第一章 白河真尋を痩せさせたい! 4
気絶した省吾が目覚めた時には、真尋の姿はすでになかった。省吾は仕方なく、遅刻間際の学生とともに自分の教室へと向かった。
「省吾くん、また問題起こしたらしいね」
「さすがイベントクラッシャーの異名は伊達じゃないね」
教室に入るなり、クラスメートの桜川聡美と吉本亮が声をかけてくる。
「なんのことだ?」
省吾はとぼけているわけではない。省吾にとって、やらかしたことがらは常に複数存在しているので、なにを指しているか言われなければ、話をすることもできない。
「入学式での告白のことに決まってんじゃん」
首を傾げる省吾に、聡美は片手に持っていたカメラのレンズを向ける。
「副会長、入学式で突然の奇声! そこにはまたも女の影が。このニュースはすでに全校生徒に知れ渡ってるんだよ。今、話題のニーズを読者に提供するのは記者として当然のことじゃん」
聡美は新聞のアオリ口調で省吾に聞いてきた。
「あぁ、そのことか」
「そうそう、クラスメートのよしみで詳細を教えてくれたら嬉しいな」
「そうだな」
省吾は一呼吸置くと、「俺は昨日の入学式で女神に告白したら、会長に殴られ、気絶させられたんだ。だから、放課後、彼女のクラスに行ったら、今度は彼女殴られ、気絶させられた。だったらと、今朝、彼女を待って、話をしたら、いつのまにか殴られ、気絶していたんだ。あれ? ダメだ。断片的にしか思い出せない」と、話し出す。
「っていうか、そんな子、どれだけ可愛くても止めときなよ」
あの坂下省吾が気になる女の子ということで、興味を持った聡美であったが、話を聞いて思わず心配してしまう。
「そうかな? 僕はそのくらい元気がある方がいいと思うよ。むしろ、気絶した後でももっと殴ってもらっていいくらいだ。起きた時に覚えてない傷がついている。最高だね。できることなら、両手両足を縛り、僕を動けない状況にしてから、気絶しそうになったら、思い切り水をぶっかけ続けてにたりと笑ってくれるような子なら、大歓迎だ。あ、心配しなくても、僕はそれで死ねるなら本望だという遺書はしたためてあるから」
「それで、省吾くんが告白した子って、どういう子なの?」
聡美は亮の発言を無視して、省吾に聞いた。
「残念ながら、俺は、彼女の魅力を端的に表す言葉を知らない。髪がきれいだとか、目鼻立ちが整っているだとか、パーツパーツを一つずつ説明しても、ただ美人だの、女神のようだのと説明しても、実際に会う彼女の魅力の方が勝っているから、陳腐な説明にしかならない。けれど、一つだけ、彼女の魅力を端的に表せるとしたら、彼女は三日月夜宵の生まれ変わりであるということだろうか」
「三日月夜宵って、省吾くんが好きな、アニメのヒロインの名前だっけ?」
「そうだ」
「どんな子だったっけ?」
省吾は大事にしているブロマイドを取り出し、二人に見せる。そこには、少しだけ古いデザインであるが、わかりやすい美少女が写っていた。
「省吾くん、こんな子、現実にいるわけないよ」
幼いころから何度も言われ続けた言葉に、省吾はうんざりしながら「いや、いたんだ。まぁ、厳密に言えば、彼女になれる可能性を多分に秘めた女の子がいたんだ」と、語りかける。
「それって、雰囲気がちょっとにてるとか、コスプレをしてたってことじゃないの?」
「いいや、彼女は三日月夜宵の生まれ変わりと言っても、差支えないほどの女の子だ」
「そこまで言うなら、僕も一度会ってみたいな」
省吾が実際の女の子にここまで熱を入れて話すのは珍しかった。モデルでもあり、カワイイの神様とまで形容される妹の伊織、性格が残念であるけれど、美貌だけはアイドル顔負けの生徒会長朝倉雫、引いてしまうほどの守銭奴であるけれど、エロリロリと呼ばれる生徒会会計担当紫陽菜、容姿に特別恵まれている人物と行動をよく共にしているけれど、省吾が取り乱すこと、彼女らを褒めることは見たことがなかった。だからこそ、そこまで省吾が入れ込む女の子がどんな人物であるのかと、吉本も興味を持つ。
「そうだな、早めに彼女を見て目を慣らしておくのは必要だな。今でさえ、彼女は美しいけれど、彼女はまだ原石でもある。実際に彼女が美の究極体になってしまったら、サングラス越しでも目を潰されてしまうだろうからな」
「で、省吾くんは私たちと話してる最中になにを書いているの?」
聡美は自分たちと会話しながらも、一切、手を止めずにやっている作業が気になった。
「ん? これか?」
省吾はようやく、手を止めて、ノートの中身を二人に見せた。そこには、事細かに数字がびっしりと書かれてある。
「なに、これ?」
「これは真尋ちゃんマイナス五キロ化計画のスケジュール表改訂版だな。今はどういう運動、どういう食事をとれば、どこが痩せるというのを理論づけているところだ」
「なんでそんなことしてるの?」
「彼女は三日月夜宵の生まれ変わりであるが、まだ三日月夜宵ではない。その原因は明確で、彼女の身体周りには、少し余計な脂肪が、お肉が付きすぎている。具体的な俺の見立てでは。彼女の体重は理想よりも五.二キロ重い。だからこそ、俺は彼女に無理なく痩せてもらおうとスケジュール表を作成しているんだ」
「それ、もしかして渡すの?」
「もちろんだ。今日の朝に、昨日完成させたものは手渡したんだが、彼女は納得してくれなくてな。けど、その理由もわかる。今、見直してみると不備も多く、曖昧なものも多い。一口にダイエットと言っても、ただ痩せればいいというわけでもない。どこを痩せるのか、筋肉をつけるのか、食事はどうすれば、運動はどうすれば。なおかつ、彼女にストレスを与えてはならず、彼女のためのスケジュールを立てなければいけない。たった一晩で作った、やっつけのようなものでは、愛が足りないと思われても仕方がないだろう」
省吾は一人、腕を組みながらうんうんと頷いている。
「それって、彼女に言ったりしたの?」
「言わなければ伝わらないだろ? 昨日の告白の後、彼女には希望を伝えたし、今日の朝も言葉にして伝えた」
「それは、気絶するまで殴られても仕方がないよ」
聡美は思わずため息を漏らす。
「どういうことだ?」
けれど、省吾はその意味を図りかねている。
「省吾くんの努力はすごいとは思うけど、もう少し、女心をわからないとだめだよ」
「なにを言う。俺ほど女心がわかっている男もいるまい。このクラスを見てみろ。水越は少し寝不足なのか肌の血色がいつもより悪い、高坂は二センチ髪を切って髪留めも変えている。吉野は昨日から部活を頑張りすぎたのか太ももが張っているし、沢井は朝ごはんを食べすぎたせいで昨日のこの時間より三百グラム体重が重い」
省吾は心外だと言わんばかりにクラスメートを見て、感じたことを素直に口にした。
「それに、桜川だって、下着が透けてるから上着を着た方がいいぞ」
「なんでそう、はっきり言うの! バカ! デリカシーなさすぎ!」
聡美は怒って、自分の席に帰っていく。
「事実を言ったまでなんだが」
「……すごいけど、それは女心じゃないよ」
亮も省吾の的外れな答えに首を振った。
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