第57話 古典的な罠は最強!


「四家共の血肉を俺に食わせろ」


 そう言葉を発した瞬間、文才は疑問を口にし、顎を擦っていただけだったが、他の当主達はそうでは無かった。


 今まで静観し続け、ただ様子を見ていただけだと言うのに、一刀が発した言葉に全員が反応し、有無を言わさず襲い掛かったのだ。


 それは艶魅も同じであり、眞銀の許可を得ることなく身体に入り込むと、言霊を使い一刀の動きを縛った。


「異形のモノに取り付かれているやもしれぬぞ!」


 初めて聞く必死な艶魅の声。

 鬼気迫った声とはこんな感じなのだろうなと思いながら、俺は襲い掛かる当主共の攻撃を捌く。


 人のみを切り裂く無数の紙が襲い来るが、今の俺の身体を傷付けることは叶わず、思い切り手を振るうだけで紙は吹き飛ばされる。

 可麗奈の能力に紛れ、天城の細く黒い糸が俺の身を縛り上げるが、力を込めるだけで千切れる。


 数日前は脅威であるだろうと判断して能力であったが、今の俺にはもう脅威でもなんでもなかった。


 相性の問題もあるのだろうが、もはやこの女達では俺を止められはしないだろう。

 そして艶魅の言霊でも俺を縛ることはできない。


「な、なぜじゃ!? 『動くな!』 『動くでない!』 なぜじゃっ! なぜ動けるのじゃ!?」


 艶魅の能力に対して抗体ができた・・・と言う訳ではない。

 ちゃんと艶魅の能力は効いている。

 ただ効いているのは、能力を使われた瞬間の俺に対して出会って、新しくなった俺にではない。


 俺の能力は不死

 それも死ねば身体がもっとも正常な状態に戻るようになっている。

 故に身体が動かないと言う異常な状態で死ねば、身体が動かせる正常な状態へと作り替えられるわけだ。


 そして今の俺は秒数を数えるよりも早く死んでいる。

 おかげで一時的に身体が動かなくなる違和感はあれども、その程度と言う訳だ。


(思ったよりも雑魚いな・・・一匹くらい殺しておくか?)


 今の自分を抑えられる者はいないのではないか? そう思いお試しとばかりに、他当主達に視線を向けた。

 少しばかり殺意を込めて。


「ゥッ!? 針紙!」


「舞影!」


 殺気に当てられてか可麗奈と天城が面白い技を見せてくる。

 ただ紙吹雪の様に舞うだけであった紙切れが針のように鋭く尖り、真っ黒な影のような糸はその針のような紙の周りを踊る様に俺へと近づいて来た。


「「縛っ!!」」


 その掛け声とともに、数百と浮かんでいた針紙は一斉に俺の身体を突き刺さり、影の糸が絡みついてくる。


 何だろうな。

 サボテンになった気分だぜ。


 だが、そんな面白い体験もすぐに終わる。

 やはり今の俺には、その程度の攻撃は効かないようだ。


 紙の針の先端が、俺の身体に刺さるが、すぐに傷口は癒され、ポロリと落ちる。

 どれほど力を加えられても癒された肉体が、異物の針を外に押し出すように。


 そして影の糸も、何十本と身体に巻き疲れた所で俺を止めることはできなかった。

 と言うこの影糸は・・・・


「なるほど、流石楓の母親だな。似た能力の持ち主ではあるが、ちゃんと考えて使っている」


 大半が幻覚であった。

 影糸の中には細くて頑丈なワイヤーがちらほらと混ざり、そのワイヤーを辿れば天城が指先で操っていることがわかった。

 本物と幻覚を混ぜることで、本物を幻覚で隠し、幻覚を本物のように誤認させているのだろう。

 勿論幻覚で攻撃しても痛みなど覚えないが、一度、そう一度だけ本物で痛みを味合わせれば、人は痛みと言う恐怖に恐れ、思い込みだけで幻覚の攻撃を本物と誤認し身体が傷つくのだ。

 なんとも幻覚の使い方がうまいものだな。


(痛みへの恐怖。前まではそれがまだ残っていたのだな)


 パシッと幻覚に隠されていたワイヤーを掴み力任せに引っ張り、天城を引き寄せた。

 ゴキゴキと天城の指から骨の折れる音が聞こえたがどうでもいいだろう。

 今天城は死ぬのだから。


「ママッ!!」


 引き寄せられた天城の顔面目掛けて俺は拳を振るう。

 楓の目の前で、実の娘の目の前で母親の死を見せたら、楓はもっと強くなるのだろうか? 他の者達ももっと強くなり、俺を殺しに来てくれるのだろうか?

 そうなればとてもいいな。

 そうなればいいなと期待しながら拳を振るった。


「妻に手を出すな!」


「・・・俺の力を受け止められるか」


 振るった拳は音もなく間に入った重善に防がれた。

 しかも先程まで握っていたワイヤーまで切られている。


「娘も返せや!」


 影宮家の当主は随分と家族思いのようだな。

 影に生きる忍びってのはもっとドライな家族関係だと思っていたのだが、そうではないようで、結構甘ちょろい思考の持ち主なのかもしれん。


(影に潜み生きる人間・・・ってタイプじゃねぇな)


 ドスドスと俺の腹を殴りつけてくる重善。

 純粋な身体能力だけなら、そこらのアスリートなど比べ物にならないほどだ。

 重善の能力は身体能力強化とかそう言う能力なのか? と考察しながら、重善の腹を殴り返した。


「グッ!?」


 俺の拳を受け止められるのだから、相当身体能力が高いのだろうと思ったが、なぜか俺の一撃に耐えられず、吹っ飛んだ。

 いや、厳密には天城が重善の身体を糸で引っ張りながら後方に逃げた感じだな。

 ついでに言うと、楓にも糸を巻き付け攫っていったか。


「抜け目ねぇな」


「よくいう。ワザと見逃したのであろう?」


「まぁな。流石にせっかく手に入れた手駒を一度も使わずに壊すのは勿体なくてよ。それに楓が傍にいない方が、テメェも本気が出せるだろ?」


「いてもいなくとも変わらぬわい」


 腰にぶら下げていた刀からチッと小さな音が聞えてくると同時に、全身から痛みが走った。


 斬られている。

 全身が何千何万の刃に切り刻まれている。

 その痛みを感じる。


 されどこの身を破壊し尽くすほどではない。


 何千何万回と斬られようとも、血が噴き出す前に肉や骨は瞬時に再生していく。

 コイツの能力で俺を殺すことはできても、止めることはできん。


「ほぉ、これは・・・素晴らしい」


「そうかよっ!」


 斬られながら一刀は文才に拳を振るう。

 枯れ木と称してよい文才に対して、人として限界を超えた力を振るう一刀。

 どうなるかなど説明するまでもなく、文才は吹っ飛んだ。


「「「文才(様)!!」」」


 まるで暴走トラックに跳ねられたかのように、吹き飛ばされ壁に叩きつけられる文才だが、皆が心配するような怪我を負うことはなかった。


「チッ、力が受け流されたか。刀だけではなく柔術も使えるのかよ」


 殴った手ごたえが無かった。

 まるで鳥の羽を殴っているような、そんな感じだった。


 そんな風に不満を抱いていると、文才はゆっくりと立ち上がり、恍惚な笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。


「そうか・・ようやく・・・ようやく・・・できあがったのだな」


 長年待ち焦がれた存在が、望み続けた存在が今現れたと言いたげな笑み。


 心の底から思うぜ。

 気持ち悪いってよ。


「・・・・気持ちわりぃ野郎だぜ。しかし、本来はテメェ等の血肉を食らって、テメェ等の能力を得られるか実験してから殺してやろうと思ったのだが、その必要性もなさそうだな」


 一刀が文才達四家の血肉を求めたのは、己の能力を使い、四家の能力を奪おうとしていた。


 一刀の能力は不死。

 要約すると死なない身体である。


 更に言うならば一刀の不死の能力は、死した後、最高のパフォーマンスが振るえる状態に強制的に身体を作り替えられる。

 それも、猛毒で苦しみ死んだのであれば僅かに作られた抗体を得た身体に再生されるのだ。


 と言うことはだ。

 もしかしたら人ならざる能力を持つ四家の血肉を食らえば、その何かに己の身体が適応するのではないかと考えた。

 そして適応できればコイツ等が持つ特殊能力が全て得られるのではないかと・・・。


 だがそれは止めだ。


 こいつ等の力を見させてもらったが、今の俺以上に強い奴はいない。

 今の俺はここにいる誰よりも強く、俺の能力は最強であることを理解した。


「予定が狂ったがもういいだろ。今ここで死ねクソ野郎」


 もはや俺を止められる者はいない。

 手の届かぬ最強と思えた文才の能力の前でも、俺を止められはしない。

 ならば今殺そう。


 長年望み、長年待ち焦がれた目の前にいるクソ野郎の死を叶えるために、俺は何も考えず文才に襲い掛かった。


「よくぞ。よくぞ強き能力を得た。よくやったぞ・・・・」


 相も変わらず全身を斬られる痛みを覚えながらも俺は文才を殴り続ける。

 まるで異形の王の胃袋の中にいる時のように、全身が壊される感覚の中で攻めて、攻めて、攻め続けた。

 目の前の敵が殴り潰されて消え、その時までずっと拳を振るい続ける


「・・・・だが、まだまだお前には先がある」


 ドガンッ!!


 そのつもりであったのだが、俺の拳は突然その身を吹き飛ばすほどの衝撃でもって中断させられることとなった。


「て、てめぇ等! またっ!!」


 吹き飛ばされながら一刀が見たモノは、家の外からドデカイライフル銃を構える豊饒家の当主達の姿だった。


「尋常ならざる再生力を得ようとも、人知を超えた怪力を得ようとも、絶え間なく生と死の狭間を行き来していては隙が生まれると言うもの。まずはその力を扱えるようになるがよい」


 吹き飛ばされた俺の頭上に文才と重善が現れた。

 文才は刀を鞘に納めたまま、そして重善は両手を振り上げている。

 そして両者の攻撃は俺を殺すというより、地面に叩きつけることを目的とした打撃を繰り出してきた。


 その攻撃を捌こうと俺は動こうとするも


「「縛!」」


「『動くな!』」


 艶魅達に邪魔され、一瞬動きが遅れた。

 その一瞬が、勝敗の分け目となり、文才と重善の攻撃を受け流すことができず、防ぐことしかできなかった。


「・・・・古典的だが効果があるな」


 いつの間にか全ての床がパカリと開き、大きな落とし穴ができあがっていた。

 これは幻覚・・と言う訳ではなさそうだ。

 襲い掛かっている当主達以外全員が、壁や天井に避難しているのだから。


「流石に空は飛べねぇな」


 どんなに身体能力が強化されようとも、不死身の身体を得ようとも、重力に抗えるほどではない。


「しばし己の力と向き合え。さすれば儂等が望む力をお前は得られるやもしれぬ」


 相変わらず上から目線で、いや、俺を物のような目で見つめて命じてくるクソ野郎にむかっ腹が立つな。

 などと思いながら俺は重力に逆らうことができずにそのまま落下していった。



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