわかっていても、高校生にとっての数か月というのは気の遠くなる日数に思えた。
「むしろ日によっては増えてしまうかもしれない。だけど、安心して欲しい。俺がきちんと責任取るから投げ出さずについてきて欲しい」
「………」
責任取る、ついてきて欲しい。そんな言葉を異性から言われてはいと返事をするのは憚ってしまう。恥ずかしそうに頷くのが精いっぱいだった。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
「では、行こうか。なに、今から二時間弱で到着するなんてことないコースだ」
省吾は自分の言葉の意味をあまり深く考えず、元気よく歩を進めていった。
「兄さんは言葉でなく相手の表情を、感情を読む感覚をみにつけないといけないよね」
伊織は邪魔にはならないよう二人の後を着いていく。
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