第一章 白河真尋を痩せさせたい! 7

「どうしました?」

「いや、なんでも、ない」

 真尋がよく行くというファミリーレストランに入り、出身中学はどこかや、趣味はなんだのといった他愛ない話に終始していたが、注文した料理が運ばれてくると、伊織は思わず閉口してしまった。

 たしかに、真尋の姿を見るなり、ウエイトレスは厨房へと向かっていった。席に通されると、真尋はいつものとだけ伝えていた。

「では、いただきましょう」

 真尋は嬉しそうにテーブルに運ばれてきた料理に手を付け始める。

 ナイフにフォーク、スプーン、お箸と料理に合わせて食器を使い分けていく。ファミレスの大味な料理にも優雅に、おいしそうに食べている。ただ、伊織が口をつぐんだのは、その量にあった。

 日替わりランチにサラダ、ソーセージとポテトのセット。コーンクリームスープとカルボナーラが並び、全部を食べ終わろうかというところで、マルゲリータピザとチキンステーキがテーブルの上に追加される。

「………」

 伊織は食べる手を止め、真尋の姿を見ていた。

「どうしました?」

 さすがに、見つめられては、真尋も気になってしまう。

「いや、真尋って見かけのわりによく食べるんだね」

 伊織は感心していた。単純に、いっぱい食べられる人をすごいと尊敬したのだが、真尋はそう感じなかった。

「えっ、そうですか? このくらい頂きませんか?」

 真尋は恥ずかしそうに俯いた。高校生になって、少しだけ舞い上がっていたのか、普段は誘わない場所に伊織を連れてきたことを後悔し始める。

「そ、そうだね。あたしもお腹が空いてたらそのくらい食べるかな」

 伊織は真尋の言葉にうんうんと同意し、自分の食事を再開させ、真尋も「そうですよね」と、自分を納得させる。

「けど、いつもこのくらい食べるの?」

「そうですね」

 それでも、気になるのか、会話の中心は真尋の食事の量へとかわる。

「朝とかは、どのくらい食べるの?」

 省吾は痩せろと言うが、真尋は見た目的にも、数字的にも痩せなければいけないほどではない。アニメのキャラクターは総じて、男の子の理想、願望が混じったものなので、現実的にはおかしな数字になっているだけなので、この量を常に食べての今のスタイルならばすごいと感心する。

「朝ですか? ワタクシ、朝は洋食が多いですね。今日はトースト二枚とスクランブルエッグにサラダとヨーグルトと牛乳ですね」

「やっぱり、しっかり食べるんだね」

「はい。朝食は一日を元気に過ごすため、非常に重要な役割を担っています。だからこそ、ちゃんと時間をとって頂いてます」

 それでいて、昼ご飯にこの量。夜ご飯の内容は怖くて聞く気になれなかった。

「もしかして、変ですか?」

 相手の反応に、真尋は、自分が人とは違うのではないかと、再度、不安になるが、伊織は「そんなことないよ。健康的でいいと思うよ」と、笑顔で返す。

「そうですよね。おいしいものを頂いている時が、一番の幸せな時間ですよね」

「そうだね。私もおいしいごはんを食べるのは好き」と、真尋も肯定するが、テーブルの上に並べられた料理を見て「でも、明日、身体測定なのに、すごい勇気だね。あたしじゃ、ちょっと無理だよ」と、思わず苦笑する。

「………」

 その瞬間、真尋の口が閉じる。急に表情も真っ青になってしまい、伊織は嫌な予感がした。

「明日、身体測定? 明日、身体測定? 明日?」

 ぶつぶつと同じ単語を呟く真尋に、伊織は「う、うん。スケジュール表に書いてあったよね?」と、自分のカバンの中から一枚のプリントを取り出す。そこには、入学式、オリエンテーション、一年生課題考査、新入生歓迎キャンプという予定に挟まれながらも、しっかりと身体測定という文字が真尋の眼に飛び込んでくる。

「どうしましょう。……忘れてました」

 ポツリと呟く真尋に、伊織もなんと声をかけていいのかわからない。

「………」

「………」

「………」

 無言でいる間にも、テーブルの上には、デザートとして、チョコレートケーキとアイスクリーム、イチゴパフェといったものが運ばれてくる。ウエイトレスはいつもと違う、沈んだ表情の真尋に怪訝な顔をしながらも、料理はきちんとテーブルの上に置いていく。

 あつあつの料理は冷めていく。冷たい料理は溶けていく。真尋はテーブルの上を憎々しげに睨む。そこまで、思うところがあるのであれば、別に、食べなくてもいいような気がするが、出された料理を残すのは彼女の美徳的に許されないのだろう。

 普段であれば、事もなげに食べきれる量であるが、メニューに記載されるカロリーを思い出しては、手が進まない。

「あの」

 真尋はとても申し訳なさそうに、瞳を潤ませながら、伊織を見つめ、「伊織さんも少しだけ食べてもらえませんか?」と、懇願してくる。

「……わかったよ」

 自分も明日を考えれば、食事の量は減らしたいところだが、今にも泣きそうな真尋を見るに、断ることなんてできない。

「すみません」

 一言謝ってから、真尋は食事を再開させ、きちんと出された料理は平らげた。

 帰り路では少し早歩きになり、駅に到着すると、エスカレーターでなく、階段を使用したのはささやかな抵抗だろうか。

 大食漢で、少しおっちょこちょい。真尋の意外な一面を伊織は見た気がした。

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