第45話 生き狂い


 軽く千は越えただろうか。


 なにがって? 俺が死んだ回数であり、俺が殴りかかろうとした回数でもある。


 未だに俺はよくわからぬ生物の胃液に溶かされ続けている。


 それも拳を振り被る前に一瞬で溶かされ、死んでいくのだ。


 まったく、いつまでたってもこの胃液への耐性が付かない。

 そのせいで、流石に死に飽きて来た。


 はぁ、マジでイライラする。

 やられっぱなしのこの状況がマジでイライラする。

 早く耐性が付いてくれないかと思う。

 そうすればすぐにでも腹をぶち抜いて―――――――――








 いや




 何言ってんだ?




 違うだろボケ



 ああ、違う




 ホント俺はボケ野郎だ




 何が早く耐性がつけだよ。


 マジで舐めてんのかって、今更ながらに思うぜ


 何千回と死んでやっと理解した己の愚かさにあきれてくるぜ


 何が耐性だ。くだらねぇ


 この身体が勝手に成長しなきゃ俺は何もできないってのか?


 そりゃあマジでふざけてるし、甘えでしかねぇよ


 俺が求めるのは肉体の進化か? 違うだろ

 俺が求めているのは肉体の進化じゃねぇ

 進化なんざ何億回も死ねば勝手に進化している

 なら俺は何を望んだ?

 そんなの決まってるじゃないか


 尋常ならざる回復速度を俺は求めたんだ


 溶かされて死ぬからなんだ

 溶かされた先から回復し、死んだ先から生き返り、タイムラグなしに生き死にを繰り返すのが望みだろがよ

 そうでもしなきゃ・・・・そんな風にならなきゃ俺は敵を殺せねぇんだ


 溶かされて死のうが、無数の刃が俺を切り刻み殺そうが、無様に寝転ばねぇための力を俺は欲したんだろうがよ


 無様に地面に転がるなんざもうしたくねぇ


 足を切られようが即座に生やして敵をぶっ殺しに駆け出したかったんだろうが

 地べたを這う芋虫になりたくねぇから、挑み続ける足が、手が、身体が欲しかったんだろうがよ。

 それが俺の望みだろ


 なのに耐性が付いてないだ?


 ふざけてる


 舐めてる


 あまりにも甘えたクソ野郎だぜ 俺はよぉ



「ガ――――ガ――――デ――――ア―――ガア――――」


 どれだけ燃やそうが燃え尽きない命


 それを俺は持っている


 なら燃やし続けないでどうすんだ


 無意味に燃やしていても時間の無駄だ。


 ただ燃え尽きるさまを眺めていた所で何も変わらねぇよ


 テメェの意志で燃える炎の中で足掻いて見せなきゃ、いくら尽きない命であっても安穏としていてはその命は無駄でしかない


「ガガア―――ガァァ――――」


 だから燃やせ

 命が燃えている間己が何をするべきか止まるな


「ァガ―――ガ――ァ――ァ―――――――――ッ」


 だから燃やせ

 身体が思うように動かずとも燃やせ

 心を 想いを 信念を燃やし 前に進め


「―――――――――――――――」


 だが・・・


「――――――――――――――――――」


 だが・・・・・・・


「―――――――――――――――――――――――」


 それでも足りなきゃ


「―――――――――――――――――――――――――――――コロス」


 憎悪に身も魂も焦がせばいい


 どす黒く、ネットリと粘つくように、己の心も身体も魂でさえも黒に染まりだす。


 思考に残るは殺意のみ

 心のに残るは憎悪のみ

 この身に宿るは鬼であれ


 殺したいと、殺させろという願いに俺の身体は勝手に動き出す。


 死んで生きて、生きて死ぬ狭間の世界も怒りで埋め尽くす。

 緩やかな時の流れの世界であっても、真っ赤に染め上げ、真っ黒に落ちていく。

 そして、生き返った瞬間、ほんの一瞬生きられた時間の中で俺の身体は動く。


 その何かを壊す為・・・いや殺すために俺は拳を振るう。


 構えようと思っただけで身体が溶けて死ぬ

 構えただけで溶けて死ぬ

 殴ろうと意気込んだだけで死ぬ

 殴りかかろうと足を動かそうとしただけで死ぬ

 やっと足が持ち上がったと思ったら死ぬ


 一つの動作を行う間に、何十回と死を体験した。

 ただ一つの拳を放つと言う動作の内に何度も、何度も死を体験した。


 けれど


 それでも




ぺちょん




 幾度となく死にながらも、俺の拳は、確かに、何かの、身体に、触れることができた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アハ」


 それは思いのほか俺に歓喜を味合わせてくれた。

 俺の拳は届くじゃないかと


 それからの事は 俺も覚えていない


 ただ拳が届いたことが嬉しくて

 ただ敵に触れられたことが嬉しくて

 ただ ただ ただただただ




 コロセル道筋が見えたのが嬉しくて


 思考も


 感情も


 想いも


 心も


 全てが


 黒く染まったことが


 ただ 嬉しくて




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