第四章 愛が見えない
入学から二カ月が経った六月の中頃、毎日欠かさずトレーニングを行った成果がようやく真尋にも実感できるようになっていた。省吾につけるよう言われたグラフも右肩下がりになっており、初めは嫌だったこの作業も今では楽しみに思っている自分がいる。
数字として結果が出始めているのだから、その変化は周囲も気づくことになる。元々、省吾が褒めすぎる容姿なのだ。大きくではないが、少し印象が変わるだけでも校内の注目の的になっていた。
なにより、きちんとした食事をとった上で痩せているということが真尋にとってはなによりも嬉しいことだった。だからこそ、ご飯もおいしく食べられる。お腹いっぱいまで食べ過ぎるということはしないが、それでも、伊織と机を合わせて食べているお昼ご飯の量は彼女の倍はあった。それでも、雰囲気が変わったことにクラスメートは目を丸くしている。今では、二人の食事風景はちょっとしたグラビアにも劣らないぐらい見栄えしている。
きとんとごはんを食べて、きちんと痩せて、友だちもできた。
真尋にとっては嬉しいことばかりであるが、なにもかもが順風満帆というわけではない。
真尋のダイエットは女子にとって、羨望と共に嫉妬も生み出していた。
「男の目ばっか気にして、やな奴」
「ちょっと伊織ちゃんと仲良いからって、調子乗ってるよね」
「そこまでしてモテたいなんてバカみたいよね」
クラスメートであってもこれ見よがしに嫌みを言われることも少なくない。入学式から省吾のせいで注目されていたが、最近は特に目立っていた。別段、気にはしていないけれど、どこか居心地が悪いのはたしかだ。
「真尋、今日は一緒に帰る?」
「すみません、今日は生徒会のお手伝いをすることになっていますので」
クラスでの居場所はあまりない居場所であったが、高校生活は楽しいと感じていた。それは、伊織と、生徒会の存在がある。
「そうなんだ、じゃ、またね」
「はい。今度はご一緒しましょう」
今は非正規であり、省吾に要請されなければ手伝うことはないが、真尋はこのままこの輪に入っていきたいと思う。それは生徒会にやりがいがあるというよりも。
「あと二キロ。うん、いいペースだ」
真尋チェックシートなるものを見ながら、省吾の口角も思わず上がる。着実に成果が出ていることもそうだが、真尋が頑張ってくれていることがなによりも省吾を喜ばす。
「はい、ありがとうございます」
そして、省吾に褒められて嬉しい気持ちの真尋がいた。
「いやぁ、それにしても真尋ちゃんは日に日にまぶしくなってくるな。これは、太陽のせいじゃない。ほんとにキレイだ、大好きだよ」
「な、なにいってるんですか。ワ、ワタクシなんてそんな」
「だから、もっと自分に自信を持ちなよ」
省吾は今も謙遜を続ける真尋に苦笑しながら、「けど、真尋ちゃんがどんどん魅力的になっていくのに俺がこのままというのはいけないな。俺も真尋ちゃんにこうなって欲しいと伝えているから、真尋ちゃんも俺にこうなって欲しいというのがあれば言ってくれ。真尋ちゃんの望みなら俺はなんでも叶えてあげるよ」と言った。
「そ、そんな、いいです。先輩は別に、今のままでも、なんて、なんでもないです」
「そう? なら、また思いついたら言ってね。じゃ、今日はもう終わろうか」
そう言って、省吾はタオルを渡そうと真尋に近づく。
「あ、はい、ありがとうございます」と、真尋は素早くタオルを奪って省吾から距離を取る。
「どうしたの?」
「あの、先輩はそこにいて下さい。今、ちょっと汗かいてるので恥ずかしい、です」
あの日以降、真尋は今までまったく気にならなかったことが、気になるようになってしまう。
「そう? いい汗かいてて可愛いよ」
「………」
ポポポッと、真尋の顔は上気していく。
「ワタクシ、もうちょっと走ってきます!」
それだけ言って、真尋は疲れも忘れてもう一度ランニングコースに戻っていった。
「どうしたのかな? まだ走り足りなかったのかな?」
省吾は相手の気持ちの変化にはまったくついていけていなかった。
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