第47話 非常識が常識であること


 時間の感覚などとうになく、ただ一刀は拳を振るい続けた。

 何かを殴っている感覚などあまりなく、激痛ばかりがこの身に刻まれる。

 だがそれでも狂わずにいられるのは、己が何をするべきなのか、何をしたいのか決意しているからだろう。


 復讐と言う想いが強く心にこびりついているからだろう。


 故に一刀は狂わずにいられた。

 怒りと憎悪のおかげで狂わずにいられ、心折れることなく力を求め続けることができた。

 そしてその結果、一刀が望んだとおりの力を手にする事ができたのだった。


 全身を溶かし続ける痛みは無くなることはないが、命が消える苦しさが消えることはないが、溶けて消えた瞬間に肉体が、万全な状態へと一瞬で再生される。


 今ならばマグマの中であっても死ぬことなく生き続けることができるだろう。


 一刀が望んだとおり異常なまでの再生能力を手に入れることができた。


 今まで名ばかりであった不死としての能力ではなく、本物の不死の力を手に入れたおかげで、一刀はどれだけ肉体が破壊される激痛のなかであっても死ぬことなく動くことが可能になった。


 だがそれだけでは異形の王の胃袋を破壊することはできない。

 それはそうだろう。

 いかに再生能力が高くなろうとも、普通の人の力だけで破壊できるわけもない。

 どれだけ鍛え上げようとも、人の拳で破壊できる物には限界があるのだから。



 ただそれは


「ア・・・ア・・・ガッ!」


ベキブチブチッ!!


 普通の人であった場合の話である。


 もしも意志ある人が不死になったとき、どんな恩恵を授かるのだろうか?


 傷がすぐに癒える?

 病で死ぬことがない?

 どんな環境であっても適応し死なずに生きていられる?


 色々な意見があるだろうが、私の場合はこう考える。


 不死になると今まで抱いていた生物としての常識が覆るきっかけになると。


 死に過ぎれば人は死を恐怖とは思わなくなる。

 痛みをいくら感じようとも、死という終わりが訪れない事を経験し続ければ、常識は変わり、人は己の身体を労わることをしなくなるだろう。


 怪我を負うことは死に直結せず。

 死と言う概念すらも、その者にとってはただ現象でしかなく、死が終わりではないと経験し理解してしまった。

 すると、脳はそれが正常と錯覚し、錯覚してしまった脳はどういう答えを出すのか。


 答えは脳のリミッターが外れるだ。

 いや、リミッターが外れると言うより、許容範囲が広くなると言った方が適切だろう。


 指が潰れようが、腕が千切れようが、骨が砕けようが、その状態を正常と脳が思ってしまうだけだ。


 故に殴りつける拳が砕けようとも脳は力を制限することはない。

 殴りつける拳が潰れて原形が無くなろうとも脳は制限しない。

 壊れることが常識であり、日常であり、どれだけ身体が壊れても命の危機が訪れないと認識している為、肉体の破壊が訪れる力を止めることはしない。


 どうせすぐに治ると思っているから。

 痛みに慣れ過ぎてしまっているから。

 死を体験し過ぎてしまったから。


 だからそのおかげで今の一刀は、拳を振るうたびに限界値を徐々に伸ばし、尋常ではない力を発揮することができた。

 本来人一人の力で破壊できぬ異形の王の胃袋を、破壊するほどの力を。


「ガァアァッァァァァァァァッァァァァァァァァッァァッ!!」


 殴り続けて僅かに負った傷口に指を突き刺し、そのまま引き裂こうとする。

 突き刺した指が周囲の肉厚で骨も肉もミンチの様に潰れようとも気にしない。

 潰れた先から再生し、圧し潰してくる肉厚を逆に押し返す。


 押し返して潰れて押し返して潰れて、そのうち押し勝ち、押し勝ったならばそこからは引き裂き、抉り、毟り取る。


 そうやって一刀は普通ではありえない方法で異形の王の胃袋を破壊していく。


 殺されても、傷つけられても、身体がボロボロになっても目の前の敵を殺すために暴れ続けた。


 その結果


「グオラアァァァァァァァァァッ!! 出たぞ! 出てやったぞ! アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 無事に異形の王の胃袋を破り外へと出ることができたのだった。







「のじゃぁぁぁっ!? 凄いのじゃ一刀! ようも、ようもアヤツから出て来られ「テメェが俺の殺してくれたクソボケか。珍妙な姿しやがって、生きていられると思うんじゃねぇぞ!」の、のじゃぁぁぁぁっ!? せっかく出て来られたのに何故に近づくのじゃ!? また食われたいのかや!」


 外に出た瞬間、己を今まで殺し続けていた存在を認識した一刀は、敵を殺すために警戒心無く、異形の王に近づきぶん殴り始めた。

 死の恐怖も、痛みの恐怖も無い一刀であるが、恐怖が無いからと言って、殺され続けた怨みや怒りを抱かない訳もない。


「オラオラどうした! かかってこいやコラァァァァッ!! あん? 何だテメェ動けねぇのか? ヒハハッ! こりゃあいい! 抵抗できねぇクソ野郎をぶち殺せるなんざ最高に気分がいいぜ! おら死ね! 死ねよボケクソカス!」


「の、のじゃ~。やっていることが悪役そのものなのじゃよぉ・・・さっさと封じてしまうのじゃ」


「あん? なに逃げてんだよっ! ざけんなっ! おらっ! にげんじゃねぇぇぇっ!! こっち来いってんだっ!」


「や、止めぬか馬鹿者っ! せっかく封じておると言うのに引きずり出そうとするでないわ!」


「オラオラオラオラッ! 死ねこら! 死ねこらっ! 出てこいやオラッ! 一千億回殺してやるから逃げんじゃねぇよ!! オラコラッ! テメェコラァァァ!」


「や、やめぬかぁぁぁぁっ!! 封印が! 妾の封印が壊れてしまうぅぅぅぅっ!?」


「ゲハハハハハハハッ! 死ねシネシネ! 死に腐れクソ共がっ!」



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