第29話 千紙万来


 一刀が住み家にした場所はビジネスホテル、ではなく艶魅と初めて出会った森の中だった。

 本来安くともちゃんとしたホテルを住み家にしたかったが、残念なことに例の偽疫病事件のせいで、文才達の手が加わっていないホテルは権並休業していた。

 営業しているホテルは全て文才達の手が加わっている場所であり、そんな所では休めないと思った一刀は森で過ごすことにしたのだ。


 この森も文才達の私有地ではあるし、その森で勝手に住んでいれば法的処置を取りに来るかもしれないが、そんな事よりも敵が用意した根城にいる方が落ち着かない。

 そもそも


「焚火をするのは構わぬが、森を燃やすでないぞ。それと灰は肥料になるが、炭は肥料にはならぬ。灰になるまでちゃんと燃やつくしてから満遍なく土に混ぜてくりゃれ。ここを使わせてやっとるのじゃからそれくらいはするのじゃぞ。あ、あと雑草も抜いて、綺麗な花も植えてたもれ」


 一刀がいるこの木の場所は、奴等が崇める艶魅のご神体。

 いや、木だからご神木か? まあ、よくわからんからどうでもいい。


 要するに俺が住み家にしている場所は艶魅の複数ある分体の一つ、その巨大な木の下を住み家にしている。

 その場所の権利は奴等よりも、崇められている艶魅の方が高い。

 なので、文句は言われても、艶魅が許可をだしている限り、無理やり追い出されることは無いだろう。


 艶魅の意思に反することを奴等は望まないからな。

 まあ、ここに住むかわりにこの木の世話をする事になったのだが。


「メンドクセェな。灰なんざ適当に撒けば勝手に栄養になるんじゃねぇのか?」


 こう花咲き爺さんみたいに、ぶちまければいいじゃねぇの?


「たわけ! 土作りをなめるでない! 農作物を育てる上でやらねばならぬのはまずは土作りじゃ!!」

「誰が農業なんざするかよ」

「なんざとはなんじゃ! 農業をバカにするつもりか!!」

「ただ単に興味じゃねぇだけだ」

「なるほど、興味ではないだけか。なれば致し方なしじゃな!」


 何だろうなぁ。コイツのテンションの高さにはついていけねぇ。

 もしかしてコイツは元々農業の神とかだったんじゃねぇの?


「「「「きゅんきゅん!」」」」

「また来たのか。いいぞ。それで遊んで」

「「「「きゅきゅ~ん!!」」」」


 そして未だに来縁家当主からの手紙が送られてくる。

 というか、飛んでくる。

 初めに渡された手紙はいつまでたっても纏わりつき、ウザいほどに頬をつついてくるので破って燃やした。


 その数分後には何度も何度も手紙が飛んでくるのだが、そのたびに薪の足しに火にくべて全く読むことをなかった。

 まあ、今は子タヌキ達の遊び道具と化しているので問題はない、問題はないが、


「しかし、来縁家の当主はしつけぇな。いい加減にしろよな」


 流石に数えるのもバカになるほど送られてくる手紙の数に嫌気がさす。

 今代の来縁家当主は随分と諦めの悪い奴のようだ。


「確かにこれは度が過ぎておるのぉ。いつものあの子であればこんなことはせんのに。可麗奈め、何を考えておるのか」


 艶魅の口ぶりから今代の来縁家の当主はそこまでぶっ飛んだ性格ではないようだ。

 ただ、この状況を見るに、まともであるとは思えない。


「う~む・・・・ん? そういえば、可麗奈は・・・あ~、なるほど、なるほどの~。じゃからこんなにも手紙を送ってくるのか」

「なに一人で自己解決してんだ?」


 不気味なこの状況について、得心が言ったのか艶魅は一人頷く。


「いやの。可麗奈は元々息子が欲しかったのじゃよ。ああ言っておくが、だからといって娘である時雨達に酷いことはしておらぬからな。基本可麗奈は子供が大好きじゃからの。ただの、アヤツの趣味と言うか、願いと言うか、夢が少々独特でのぉ・・・」

「独特だぁ? テメェの信者共は全員独特以上の奇人変人の集まりじゃねぇか」

「そこまで可笑しな者達ばかりではないわい。ちょいと風変わりなだけじゃい」


 風変り程度で人様を殺すことに躊躇ない奴がいてたまるか。


「まあ、風変りだとか、変人だとかはこの際置いといて、それよりも可麗奈の件じゃ。可麗奈はの。昔から男の子が欲しかったらしいのじゃ。それもかわゆい男の娘がのぉ」

「・・・なんだ? 今発音可笑しくなかったか? 気のせいか?」

「気のせいではおらぬよ。可麗奈はの。昔からかわゆい男の娘が欲しくて欲しくてたまらなかったようじゃ。そしていつかは己の子を男の娘として育ててみたいと、夢みておったようじゃぞ」

「ろ、ろくでもねぇ」


 その一言以外出てこない一刀はかなり白けた視線を艶魅に向ける。


「妾の趣味ではないのに、なぜそのような視線を向けられねばならぬのだ! 心外であるぞ!」

「心外だろうが何だろうが、お前はそんな奴等の頭だろうが。類は友を呼ぶとも言うし、まさかテメェもそう言う趣味があるんじゃねぇだろうな」

「妾にそんな趣味はないわい! 妾は普通におのこが好きじゃわい!」

「数百年生きてるババアがおのこが好きってやばいだろ。どれだけ年が離れていると思ってんだ?」

「あ、愛があればそんなの関係ないのじゃ! 愛に年は関係ないのじゃ!!」


 それにしたって限度がある。

 数百年年下でも許容範囲とかヤバイだろ。


「わ、妾のことはこの際どうでもいいのじゃ! それより可麗奈の事はどうするのじゃ! このまま放っておくわけにもいくまい!」


 確かに、今も送られてくる紹介状の手紙の量を見ると、このままと言う訳にもいかない。

 というか、寝ている時でさえ来られたら邪魔で仕方がない。


「はぁ・・・・・こりゃあ行くっきゃねぇか? ショタ好きの変態ババアの所なんざ行きたくねぇんだがな」

「これ! 可麗奈はババアではないぞ! むちむちのぼんきゅぼ~んのないすなばんでぃなれいでぃなのじゃぞ!」

「お前と違って?」

「そうじゃ妾と違っての!・・・・って! 誰が断崖絶壁じゃい!」

「はぁ~、ババアで変態の来縁家なんぞに行きたくねぇなぁ。つってもこのうざったいのをやめさせねぇとストレス死にしそうだ」

「これ一刀! せっかく妾がボケとるのに無視するでない!!」

「お前がボケ老人なのはわかってるからそう突っ掛かってくるな」

「そっちのボケではないわい!」

「お前等、肉焼くぞ。食ってくか?」

「「「「きゅんきゅん!!」」」」

「これっ! 妾を無視するな! そして妾は牛を所望する! いちど大金のタレと言うので食って見たかったのじゃ!」

「なるほど、お前はタレだけ舐めたいんだな。ほら好きなだけ舐めろ」

「誰がタレを食いたいなどとゆうたか! 肉じゃ肉! 牛肉を食いたいと言っておるのじゃ!」

「生肉が食いてぇのか、ほら、特別に食っていいぞ」

「生肉何ぞ食うかい! このあんぽんたん! お主ええ加減にせぇよ! あんまりイジメると眞銀に言いつけちゃるぞ!」

「好きにしろ」


 なんで眞銀に告げ口した程度で引き下がると思ったのかわからん。

 確かに騒がしいのは嫌いだが、その程度で俺が頷くわけもないだろうに。


「焼けたぞお前等。喧嘩せずに食えよ。喧嘩したらもうやらんからな」

「「「「きゅきゅきゅ~ん!!」」」」

「あ、あ、あ~~~! 妾も! 妾にもくりゃれーっ!」


 タヌキの数だけ皿を並べ、その上に平等に肉を置いていく。

 艶魅の分の皿はないが・・・・・まぁ一応食わせてやってはいる。

 飯食わせたりするのは契約の中に入っているようなものだしな。

 ただ食わせているのは、


「一刀! これ焦げとるではないか! ちゃんとうまく焼けたものを寄越さぬか!」


 焼くのに失敗した肉だけだがな。


「仕方ねぇだろ。イヌ科のタヌキ共に炭を食わせると病気になるかもしれねぇんだから、失敗したの俺等で食うしかねぇだろ」

「な、なんとそうなのか・・・・・って騙されぬからな! そういって主はいい感じに焼けている肉しか食っていないじゃろうが!」

「気のせいだろ?」

「気のせいなことあるかぁぁぁっ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る