第50話 白熊着ぐるみの子は知っている


「ビクビクビクビクッ」


「おいおい、何だこのガキは」


 真っ白な壁に、植物が張り巡らされた緑の天井。

 そんな部屋の中で白熊着ぐるみを着た幼い女の子がびくびくと怯えており、そんな怯える女の子を見かねて艶魅は駆け寄ると、よしよしと慰め始めた。


「これ一刀! 咲を怖がらせるでないわ! こん子は争いごとに慣れておらぬのじゃぞ!」


「知るかバカ。つかコイツが来縁 咲かよ。はぁ~、こんなガキを抱かせようとするとかマジで腐った連中だな。人をロリコンか何かと勘違いしてんじゃねぇのか?」


「のじゃ? なにを言っておる? 妾が生前の頃はこれくらいの年で結婚し子を産むのは普通であったぞ。眞銀達の年齢では気持ち遅いくらいじゃよ」


「価値観バグってる悪霊は黙ってろ」


 いったいいつの時代の考え方かは知らんが、十代前半のガキが結婚し子を産むとか頭がおかしすぎるだろ。


「それよかガキ。テメェが俺をここに連れて来たのか?」


「そ、そ、そうよ! なにか文句ある!」


「あ゛?」


「ひぃ!?」


「一刀! いちいち睨むなでないわ!」


 クソ生意気な反応が返ってきたので、少しガンを飛ばせば、怯えたように目に涙を溜めている。

 メンドクセェタイプのガキぽいな。


「生意気なガキは見てると潰したくなるんだよ。わかったら俺をイラつかせないように注意しながら話せ「いじめっ子制裁パンチ!!」・・・・・・邪魔すんなよ。艶魅」


「うっさいわ! 主より年下の、それもこんなにかわゆい童をイジメる一刀が悪いのじゃ! もうちっと優しくせぬか!」


「来縁家のモンだろ。敵である以上優しくなんざできるかよ」


「うがぁー! 一刀は心が狭すぎるのじゃ! ただ生まれが来縁家であるだけであろう! そんな子にまで怨みをぶつけるでないわ! この阿呆!」


「知るかボケ。俺の身体切り刻んで遊んでたのはこのガキだろうがよ。だったら落とし前を付けるのが当然だ」


 ガキだからって人様の身体をいじくりまわしていいわけじゃねぇ。

 死なない身体だろうが、傷を負っても言える身体だろうが、俺の身体は俺のモノだ。

 その俺のモノで遊んでいるなら、その分のお礼をしないとな。


「のじゃ? 咲はそんなことしとらんぞ。咲は一刀の事を守っておったのじゃぞ? ちょこまか動きながら必死に看病もしておったぞ?」


「守る?・・・・誰が? 誰を?」


「咲が! 一刀をじゃよ!」


「・・・・はっ!」


「鼻で笑うななのじゃ!」


 まるで意味がわからん。

 なにから俺を守ったのか、何故にこのガキが俺を守ろうとしたのかわからん。

 会ったこともないこんなガキが。


「嘘じゃないのじゃぞ! 妾がずっと見ておったからの! 現に咲は一刀がここにおることを誰にも言わずに匿ってくれているのじゃ! 楓になどにバレたら今頃お主は いやんいやん! な目に合っておったのじゃ!・・・・・ぬ? そっちの方が一刀てきには役得だったかのぉ?」


「なに低能なこと言ってんだお前は」


 全く持って意味のわからない言動を吐く艶魅である。

 まぁ、コイツが可笑しな言動を吐くのはいつもの事か。

 ホントコイツは悲しい奴だよな。

 バカは死んでも治らないと言うが、頭残念なのも治らないようだ。


「な、なんじゃ! その目は! なんか失礼なこと考えておるじゃろ!! 言っておくがの! お主は本当に危なかったのじゃぞ! 咲が匿ってくれなければ、今頃楓と強制的に子作りに励んでいたのじゃ! ずっこん、ばっこん、あひ~! な目にあっていたのじゃ!」


「アホ抜かせ。無乳のガキと励む訳ねぇだろ。つか影宮の女は俺に抱かれたいなんざ思ってねぇだろ。ホラ吹くのも大概にしやがれ」


「う、うそじゃないわ!」


 二人の話に割って入る様に、咲は力強く否定する。

 艶魅を盾にするように、背に隠れながら。


「わ、わたしが助けたんだからね! とっても頑張って助けたんだからね! 楓さんがエロエロな方に可笑しくなっちゃったから助けてあげたんだからね!」


「そうじゃそうじゃ! 咲はエロエロ楓から一刀を助けたのじゃぞ! あれじゃ! あれ!・・・・ええと・・・さ、さきょうばし? そう! サキョウバシになったエロエロ楓から守ったのじゃぞ!!」


 恐らくサキュバスと言いたいのだろうなと思いながらも、流石に二人の言葉は信じられなかった。


 だってよ。

 あの楓だぜ?

 俺の事を敵視しているあの楓だぜ?


 確かに頭にバカが付くほど真面目そうな楓であり、お家のためだとか抜かしていそうだが、それでも少し下卑た視線を向けただけで腰を抜かすあの女が、自ら俺と関係を持ちたいと動くとは思えねぇわけよ。

 偏った性知識しか持ってなさそうだしよ。


「そ、それに貴方のためにお部屋をいっぱい寒くしてあげたんだからね!」


「何が寒いだ。普通に暑いだろうが」


「・・・・いや、一刀や。恐らくこの部屋相当寒いはずじゃぞ。咲と一刀の口から白い息が出ておるし、一刀の身体から熱気のような湯気がでておるもの」


「・・・あん?」


 艶魅に言われて己の身体を注意深く見てみれば確かに身体から熱気を放っているのがわかった。

 というかマジで口から真っ白な息が吐きだされている。

 どうやら相当この部屋は寒いようだ。


 とはいえ、全く寒くない。

 逆に暑いくらいだ。

 まるで猛毒を飲んだ時のように高熱が続いている。


「あ、貴方の身体は熱暴走してるみたいに熱くなってるんだから! た、多分だけど、あの恐い異形の王に食べられている最中に能力が急激に成長したん・・だよね? そして急激に成長した能力が今の貴方に扱いきれなくて、制御できなくて、全身凄い熱くなってるのよ! おでこで測ってみたら44度ってでたのよ! 絶対お腹の中とか心臓とかもっと高熱になっているはずよ! 物凄くアチチッになっていて大変なはずなのよ!」


「ほ~ん」


「それに心臓の鼓動を聞いてみたら凄いの早いのよ! バイクのエンジン音みたいにドドドドドドドッ! って凄い早いのよ!」


 なるほど。

 だからこんなにも全身が熱いのか・・・。


 理解したぜ。

 なぜ今もただ立っているだけだと言うのに、この身体が生と死を繰り返しているのかも理解したぜ。


 心臓の速度、体温の高さ。

 恐らく今の俺の身体は人外じみた力を維持するために活動し続けているのだろう。

 そしてそのせいで、筋肉やら血管やら内臓やらが勝手に破裂し、死んでは生き返っているのだろう。


 更に言えば無性に飢えと渇きを覚えるのは、一秒間に消費するエネルギーが多いせいなのだろうな。

 幸い死に続けることで、肉体は万全な状態を維持できているが・・・流石に飢えと渇きに苦しみ続ける事には慣れてねぇから、ちとキツイな。


(力を得た代償ってやつか・・)


 どうして俺の能力はこうも融通のきかないモノなのか。

 代償失くして好き勝手に使えればいいのによぉ。


「だ、だからいっぱいいっぱい冷やして、いっぱいいっぱい身体にいいお香を焚いて、いっぱいいっぴゃいぐ!?・・・・うぇぇぇ、ひたい」


「のじゃ!? だ、大丈夫かや咲!? 舌噛んだんじゃね。ほれ見せてごらんね。あ~んじゃよ。あ~~ん」


「あ~~~~~」


 気の抜けるやり取りを始める二人。

 いい加減そう言う空気を出すのを止めろ。

 こっちまで気が抜けるだろうが。


「まぁ俺の身体のことはどうでもいい。それより俺があのバケモノ共と殺し合っていたことを盗み見る程度の俺の事を調べているなら、俺がお前等四家に属する者に、殺意を抱いているのを知っているはずだ。なのに何故俺を助けた? 別に放っておいても死にはしない不死身の俺をなぜここまで連れて来た? ホントは実験のために連れて来たんだろ?」


「わ、わたしは貴方で実験なんてしないわ! 確かにあなたの再生能力は凄いと思うけど、そんなのわたしの植物達に比べたらどうってことないんだから!」


「・・いちいち話がそれるな。誰も植物の話なんざしてねぇだろ」


「咲の能力は植物を使って己の声を届けたり、お話しできるファンタジーな能力なのじゃ! あのオールド・ディボニーのアニメヒロイン達みたいに木々やお花とお話しできるのじゃよ! のぉ! すごくない! すごくない!! リアルディボニーヒロインがここにおるのじゃよ!」


「騒ぐな鬱陶しい」


 お前がこういう雰囲気になるのを望んで、自らピエロを演じているのはわかっているが、いちいち話がそれるのは面倒なんだよ。


「あなたほどの再生力はないけど植物達だって負けてないのよ! アスファルトを突き破ったり、僅かな水しかない砂漠地帯でも育ったり、極寒の地でも種類によっては生き抜いたりできるんだからね!」


「そうじゃそうじゃ植物は凄いのじゃ! そしてこん子も凄いのじゃよ! 森のどこにあま~い果実がなっているとかわかって、こん子はいつもご相伴に預かっておるのじゃ! 植物とはいえ言葉を交わせる者達を食べるなど普通は嫌がるものじゃろうが、こん子はそんなの関係なしにうまいうまいと食べる豪胆な子なのじゃよ! シャクシャクと食べるたびにうぎゃぁぁぁっ! って植物達の声を聞きながらも食べちゃうすんごい食いしん坊な子なのじゃ!」


「く、食いしん坊なんかじゃないわ! わたしは食いしん坊なんかじゃないわっ!!」


「おぉ! それはあれじゃな! あれっ! 大事なことは二回言う感じのあれじゃな! 鉄板ネタと言うやろじゃろ!」


 ホント話が進まねぇ。

 艶魅がいるとホント話が進まねぇ・・・ので


ゲシッ!


「いったいのじゃぁっ!? なして蹴った! なして蹴ったのじゃ!」


ゲシゲシゲシゲシッ!


「いたいいたい!? 絶妙な力加減で蹴るのをやめぬか! ホントに痛いのじゃよ!」


「おい来縁家の娘。さっさとここから俺を出せ。助けられたとは思っちゃいねぇが、艶魅の野郎がここまでふざけられるってことは、本気で俺の身体で遊んだわけじゃねぇんだろ。だから今回だけは見逃してやる」


「う~わ、でたでた。そういう上から目線の言動は止めた方がいいのじゃよ。それとも俺様系を目指しておるのかや? ならば今すぐ壁どぉんをやるのじゃ。そして耳元で女児があふんっ! いやん! ばっかん! となるようなムネドキの甘い言葉をささやきあぁぁぁぁぁぁ――――――――――」


 これ以上茶々を入られても面倒以外の何ものでもないので、艶魅の顔面を掴み思い切りぶん投げた。

 霊体のおかげで壁や土に激突することなく吹っ飛んでいった。


「こ、ここを出てどちらでもいいから真っ直ぐ通路を進めば、そのうち緑色の扉があるわ。そこが出入り口よ」


「おう、話しが早いじゃねぇか」


 素直なのは美徳だぜ。

 だからってコイツが好ましくは思えないが。


「け、けど、ここを出たら貴方大変なのよ。楓さんが本気で貴方と・・・貴方と・・・えっと・・・え・・・えちぃことしようとしてるのよ」


「わかったわかった。その話はわかったっての」


 咲の心配をよそに一刀はくだらないと言い張る様に吐き捨てる。

 一刀からすれば楓と、というより、神月家と四家に属する者とそういう関係になる気などさらさらなく。

 もしも関係を持つことになった場合、その者を生かすつもりなど無い。

 孕んだとしても産ませる前に殺すつもりであるのだから。


「あ、あと! これ!」


「あん?」


 咲は緑色のカードを白熊着ぐるみの中から取り出し渡してくる。


「これ、ここのカードキー。わたしと話したいときや会いたいときに使って」


「・・ぷっ、だははははっ! 何言ってんだお前。俺がお前に会いたいなんて願った時は、お前を殺すときだぜ?」


「ううん、そうはならないと思うわ。だって・・・」


 パサリと一刀の肩の上に天井に張り巡らされた植物の一部が落ち、その植物から咲の声が聞こえてくるのだった。


「――――――――――――」


「!?・・・・・・」


 そして、その植物から発せられた咲の言葉に一刀は目を見開くこととなった。



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