第一章 白河真尋を痩せさせたい! 5

「どうしよう、どうしよう」

 真尋は頭を抱えながら、奇異の視線を避けるよう、足早に自分の教室へと向かっていく。

 入学式での出来事がすでに校内に広まっているのは想像していなかった。そして、先ほどの一見のせいで、省吾の告白した生徒が自分だと、多くの人物に知られてしまった。

 教室に向かう今も、自意識過剰ではなく、明らかに自分に視線が向けられている。注目されることは、いいものばかりでなく、真尋にとっては足取りの重かった教室の方が、まだましだと思った。

「おはようございます」

 逃げ込むように教室に入り、挨拶をしても、誰も返してはくれなかった。

 多感な少年少女にとって、大勢の前で告白されるというマンガのような展開を面白がらないはずがない。彼らは真尋に興味を示しながらも、自分からは関わろうとせず、ただただ強い好奇心だけを彼女に向けていた。

 居心地悪い空気に、真尋はこのクラスで一年間もやっていけるのか不安になり、元凶を恨みながら「はぁ~」と、席に着くと同時に思わず大きなため息を吐いてしまう。そんな彼女の元へ、先に登校していた伊織が「おはよう、白河さん」と、声をかけた。

 孤独を感じ始めていた真尋は「お、おはようございます」と、ややびくつきながら、伊織の方へ視線を向ける。

「そして、ごめんね、白河さん」と、伊織はすぐに頭を下げた。

「??? なにがですか?」

 けれど、真尋にとっては彼女から謝られる理由がわからない。

「あたしの兄が迷惑をかけたことを、身内として、謝らせてほしいの」

「兄?」

「ごめん、自己紹介が遅れたね。あたしは坂下伊織」

「坂下?」

 その言葉に、真尋の眉も思わずぴくついてしまうが、「ほんとはもっと早く謝らなくちゃいけなかったんだけど、ごめんなさい」と、頭を下げられては、「あ、あの、坂下さんが謝らなくていいですよ」と、恐縮してしまう。

「ほんとに?」

 伊織は頭を上げる。問題児である兄の代わりに小言を言われることも慣れているが、それでも、兄が悪く言われるのは気持ちのいいものではなかった。

「本当です。あの人にはワタクシも思うところはありますけど、坂下さんが謝る必要はまったくありません」

 省吾のせいで自分は迷惑を被っているとは思うが、だからといって、代わりに伊織に謝られる必要はまったくないことくらいわかっている。

 ましてや、伊織は読者モデルをしているので、クラスメートの注目は元々高い。そんな少女に話しかけられて、クラスの視線はさらに集中してしまっていた。

「……やっぱ、兄さんのことはあんまりよく思ってないよね」

 伊織はぼそりと呟く。

「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない」

 伊織はすぐに雑誌で見せるような笑顔に表情を戻す。

「そうだ、白河さん。これもなにかの縁だし、あたしのことは伊織ってよんでよ。ほら、名字だと同じ人が身近にいるしさ」

「いいんですか?」

「いいよ。その代わり、あたしも真尋って、呼ばせてね」

「はい!」

 高校生になって初めての友だち。暗く沈みかけていた真尋も、自然と口調が明るくなったのは当然だった。

「なら、よろしくね、真尋」

 伊織はにっこりと真尋の前に手を差し出す。

「はい、伊織さん」

 真尋も嬉しいのか、両手で握り返す。

「……やっぱカワイイなぁ」

 それは、伊織でさえ思わず口にしてしまうほど、魅力的な笑みだった。

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