第30話 ようこそ来縁家へ


 いい加減押し寄せてくる手紙が鬱陶しくなり、一刀は致し方なく来縁家へと訪れた。

 勿論来縁家などどこにあるかなど知らないので艶魅に案内させたのは言うまでもない。

 そしていつもの如く他家の家であろうが、無礼な態度で押し入ったのは言うまでもないだろう。

 無礼な態度過ぎて敵対関係になろうがそんなことはどうでもいいし、一刀にとっては願ったり叶ったりであるのだろう。

 最後には潰す家の一つでしかないのだから。

 なので少し期待していたのだが、


「腑抜け・・というよりも、冷静と言うべきか」


 扉を蹴破ろうが、土足で家に上がろうが、来縁家の者達はひたすら丁寧に対応し、破壊されたところも、汚されたところも文句ひとつ言うことなく綺麗に掃除していった。


「これ一刀! お主はもうちっと礼儀と言うものをわきまえぬか! 無礼にも程があるぞ!」

「無礼を働いたのはここの当主が先だろうが。羽虫並みに手紙を飛ばしてきやがって。うぜぇったらありゃしねぇ」


 何度も手紙を飛ばすのは一刀が手紙を読まないからなのだが、まぁ手紙を出す方も限度と言うものが知らぬのも事実なので、一刀の怒りもわからなくはない。

 ただし、その怒りのままに人様の家を破壊することが許されるとは思えないが。


「つかこうもすんなり通されるのはなんとも面白くねぇな。もうちっと暴れてこいつ等の忍耐力がどの程度か確かめてみるか?」

「やめぬが馬鹿者! そんなことしよったら夜中枕もとで叫び続けて眠らせてやらぬからな!・・・・お? 眠らせてやらぬなど妾はなんとはしたない事を!? へ、変な事を考えるでないぞ!」

「お前に欲情する奴なんざ存在しないから安心しろ」

「おるじゃろ! この日ノ本にはすこぶる今のぷりちぃいな妾に欲情する変態はすこぶるおるじゃろ!」

「そんな奴等いない方がいいだろ。つか、お前そんな変態共に好かれたいとおもってんのかよ。好き者にも程があるだろ。気持ちわりぃから近寄らないで貰えませんか?」

「誰もそんなことは言っておらんじゃろうが! っておい!? なぜ露骨に遠ざかろうとするのじゃ! やめいやめい! そう言うの一番傷付くんじゃぞ!」

「あの~、申し訳ございませんが、もう少し離れてくださいませんか?」

「敬語やめいやっ! ホントお主いい加減にせぇよ! しまいには泣くぞ! ええのか! 本気で泣くぞ! ええのかっ!」

「どうぞどうぞ」

「こ、こやつ・・・・・・あ、あとで・・・・あとで覚えておるのがいいのじゃ! ぜったい後悔させてやるからの!」

「・・・はっ!」

「鼻で笑うでないわっ!」


 相変わらず艶魅をオモチャにする一刀。

 四家が信仰する神であるから嫌っていると言っているのに、こんな風に戯れている所を見るとそこまで嫌っている訳でもないのかもしれない。


「随分神木神様との仲がおよろしいようですね。婿様」

「あん?・・・・・・・・・てめぇ、いったいどこから現れやがった」

「おぉ! 久しぶりじゃの可麗奈(かれな)! 相変わらず良い胸じゃな! たゆんたゆんとはお主のためにあるような言葉じゃの!」


 突然背後から声をかけられた。

 先程までそこには誰もいなかったと言うのに、この無駄に胸のデカイ可麗奈という女が行き成り現れやがった。

 敵対する敵の家であったので警戒していたと言うのに、俺の警戒を掻い潜ってあっさり背後を取られた。

 武のなんたるかも知らなさそうなこんな女に。


「そんなに怖い顔をしないでください。ただこうやって隠れていただけなのですから」


 そう言うと可麗奈は能力を使い始めると、家の壁が一部崩れて蝶のように可麗奈の周りを飛び回り、可麗奈の身を隠した。


「ね。凄いでしょう?」


 身を隠していた紙を宙に飛ばしながら、微笑む可麗奈。

 ふんわりとしたお姉さんタイプで、人妻だとわかっていてもいけない一線を越えてしまいそうなほどに色っぽい。

 まぁそんな魅力的な可麗奈の姿を見ても、一刀にはイラつき以外感じることはないが。


「チッ、何が手紙を送り届けるだけの能力だ。全く違う能力じゃねぇかよ」


 艶魅から聞いた話では人に手紙などの物を届けるだけの能力。

 そう聞いていたのだが、可麗奈の能力はそんなモノでは無かった。


 恐らく可麗奈の能力は紙を操る力。

 それも一度に紙を操れる数は相当なモノなのだろう。

 僅かにだが、この家の壁や天井が揺れたからな。

 多分今俺がいるこの家は骨組みだけ。

 壁や天井などは可麗奈の能力で作られていると考えておいた方がいい。


「俺はまんまとテメェのフィールドに誘い込まれたって訳か。ふざけやがって」


 可麗奈がその気ならば、四方八方から紙で襲い掛かることも造作もないと言うことだ。

 とても小さな針が引っ付いている紙がそこら中に飛んでいるからな。


 細い針だけでは目を潰すか、嫌がらせ程度の攻撃しかできないだろうが、恐らくその針にはあらゆる毒が仕込まれていることだろう。

 流石に暗殺を得意とし、毒を扱うことに長けている影宮家には劣る毒物であろうが、それでも世界中の商人と関係を持つ来縁家だ。

 市販の猛毒の一つや二ついくらでも手に入るだろう。


「別にとって食いやしませんからそんなに警戒しないでください。私はただ娘達の婿様に会いたかっただけなのですから」

「そうじゃぞ一刀。可麗奈は男の娘が大好きで、いつの日かそんな息子か、そんなかわゆい子を己が娘にこさえてくれる者を迎えたいなぁ~と思っているだけの普通の子じゃぞ。じゃからそんな警戒しなくても良いぞ。ただ可麗奈の娘っ子に可愛らしい男の娘ができるまでこさえればよいのじゃ」

「・・・警戒度が上がるお言葉ありがとうよ。この役立たずが」

「ふんぎゃ!? 今殴ったのじゃ!? 何で殴ったのじゃ!? 拳骨される覚えなど無いのじゃぞ!」

「テメェがちゃんとこのババアの能力を教えねぇのが悪いんだろうが。何がお手紙届けるだけの雑魚能力だ。普通にヤベェ力のババアじゃねぇか。このボケクソカス。少しは反省しやがれ」

「何でそんなボロクソにいわれにゃならんのじゃ!? 妾だって! 妾だってまさか可麗奈の能力がこんな風に成長しているなど知らんかったんじゃかしかたなからろう!」

「知らねぇですませられるかよ。敵の情報に誤りがあると俺が困るんだからな」

「可麗奈達は敵ではないのじゃ! 一刀の味方であるぞ!」

「この地に味方なんざいねぇっての。全員敵だ敵。全員死んじまえ。さっさとくたばっちまえ」

「そういう事言うでないわ! 言われた方がとても傷つくのじゃぞ!」

「うっせぇな! 耳元で叫ぶんじゃねぇよっ!」

「あらあら、とても楽しそうですね。神木神様のお声は聞こえませんが、とても仲が宜しいことがわかりますわ」


 可麗奈視点では一刀が一人騒いでいるようにしか見えないのだが、言動や動作から一刀と神木神である艶魅がとても仲がいい事は理解できた。

 一刀が発する声色からも一切の悪感情を感じなかったのも要因の一つと言えるだろう。


「はぁ? 仲がいいだぁ? 気持ちわりぃ事ほざいてんじゃねぇよクソババア。つかわざわざ来てやったんだから、これ以上テメェのキタネェ手垢の付いた手紙を飛ばしてくんじゃねぇぞ。今度飛ばしてきやがったらその無駄にデカイ胸捥ぎ取って、テメェの口に詰めてやっからな」

「じゃから主は何故そうも偉そうなのじゃ! 目上の者に対しての言葉使いではないであろうが!」

「けっ、敵に目上もクソもあるかってんだ。黙れろ耄碌ババアが」

「誰が耄碌ババアじゃ! このピッチピチな姿をみよ! ナウいであろう!」

「ナウいって・・・・・テメェの無駄知識は昭和止まりなのな。残念この上ない魍魎ババアだぜ」

「も、魍魎とはなんじゃ! 魍魎とは! 耄碌より酷くなっているではないか!」

「おいババア。さっさとそこの壁を退けろ。この俺が帰るのに邪魔だって気づけよ。ウスノロが」

「無視するなや! というかええ加減にその失礼極まりない言動を抑えぬか! 言うこと聞かぬといてこまふぐっ!? むーむーっ!?」


 ギャーギャー騒ぐ艶魅の顔面を鷲掴みにして黙らせる。

 いい加減ウザったくなってきたからな。


「あらあら、もうお帰りになられるのですか? せっかく会いに来てくださったと言うのに」

「こっちはテメェに用なんざねぇんだよ。いいからさっさとこの邪魔な壁をどけろ。じゃねぇと力づくでぶっ壊して押し通るぜ。それともテメェを今ここでぶち殺してやろうか?」

「あらあらあらあら、やんちゃな男の子ですわね。けれど壁を壊すことも、私を殺すことも婿様にはできませんわよ」

「あ゛?」


 確かにこの家はババアのテリトリーであり、戦いになれば苦戦するだろう。

 だが、そのババアは俺の拳が届くいる距離にいる。

 要するに俺の間合いに無防備に足を踏み入れていると言うことだ。

 ならば殺せる。

 能力は確かに強力だろうが、武人と言う訳でもない相手など仕留められないわけもない。


「婿様は何もできませんわよ。この家に足を踏み入れた時点で」

「なら試してやるよ」


 言うが早いか一刀は可麗奈に向けて拳を振るった。

 余裕な笑みを浮かべるその顔面を遠慮なく潰すために。


ブシュッ


「ッツ!?」


 だが突き出した拳は可麗奈に届くよりも先に何かに斬られ、そして阻まれた。

 幸い痛みを覚えた瞬間手を引っ込めたので拳が切り落とされることなどにはなっていないが、それでも浅くない傷を負い、ダラダラと拳から血が流れていた。


「本当に殴りに来るなんて・・・婿様は本当にやんちゃな男の子ですのね」

「これはやんちゃですむことでは無いでしょうに」

「・・・・・・・誰だテメェ」


 また新しいババアが出て来た。

 葬式でもないと言うのに真っ黒な着物に身を包んだ髪の長い黒髪のババアが。


「テメェではありません。影宮 天城(かげみや あまぎ)です。貴方が無下に扱っている私の娘、影宮 楓の母ですよ」

「あん? あの雑魚ガキの親かよ」

「むぐむぐむぐ・・・ぷはっ! そうじゃぞ! この者は影宮 天城! 第842回街一番の大和撫子決めちゃるぜぃの大会で優勝した大和撫子なのじゃ! というか楓の事を雑魚ガキ呼ばわりするでないわアホタレ! そして、お手ては大丈夫かや? もう血は止まっているようじゃが痛いようなら痛いの痛いの飛んでいけ~! してやるのじゃぞ?」

「おう、ありがとうよ。ついでに痛みと一緒にお前も飛んでいけ。クソ邪魔だ」

「のじゃ? なにをのじゃぁぁぁぁぁっ!?」


 いちいち話に入り込んでくるので流石に面倒に思った一刀は、掴んでいた艶魅を放り投げた。

 勿論霊体であるため、壁や天井を突き抜けて飛んでいったので艶魅に怪我はなく、物股物を壊すこともなかった。

 ただ艶魅の姿が見えない可麗奈と天城にとって、一刀の行動は奇行にしか見えないが。


「今何をしたのですか?」

「テメェ等の大事な神木神をぶん投げてやっただけだ。今頃地べたに叩きつけられてるんじゃねぇの?」


 クツクツと笑みを浮かべながら、可麗奈達が信仰している神を冒涜してみる。

 こいつ等の場合は艶魅をダシに煽れば面白いほど取り乱してくれるからだ。


「あらそれは大変だわ。後で娘に言ってご機嫌を取って貰わないと」

「貴方の娘がご機嫌など取れるわけないでしょ。いつもいつもディボニーランドのお話で神木神様をからかっているのですから」

「あら仲がいい証拠じゃない。神木神様もなんだかんだと楽しくおしゃべりしているようですし」


 だが、一刀が思っていたのと違い、二人は和やかに話していた。

 もっとブチギれるモノだと思っていたのだが・・。


「神木神様はお心が広いだけですよ。まぁそれはいいです。それよりもやっと婿殿が来てくれたのですから、早く用事を済ませてしまいましょう。あまり夫を待たせると拗ねてしまいますから」

「あらあら、まだゆっくりお話したかったのですけれど仕方ありませんわね。では婿様どうぞこちらへ」


 そう言うと周りの壁も天井も床も全て無くなり、目の前には地下に通じる階段が現れた。


 初め壁だけが紙で作られ、骨組みだけの家かと予想していたが、どうやら俺の予想は外れてしまったようだ。

 まさか家そのものが全て紙で作られていたとはな。


「はぁ? テメェ等に着いて行く義理なんざねぇんだが?」

「確かに私に着いてくる義理はありませんね。けれど、この先にあるモノについて知る価値は大いにあると思いますよ。なにせ婿殿に見せたいモノとは、これから婿殿に襲い掛かってくる異形の者達なのですから」

「異形・・ねぇ」


 異形とかバカ言ってんじゃねぇよと思う一刀であるが、艶魅という悪霊がいる時点でバカにすることはできなかった。


「それともこのまま何も知らずに襲い掛かる敵と対峙なさいますか? 敵の情報を知らぬままでは後手に回らざる負えませんけど」

「はっ、その情報に誤りが無ければの話だがな」

「不足はあるかもしれませんが誤りなどございません。それとも敵の情報を得られるチャンスを不意にしてお帰りになりますか? そしてそのまま異形の者達に殺されますか?」

「くくくっ、俺は不死だぜ? 殺されやしねぇよ」

「ですが嬲り殺しにあうことになりますよ?」

「昔みたいにか?」

「??・・・昔とはどういうことでしょうか?」

「・・・・ほぉ」


 カマかけと言う訳ではないが、本当に一刀が何を言っているのかわからないと言った感じに首を傾げる天城。

 人を騙し、情報を裏から探ることを得意とする奴等であるため演技の可能性は大いにあるが、それでも演技力には自信のある俺に違和感を感じさせない時点で、天城の態度は真であると思っていいだろう。


「いいだろう。着いて行ってやる。さっさと案内しやがれ」

「ええ、どうぞこちらです。暗いので足元に十分ご注意ください」

「邪魔だ」


 わざわざ先導しようとした天城を押しのけ、一刀は地下に通じる階段を降りていく。

 その傲岸不遜な態度はおよそ褒められる物ではないが、一刀からすれば天城と可麗奈という敵に挟まれる形を良しとしなかったのだろう。

 敵と認識しているならば、先に二人を歩かせればいいのでは? と思うだろうが、そこは男としてのプライドが許さなかったようだ。

 敵とは言え女に怯えてなるものかといった、意味のわからないプライドが。

 そして、そんな意味のわからないプライドを保持するために動いた結果、無様な姿を晒すことなった。


「制裁キーーーーークッ!」

「うおっ!? こ、このクソ悪霊がぁぁぁぁぁーっ!!」


 先程一刀にぶん投げられた艶魅が戻ってくると遠慮もなく躊躇もなく、今まさに階段を降り始めようとしていた一刀の背中にドロップキックをくらわせた。

 それもかなり勢いをつけたせいか、身体の小さな艶魅でも十分身体を鍛えた大人を前に押し出せるほどに。

 そして階段を降りようとしていた一刀はそのまま階段を踏み外し、ゴロゴロと転がっていくのだった。


「のじゃじゃじゃじゃじゃじゃっ! どうじゃ! 思い知ったか! 妾を無下に扱うからこうなるのじゃぞ・・・・・・・・のじゃ? なんでこんなところに階段があるのじゃ? いやに深い階段じゃのぉ。地下にでも繋がっておるのかや?・・・・・・・・ひえぇぇ、真っ暗なのじゃよぉ。ぶ、不気味なのじゃよぉ。い、いっとう~、さっさとのぼってくるのじゃ~」


 真っ暗な暗闇が怖いのか艶魅は地下に繋がる階段に入っていくことはせず、入り口周りでふよふよと飛び続け、情けない声で転げ落ちていった一刀に声をかけるのだった。

 勿論そんな声に一刀が答えることはない・・・・というか答えられる状況かは定かでは無かった。


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