第26話 無表情で人見知りで悪戯な幼嫁
「・・・・・・はおっ」
「・・・?」
ミノムシのように身動きを封じられていた一刀の元にヒヨコフードを被った少女・・というより幼女が訪れた。
「なんだお前。何で子供がこんな所にいんだ?」
どこの家の者かは知らないが、ここは神月家の敷居。
この家の敷居を跨ぐにはそれなりの地位の者でないと入ってくることは許されないだろう。
それがたとえ子供とは言え例外ではない。
「・・・・・・・はおっ」
いったいどこから迷い込んだのかは知らないが、規律に五月蠅い奴等に見つかれば説教だけではすまされない。
「はおっ、じゃねぇだろ。さっさと出てけ。クソ共に・・・あ~、大人に見つかったらことだぞ」
流石に子供に向かって汚い言葉を使うのはどうかと思った一刀は、出来るだけ気を遣うことにした。
この地にいると言うことは、一刀が憎むべき血脈の子供ではあるだろうが、流石に幼い子供にまで殺意をバラまく程、非常識では無かった。
まあ変な教育を施されているだろうから、好きにはなれないが。
「・・・・・・・あなた一刀?」
「あん?・・・ああ、そうだぞ」
「・・・わたし野々恵・・・豊饒 野々恵(ほうじょう ののえ)よろしく」
「・・・・・・・・」
子供が俺の名前を呼んだ瞬間、もしかしたら四氏族に近い血縁者かと考えたが、まさか四氏族のご淑女だとは思わなかった。
豊饒家
四氏族の中では戦闘能力が皆無に等しい者達であるが、人の心を読み取る能力を持つ者達で主に外の世界で力を振るっている。
噂では世界中の権力者や資産家の中には、豊饒家の息の掛かった者が潜伏しており、裏から操っているとか、いないとか。
「・・・・・・・・・失せろ」
四氏族の一つ、豊饒の名を名乗った幼女に殺意が浮かんだが、子供に向けるべきではないと無理やり己の殺意を飲み込む。
それでも普通の子供に接するようにはできず、先程よりも冷めた声で短く拒絶の言葉を発した。
「・・・・・・・・」
野々恵と名乗った幼女は、一刀の拒絶の言葉を聞いても立ち去ることは無く、ただじっと一刀に視線を向けた。
観察されている。
(豊饒家ということは、もしかしたらこのガキも心を読める力が備わっているのかも知れねぇな・・・・まぁ、覗かれても実害ねぇし問題ねぇだろ。怨念しかねぇからな)
表面上は問題なく怨みを抱いていても、何もかも破壊するような奴ではないと思われているだろうが、心の中は神月家や四氏族に対して呪詛を吐き続けているのだ。
そんな心の内を覗かれてもこっちとしては痛くもかゆくもない。
一応己より年下の者には、それほど憎しみを抱いていないことはバレるかもしれないが、それを知ったからと言って、つけあがるならば殺すことをためらう気はない。
俺にとってこの地の子供と言うのはその程度のモノであった。
逆に、一刀のどす黒い心を覗いて幼女が気を狂わないかの方が心配になるほどだ。
テコテコテコテコッ
そんな一刀の心配など他所に、幼女はなぜか一刀に近づく。
「・・・・・・・芋虫楽しい?」
「どこをどうみたら楽しく見える。目玉腐ってんのか?」
「・・・・野々恵のお目目ぱっちり・・キラキラビー玉のよう」
一刀の顔を覗き込むようにしながら、まるで自慢するように何度も瞬きをする。
これが子供ではなく憎い大人であれば頸動脈を噛み切ってやるのにと物騒な事を考える一刀とは裏腹に、野々恵は警戒心無く一刀の頬をつつく。
「一刀・・・・野々恵は暇なの・・・遊ぼう」
「・・・・・・」
出会って数秒だと言うのに、遊べとねだる野々恵の思考に、一刀はアホな子供を見たと言いたげに視線を向ける。
(豊饒家の癖に警戒心のねぇガキだな・・・いや、人に取り入る為には無垢な子供を演じた方が効果的か。もしかしたらコイツは己の姿が相手にどう映っているのか理解したうえで行動しているのかもしれねぇな)
少々深読みすぎかもしれないが、豊饒家は人に取り入るのが上手い。
心を読める能力を持っていようとも、いなくとも、豊饒家は人の心理を読み取るのに長けている。
故に警戒し過ぎと言うことは無いだろう。
「(とはいっても、動けねぇ状況で警戒しても意味ねぇわな)・・・遊ぶ、遊ばないは一旦置いといて、まずはこの状態を何とかしてくれねぇと何もできやしねぇぞ」
「・・・・・・?? 芋虫飽きた?」
「あぁ、飽きた」
「・・・わかった」
一刀の言葉に野々恵は疑うことなく、縄を解こうとする。
本当にコイツは豊饒家の血筋なのだろうかと疑ってしまうほど簡単に騙されてしまった。
縄がほどけたからと言ってお前と遊ぶなどと一言も言ってないと言うのに。
そして、徐々に縄の締まりが緩みだした。
「・・・・・・ののちゃん」
小さくかすれた声で、誰かが名を呼んだ。
縄を解く以外音を発さないこの場では、その声がとても大きく響いているように思える。
「??・・・ととちゃん、はおっ」
「はおっ・・・・ののちゃん」
野々恵と似た容姿でウサ耳フードを被った幼女が現れた。
ととちゃんと呼ばれる幼女は一刀と目が合うと、まるで怯えた兎のように身体を震わせながら、顔を隠すようにフードを深くかぶり野々恵に駆け寄る。
コアラの子供のように野々恵の背中に張り付きながら、できるだけ身体を隠そうとしていた。
「なんだそいつ」
「・・ととちゃん・・これ一刀・・・ご挨拶しよ」
「う、うん・・・・・は、はおっ、豊饒 兎々恵・・です」
コイツ等の中で「はおっ」とは挨拶なのだろうか?
小さく手を上げてくるから、多分そうなのだろう。
というか、人を指差してこれ呼ばわりしてんじゃねぇよ。
「・・・・・・・」
「ひぐっ・・・・」
そして何の反応も返さずにいると、兎々恵と名乗った幼女は怯えたように瞳を潤ませながら、また野々恵の背後に隠れた。
「一刀、妹イジメる、メッ」
「なんもしてねぇだろうが・・・・まあ、そんなこたどうでもいい。さっさと解けよ」
「ん・・・・・もう少し・・まって」
そういうとロープを解こうとする野々恵だが、先程まで順調に解いていたはずが、なぜか今は変な方向に解き始め、一向にほどける気配がなくなってしまった。
というか
「おい、なんで身体浮いてんだ? 本当に解いてんだろうな。テメェ」
「・・・ののちゃん・・えっと・・それ・・そっちじゃ」
「ん~~?」
「ののちゃん・・・あのね・・そこ引っ張っちゃダメだと・・・思うの」
「んん~??」
「おい! なんで顔面にロープが絡まってくんだよ! 本当に解いてんだろうな! おいコラッ!」
あり得ないほど不器用な野々恵のせいで、なぜか顔面までロープでグルグル巻きにされた状態で壁に貼り付けにされることとなった。
辛うじて口だけは開いているので息苦しくはないが・・・許されることでは無い。
「・・・・・いったいどうやったらこうなんだよ。ワザとかこのヤロウ」
子供であるため見逃していたが、流石にここまで舐められたことをされては、見逃す義理などない。
「・・・・・・・ん~?」
「あわわわわわわっ」
僅かに一刀の殺意が漏れ、それを感じ取ったのか兎々恵は慌て出す。
兎々恵とは対照的に野々恵はよくわからんと言った風に首をかしげていた。
「・・・・・一刀遊んでくれない・・つまんない・・ ・・・・行こうととちゃん」
「え、あ、あぅ・・・ご、ごめんなさい!」
この状況は一刀がワザと遊ばない為にしたことだと結論付けた野々恵は、兎々恵を連れて出て行った。
そう結論付けている野々恵の視線がせわしなく動いていたが、気にしてはいけない。
「おい待てコラァ! ふざけんなよ! このクソガキ! 戻ってきやがれー!!」
そんな一刀の怒りの声が聞こえているにもかかわらず。
野々恵と兎々恵は振り返ることなく逃げていくのだった。
野々恵と兎々恵が出て行って数分後、一刀の可笑しな惨状を目の当たりにした楓が、ため息を吐きながら、また丁寧に簀巻きにするとそのまま床に寝かせた。
そしてその後に艶魅が戻って来た。
「・・・・一刀や・・・なにかあったのかや?」
「よう、艶魅。何も聞かずにこれ外せ。少しばかし野暮用ができた」
「お、おぉ・・・・・・なんか嫌な予感がするでの。拒否するのじゃ」
「なんでだよ!」
「いやのぉ。だってのぉ。お主、物凄く怒っとらんか? 下手したら今にも人を殺しそうな勢いであるぞ。また文才の命を狙う気かの?」
「ハハハハッ! クソ野郎なんざ今はどうでもいい! それよりあのクソガキ共だ! 舐めたことしくさりやがったクソガキ共だ! 少しばかり教育してやらんと気が収まらねぇっ!!」
「くそがき?・・・・待て待て待て! 待てーい!! よもやお主、幼子に何かするきかや!? そんな事見過ごせるわけなかろうっ! 何をバカなことを言うておる!」
「ウルセェバカ野郎! あのクソガキャ! ひっ捕まえて磔の刑だ! 教育だこのヤロウ!」
「それは教育ではなく処刑じゃバカモノ! 絶対外さん! かわゆい童に手を出すバカモノは封印じゃ! 封印ッ! 百年ぐらい封印されとれバカモノ!!」
「ウルセェ! さっさと解けや! この役立たずの禿キモババア!!」
「誰が禿じゃい! 障害禿げたこともないわい!・・・・・誰がキモババアじゃ!?」
「お前だお前! つか、マジで後頭部に十円禿できてるぞ」
「え? マジ? う、嘘じゃよな?」
「嘘じゃボケェー!! アホーーーッ! 何騙されてんだブワァァァカァァァァッ!!」
「んにゃ!? こ、こやつーーー!!」
「どうしたブワァァァァカッ!! どうしたブワァァァァァァァァカァァァァァァァッ!!!!」
「う、うう、うにゃ~!! ましろ~~! かえで~~!! いっとうがイジメるのじゃ~!!」
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