第36話 勘違いするべからず


「・・・なんでお前等までついて来てんだよ」


 風呂を堪能した後、寝床として使用している艶魅の御神木で夕食の準備をしていると、なぜか眞銀と楓までも一緒になってついてきた。

 お前等あそこの自然温泉に入りに来たんじゃねぇのかよ。


「こっちだって貴方なんかと一緒にいたくなどありません。ですが、これもお家のためであり、お母さん・・・ではなく、母からの指示なのです。番うことになる殿方のお傍に控え、交流を深めろと」

「テメェは自分の意志のねぇ人形かよ。アホくさ」

「あ、あの、一刀さん。私は違うよ。私は自分の意志で一刀さんを追いかけて来たんだよ? 一刀さんと仲良くなりたくて・・・」

「頭空っぽの残念娘は黙ってろ」

「ふえ?・・・・わ、わたし、ばかじゃないですよ!」

「くだらねぇ嘘をつく野郎は総じてバカ野郎なんだよ」

「う、嘘なんて・・・」

「ほぉ~? こんな視線を向けてもか?」

「ひぃう!?」


 数日前に向けられた嫌な視線を眞銀に向ける。

 女の身体を舐め回すようにな気持ち悪い視線を。

 ただの演技だと言うのがわかっているはずなのに、それでも女として嫌悪感を覚えずにはいられないようだ。


「やめぬか馬鹿者! 眞銀が怖がっているじゃろうが!」

「この程度で怯える雑魚が俺に関わろうとするのが悪いんだろうが。こいつの自業自得だ。自業自得」

「まったく、このいじめっ子気質め・・いじめっ子?・・・ま、まさか! これは思春期特有の!? 気になるあの子に意地悪しちゃうぞ! てへぺろ 的なやつのひげっ!? い、痛いのじゃ~! 殴ったのじゃ~!!」

「おいババア。まるで俺がコイツに気のある言い方してんじゃねぇよ。流石に笑えねぇし、今すぐお前との契約を破棄したくなる」

「のじゃ!? そ、それはダメなのじゃ! 数百年ぶりの楽しみを奪うのはダメなのじゃ! 謝るのじゃよ! 謝るから干し柿を食べさせてほしいのじゃよぉぉぉ!・・・あっ、あと抹茶も飲みたいのぉ。無ければ無いで良いが、あると嬉しいのぉ。チラチラ」

「うぜぇ・・・ムシャムシャムシャムシャ」

「のじゃーっ!? 妾の干し柿食べちゃダメなのじゃぁぁっ!!」


 腹いせに艶魅用の干し柿を食べる。

 というか、艶魅と話していると結局ふざけた雰囲気になるから、それがちと気に食わん。

 自ら道化を演じることで俺の溜飲を下げてきやがるのが、マジで気に食わねぇ。


「もぐもぐもぐもぐ、ごっくん・・・柿は柿でも海の牡蠣の方がうめぇな。久しぶりに生牡蠣食いてぇ」

「文句を言うなら食うななのじゃ! ああ、妾の楽しみが・・ぐすん。ましろ~!」


 涙目になって眞銀の元へと飛んでいく艶魅。

 干し柿食われて悲しいのは本当なのだろうが、あれは眞銀を慰めるために行った感じだな。


「きゅんきゅん!」

「きゃきゅん!」

「く~んく~ん」

「いつもいつもお前等は人様に飯をたかりに来るんじゃねぇよ。人間の食い物はてめぇ等には悪いモンなんだからな」


 そう言いつつも、色々とタヌキ達には世話になっているので、持っている食料を分け与える。

 そろそろ適当なスーパーで買い物して来ないとな。

 流石にこうも食い扶持が増えると食い物がいくらあっても足りやしねぇ。


「つか、女共。テメェ等はさっさと消えろ」

「だから少しは言葉を選べと言うに。まぁ、一刀の心配もわからんでは無いのぉ。日が暮れた森の中は危険がいっぱいじゃからな」

「誰もそんな心配してねぇよボケ老人が、ムシャムシャ!」

「ずああああぁぁぁっ!? 主どこから干し柿出したんじゃ! というか何でまたこれ見よがしに食うんじゃ! 酷い! ひどすぎるのじゃ!」

「うばぁぁぁぁぁっ! あ~うまかった!」

「こんにゃろ! これ見よがしに口なんぞ開けおってからに!」


 干し柿を食べ終え、大きく口を開け、もう食っちまってねぇぞと、行動で示す一刀。

 からかっているのはわかるが、なんとも意地の悪いことである。

 というか、ガキそのものだ。


「一刀さん。流石に可哀想です・・・」

「俺が俺の金で何を食うかなんざ俺の勝手だろが。くやしかったらテメェで稼いだ金で食えばいいだけだろ。といっても、この悪霊は俺が力を貸さなきゃな~にも掴めねぇから無駄だろうがな」

「ぐぬぬぬぬぬぬっ、言わせておけば・・・・・後で覚えておれよ」

「数百年無駄に漂ってるボケババアが後で覚えとけとかマジウケルんですけど? ボケが始まったババアが覚えておくことができるのかねぇ」

「ボケとらんわい! 眞銀! 一刀の事どうにかいたせい! いくらなんでも酷いのじゃ! 年上に対しての敬いと言うのが足らぬ!」

「有名な偉人ならいざ知らず、ご当地アイドル以下の知名度しかない奴をどう敬えってんだ。アホなのかお前?」


 心底呆れた視線を送れば、艶魅は腹が立ったと言わんばかりに地団駄を踏み始める。

 怒り方がどうにも古臭いが、年寄りなので仕方が無い。

 見た目幼女であるため、騙されそうになるが本来の年齢は数百歳であるのだから。


「流石に見ていられませんので失礼します」

「あん? おっと」


 ペコリと楓が艶魅に頭を下げた後、仕掛けてきやがった。

 目の前に眞銀や艶魅がいるってのに仕掛けてくるとは・・・・猫を被るのは止めたってことかねぇ。


「ちょ、ちょっ! 楓で! どうしたの行き成り!」

「喧嘩はダメなのじゃよ! あ、けど押し倒すならば止めぬよ。存分にやるがよい!」

「え?・・・・えっ!? こ、きょきょでやっちゃうの!? だ、だみぇだよ楓! こ、こんにゃとろこで、にゃんにゃんするにゃんて・・・」


 純粋でムッツリバカが何か言っているが、無視だ無視。

 まともに付き合うなんざ疲れるだけだぜ。

 そんな事を思いながら突き出してくる楓の腕をとり、関節を決め、動きを封じた。

 あまりにもあっけなく、捕まり動けなくなる楓に一刀は拍子抜けと言いたげな視線を向ける。


「くっ!」

「くっ、じゃねぇよ。くっ、じゃ。なんで能力使わねぇんだ雑魚? テメェは雑魚なんだから能力使わねぇと雑魚以外になり得ねぇんだから使えよ。つか、どんなに鍛えても女が鍛えている男に勝てる訳ねぇだろ雑魚。そんな事もわからねぇのか雑魚。戦闘で女が男に勝てるとか夢見てんのか雑魚。頭大丈夫かよ雑魚」

「一刀や。流石に雑魚雑魚言い過ぎではないかの? それと男女差別発言い~けないんじゃ、いけないんじゃ~! せ~んせいに言ってやろう~」

「事実だろ。女と男じゃ元から身体の作りがちげぇんだ。まともにぶつかってくるのは愚作だぜ。つか先生って誰だよ。テメェが通ってる老人会誰かか?」

「老人会など参加するほど耄碌しておらぬわ!」


 それ遠回しに全老人が耄碌していると言っていないか?

 お前今、全世界の老人を敵に回したな。


「こ、このっ!」

「だから判断がおせぇ」

「ひぎっっっっっっ!?」


 無理に拘束を解こうと動き出したので、一刀は遠慮することなく掴んでいた腕を折る・・・・ことはせず、肩の関節を外した。

 ついでに振り回してきたもう片腕の肩の関節も外させてもらった。


「一刀なんばしよっとかぁぁぁぁっ!?」

「か、楓!? それ大丈夫なの!?」


 何で行き成り博多弁になったのか知らんが、だらりと力なく下がる楓の両腕を見て二人共騒ぎ立てる。

 たかが関節が外されたくらいで騒がしい奴等だな。


「騒ぐなアホ共。忍びの家計なら関節を外すも入れるもお手のもんだろが」


 そう言いながらゴギギと骨を鳴らし、右腕のあらゆる間接を外し後すぐに関節を入れ直す。

 入れ直す際も結構痛そうな音が響くも、顔色一つ変えることはなった。

 己の身体を物の様に使うことに関してだけは、一刀の右に出る者はいないだろう。


「つかその歳になって関節の一つも外し慣れてなかったら、忍びの世界では落ちこぼれもいいところだな。お前もそう思わねぇか?」


 忍びの世界がどんな世界なのかは知らないが、まるっきり的外れと言う訳でもないだろう。

 本来人が通れぬ穴などから屋敷に忍び込み、諜報活動をする・・なんてことを昔からやっているのだから。


「・・・・・・・・・」

「ほらどうした? さっさとやれよ。あんまり無様な姿を晒してると思わず笑いそうになるだろ」


 意地の悪いことをいう一刀に対して、楓は悔し気に顔を顰めるだけである。


 先程腕を掴んだだけで一刀は理解していた。

 己の関節を外す技術も無ければ、外すと言う体験自体した事が無いことを。


「くくく、流石影宮家の次期当主様だ。いや、ガキをこさえる事しか価値のない次期当主様と言った方がいいか?」


 恐らく楓は本当の戦闘技術と言うものを習ってはいない。

 厳しい訓練は受けてはいるのだろうが、文字通り血反吐を吐いて、死に物狂いで生き残る訓練をさせられては貰えていないだろう。

 なんたって彼女は、今回生まれた彼女達には、何が合っても子を産めぬ身体になられては困るのだから。

 故に、大切に大切に育てられてきたのだろう。

 未来に受け継ぐべき血を絶やさぬために。


「・・・テメェは泥にも血にもまみれたことのない箱入り娘だ。少しばかし人とは違う力を得たからって、己が特別な存在だと勘違いしている痛々しい妄想女だ」

「がぃっ!?」

「楓! 一刀さんやめくゅ!?」


 抵抗できない楓の首を鷲掴みにし、首を軽く締める。

 そんな一刀に、眞銀が止めに入るも、眞銀も同じように首を掴まれ締められる。


「今すぐ眞銀達を放せ馬鹿者! 流石にそれは冗談ではすまされぬぞ!」

「俺はお前に言っておいたはずだぜ。お前を崇拝する神月家、そしてそのほか四家に属する者は全員殺すと。そう言っておいたはずだ。俺の憎悪を伝えたはずだ」

「だからと言って殺意も無き女子を手に掛けるつもりか!」

「必要とあらば幼子だろうが何だろうが殺す。それで奴等を殺せるならば」

「この! こりもせず憎悪に魅入られおって! 行き成り過ぎて妾は戸惑いの嵐じゃボケ! ええい眞銀! 身体を借り「入った瞬間首を折るぜ」!? こ、この!」


 艶魅の力は言霊。

 声を発せさせなければ、どうと言うことはない力だ。

 そして眞銀という言葉を発するだけの道具を使えないようにしてしまえば、艶魅は無力であり脅威になり得なかった。


「安易に俺に近づくのは愚かとしか言えねぇな。俺がお前達自身に殺意はなくとも、お前達が生まれた家を憎んでいることは知っていただろ。神月という名を、影宮と言う名を捨てぬ限り、憎み続けていることは知っていただろ。なのに俺に近づこうとした。俺がお前達自身に手を出さないと、そう思っていたのだろう?」


 暴言を吐いた。

 けれど殺すほどの暴力を振るったことはない。


 女としての恐怖を与えた。

 されど女としての尊厳を奪うことはなかった。


 故にこいつ等は俺への危機感が薄れていた。

 自分達には手を出さないだろうと、勝手に想像し。

 勝手に想像した結果、不用心に距離を詰め、不用意に俺に子供じみた怒りを向けてきた。

 勝手に俺が自分達にとってそこまで危機感を覚える相手ではないと勘違いして。


「舐めるなよガキ共。俺はお前等が嫌いだ」


 グググッと掴む力を込めて行き、今度は完全に絞め殺しにかかる。

 眞銀は必至に両手で抗おうとするも、碌に鍛えてもいない女の力では抵抗もままならない。

 そして楓も必死に足で腕を蹴飛ばし抵抗するが、両肩の関節が外されている状況に慣れていないせいで、上手く力を込められないでいた。


「俺はお前等の名が嫌いだ。俺に暴言を吐かれても近づこうとしてくるお前達が嫌いだ。その理由が仲良くなりたいからとかほざくお前等が嫌いだ。心のうちに秘めるは、お家のためにと、力を継承するためにと、それが使命だとほざき、酔いしれるお前達が大嫌いだ」


 完全に呼吸をできなくさせられた二人はバタバタともがくが、その力も次第に弱弱しくなっていった。


「何度も忠告はした。この場から去れと警告はした。だが未だにお前達は家を捨てずにいる。ならばお前達は俺の敵だ。敵であることを選んだ。敵であることを選んだのならば、もう終わりにしてやる」


 そう言葉を吐き、一刀は全力で二人の喉元を握り潰しにかかった。

 艶魅が怒り心頭で声を荒げるのを無視し・・・・・・真っ赤な血が撒き散らされることとなった。


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