第二章 テストよりも大事な数字がそこにはある

 女子高生にとってはテストなんかよりもはるかに重要な身体測定当日の朝。

「どうしよう、どうしましょう」

 真尋は家を出てからもずっと同じ言葉を繰り返し呟いていた。

 昨日、伊織と別れた後、家に帰り着いたのは夕方五時だった。今日の夜ご飯は要らないと母親に伝えようとした時には、すでに夕食の準備を母親は始めていた。

「昨日は仕事でお祝いできなかったから、今日はちゃんとお祝いするからね」

 真尋が高校生になった記念だと、母親は腕によりをかけている。鼻歌交じりに台所で料理を作っている母に向かって、夜ご飯は要らないなんてことを真尋が言えるはずもない。

「わ~い、ありがとう!」

 母親の好意に感謝し、出されたおいしそうな料理も全部平らげる。お腹いっぱいになった幸福を感じながら、少しだけぽっこりしたお腹に後悔の念も生まれる。

 だからなのか、いつもより長めのお風呂に入り、汗を流してから床につく。

 さすがに朝ごはんの量はいつもより減らした。ヨーグルトにトーストとサラダ。飲み物は野菜ジュースをコップ二杯。それが、しっかりと朝ごはんを食べているという感覚は真尋にはない。そして、朝ごはんを食べないという考えは出ない。そんなことをしたならば午前中に倒れることは必至。より恥ずかしい事態を避けるためには食べなければいけなかった。

 それでも、いざ、身体測定を迎えるとなると、不安がないわけではない。自分は今日のために、ベストを尽くしてはいない。それが、わかっているからこそ、今さら過ぎる後悔をしながら登校していた。

「おはよう、ベイビー。今日はちょっと顔色が優れないけど、大丈夫かい?」

 そのせいか、昨日と同じ場所で省吾に声をかけられても真尋は気づかない。それほどに、今さらどうしようもないことに対して、深く考え込んでいた。

 あまりにも自分の世界に入り込んでいるため、さすがの省吾もそれ以上声をかけることはなかった。心配ごとがあるならば、自分に相談してもらいたいものだが、無理やりに聞き出すのは得策でない。今日のところは、朝から真尋の姿を拝見できただけで良しとした。

 真尋の後ろ姿を、省吾が腕を組みながら見送っていると、どこから出てきたのか、聡美がカメラ片手に「ねぇねぇ、省吾くん。今の子が噂のあと一歩少女?」と、聞いてくると同時に、「僕も見たよ」と、反対側からは好奇心丸出しの亮に声を掛けられる。

「ねぇねぇ、どうなの?」

「教えてよ、坂下くん」

 興味津々な表情で聞いてくる聡美を見ながら、なるほど、たしかに朝からやんややんや声をかけられると、鬱陶しく思う時もあるなと、省吾は先ほどの自分の行動が正しかったことを確認した。

「でも、今、無視されてたよね。もしかして、脈なしだったりするの?」

「そんなことはない。俺はまだ見ぬ彼女のために己を研鑽し、準備してきた。まだ彼女の理想に俺が届いていないとしても、俺はすぐにその理想を超えてやるから、彼女と結ばれない理由はない」

「それは、すごい自信だね。でも、本物の新聞沙汰は止めてよ。問題はせめて、学校新聞でおもしろおかしくかける範囲でお願いね」

「ふん、俺たちのことを書いてしまったら、どんなラブストーリーよりも壮大で濃密でアダルトなものになるだろう」

「ふふふっ、期待してるよ。で、彼女なんだけど、省吾くんが言うように、痩せる必要あるの? 今でも十分かわいくない?」

 聡美は真尋の姿を思い出すしながら聞いた。

「そうだね。可愛らしい子だった」と、亮も聡美の発言に同意する。

「彼女は決してぽっちゃりとか、そういう表現で表される体躯はしていない。でもだ。俺の理想の女性になるにはあと五キロ。いや、今日の姿を見るに、あと、五キロと七百グラム痩せてもらう必要がある」

 しかし、省吾は自分の理想を彼女に見ていた。それに対し、「なに言ってるんだよ」と、亮が珍しく声を荒げる。

「女の子は女の子というだけでカワイイ生き物なんだよ。女の子っていうだけで、小さかろうが、大きかろうが、手のひらサイズだろうが、胸にだって価値が出るし、女の子の悩みってだけで、その言葉はとたんにインモラルな響きを持つ。もちろん理想も必要だけど、女の子は女の子ってだけで尊重しないといけないよ。まぁ、僕の理想を強いて言うなら、やっぱり強気な人がいいね。そうなると、僕よりも身長は高くて、脚も長い方がいい。とりわけ、僕が注目するのはくるぶしだね。ヒールで踏まれるのも刺激があっていいけど、やっぱり素足で踏まれるのが一番いい。僕が仰向けに寝ながら、裸足の彼女に顔を思いっきり踏みつけられるんだ。なんだったら、僕の顔に全体重をかけたっていいっていうか、そのくらいして下さいって感じだね。僕は痛い痛いって悶えながら、目の端に映る彼女の綺麗なくるぶしを見て生きててよかったって実感するはずだよ。あっ、もちろん、どんな女の子でも僕はどんとこいさ。くるぶしがわからないくらい、肉付きのいい女性も好きだし、骨ばっているくるぶしもいい」

 始業のチャイムが鳴り終わるまで、亮の独白は続いたが、聞いても得のない話に省吾と聡美はさっさと教室へと向かって行った。もちろん、力説する亮の周囲を避けるように生徒たちが登校していったのは言うまでもない。

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