第25話 敗北の味
一刀は目の前に置かれた飯を食らう。
手づかみで口に入りきらぬほどの飯を詰め、ボロボロとこぼしながら食べる姿はまるで獣、というより野生児であった。
「これ! そうせくでない! 誰もとりゃあせん!」
「・・・・・・・酒がねぇぞ」
「重症者に呑ませる酒など無いわっ!! 薬湯でも飲んでおれい!」
「ッチ、使えねぇ」
悪態をつきながらも、珍しくも素直に薬湯を煽り、次々と飯を口に放り込む。
「おい、グズ。追加の薬湯を持ってこい」
お椀にお変わりのご飯やみそ汁をよそっていた楓に向かって、一刀は鋭い視線を向けながら命令する。
「看病してくれる女子に対してなんという言い草か! お主は感謝の言葉も言えんのか!」
「押し売りされる親切に何を感謝しろってんだ? 迷惑なだけだぜ。これだからババアの相手は疲れる」
「誰が、口うるさいババアかっ!」
「加えてクソが付くババアだろ。うざってぇたらありゃしねぇぜ。くたばったんなら、もう少し静かにしろ。気持ちわりぃ悪霊だな」
「なぜもっと悪く言うのだ! そこは「そこまで言ってない!」と否定してくれるところではないか!」
誰がお前などを擁護するかと思いながら、楓が用意した飯と薬を頬張る。
今度は薬湯ではなく、粉薬であったが、それをご飯の上にかけると一緒に食べてしまった。
もはや味覚が無いのではないかと思う食べ方だ。
「この悪たれ小僧が! もうちっと年寄りを労わる事はできんのか!」
「どうやって死んだクソ霊を労わるんだ? 坊さんでも呼んで成仏させればいいのか?」
「誰が成仏させろと言うたかっ! 妾は労われと言うておるのじゃ! もうちっと妾に優し~くできんのかと言うておるのじゃ!! こんなにもプリチィな妾を前にして暴言を吐くなどお主はバカなのか? 目が腐っておるのか?」
「はっ? お前何言っての? キモッ、えっ? マジでキモッ。お婆ちゃん大丈夫ですか? キモッ!」
見た目美幼女であるが、所詮中身は年老いたババア。
別に子供嫌いでも老人嫌いでもないが、だからと言って好きと言うわけでもない。
無暗に邪険にはしないが、無条件で優しくするつもりなど毛頭なく、何より己を可愛いなどと自画自賛する頭の可笑しな自意識過剰バカは大嫌いだ。
要するに今の艶魅のセリフは一刀にとって心底嫌悪する言動であった。
更に言えば、文才達が崇めている存在になど必要以上に優しくするはずもない。
「キモッとはなんじゃ! キモッとは!! そんな事ばかり言うておると心が穢れてしまうのじゃぞ!! 悪い言葉を使えば使う程己の心が穢れていくのじゃ! じゃからもうちっと人に優しい言葉を使うのじゃっ! そして妾を労われっ! 妾はこの地を守る守り神ぞ! 結構偉いんじゃぞ! これ聞いておるのかっ! 人の話をちゃんと聞かぬかっ!!」
ほんとにうるさい。関わらないのに限ると思った一刀は、黙々と飯を食べ始める。
そして腹が膨れると一旦箸を置き、静かに目を瞑ると、己の身体に意識を向けだした。
一刀の力は不死。
瞬時に傷を癒すことはできず、己が死なぬ程度までしか回復できない劣化した不死の力であったが、今では少しだけその力を自在に扱えるようになった。
意識せずにいると生きながらえる程度まで回復することしかできないのは相変わらずだが、今は意識すれば体の中にある栄養素を触媒に、傷を癒す速度を速めることができていた。
故に体内の器官を活性化さえ、胃に入ったばかりの食材を吸収している。
一瞬で全てが治るわけではないが、それでも無効一年は動けぬと診断されていた身体は、ここ数日の内に粗方骨や肉が作られ、あと10日もすればリハビリする必要もなく完全回復することだろう。
人外じみた回復能力であるのだが、それでも他の能力者達と比べると数段劣る力であった。
戦闘では使えない力。
一刀自身も己の能力はその程度であると認識しており、能力に頼るのではなく人本来の力で文才達と戦おうとしていた。
だが、まだ足りない。
文才の力、時を飛ぶと聞き及んでいたその力の対策はいくつか練っていたつもりだが、一刀の予想に反して文才の能力は強力で、手を伸ばしても奴の足元にすら届かない実力差を痛感させられた。
幻覚を見せる程度の能力であれば対策はいくらでも取れるし、遅れは取らない。
だが、数秒とはいえ未来を垣間見ては、その未来に飛ぶ力には対策しようがない。
しかも同時に数百と言う未来を飛ぶのだ。
そんなことされては何をしても意味をなさず、もはやお手上げといっていい。
文才への対策が思いつかない一刀は自分の不甲斐なさに歯噛みしながら、胃の中が空っぽになったことに気付き、また目の前に置かれている飯を食らう。
(・・・・絶望なぞしている暇はない。さっさと治して、脳みそフル回転させて対策の練り直しだ。絶望的な力の差があろうが、何だろうが必ず活路はある。野郎を殺す未来を見つけてやる)
絶対あの野郎を殺してやると気合を入れ、山もりの飯をまた掻っ込みだした。
「これ! さきほどから無視するでないわ! ええ加減にせぬと!」
「ッ! ゴフッ! ゲホゲホッ!!」
「ぬわぁぁぁ!? 血じゃ!? お主血を吐いておるではないか!? やはりまだ飯を食うには早かったのじゃ! 今からでも食うのを止めい!」
癒し続けているとはいえ、まだ内部は完全に治りきっておらず、無理やり内臓を酷使し続けているせいで一刀は血を吐き、近くのバケツに手を伸ばし、一旦胃の中の物を全て吐きだした。
血を失い、せっかく食べた物も失うがそんなことは関係ない。
また食えばいいだけなのだから。
「うおいっ!? ホント話聞かぬ奴じゃの! お主はっ!! もうよい! 楓! こんの大馬鹿者は言うても聞かぬ! 飯など食わせず無理やり点滴ぶっ刺してやれい! ついでに縛って包んで床に縫い付けてしまえい!」
「はい! 喜んで!!」
「テメェ等何ふざけたこと抜かしてんだ! ぶっ殺すぞ!」
「知らぬは馬鹿者! 馬鹿者とは思っておったが、ここまで手の付けられぬ大馬鹿者とは思わなんだ! 感謝もできぬ大ウツケめ! 少しは反省せい!!」
「クソキモババア! ざけんじゃねムガッ!?」
一刀が艶魅と言い合いになっていると、その隙をついて楓がどこからともなく縄を取り出し、一刀を捕縛し、床に拘束する。
「耳障りでしたので、ついでに口も塞いでおきました」
「ようやった楓! ゴーストム! じゃな!!」
「・・・・それを言うならばグッジョブではありませんか?」
「幽霊ジョークじゃ! 即席で考えてみたのじゃが、どうじゃった? おもろかったかの?」
「2点・・・・・・・・1点ほどかと」
「ぬ!? 辛口じゃのぉ」
「ウグーーッ!!」
それから一刀は不満を洩らそうとも、一切取り合わされることはなく、丸一日簀巻きにされ強制的に床に縫い付けられるのだった。
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