第24話 真夜中の楓
さほど好物でもなく、そしてうまくも不味くもない昆虫食を食べた修二はその日の夜、静かな眠りについていた。
栄養価が無駄に高い昆虫食を食べたおかげなのか、それとも艶魅が無理やり薬を飲ませた効果が現れたのかわからないが、その日はまるで息を引き取るように静かに寝付くことができた。
そんな夜の闇に紛れるように一人の少女が姿を現した。
「む? 楓か? こんな夜更けにどうしたんじゃ?」
「・・いらっしゃったのですか」
現れた女は眞銀の傍仕えである楓であった。
「その姿になるのも久しぶりなのじゃ。お主の本気度合いがわかるわい・・・しかし、全身ぴっちりとしたタイツというのはちと恥ずかしくはないかの?」
全身真っ黒でぴっちりと肌に張り付くタイツに身を包むその姿は、はっきり身体のラインが現れており、見た目がかなり卑猥である。
一応大事な部分は厚めの布で隠されてはいるのだが、それも最小限である為意味をなさない。
痴女と思われても仕方がない姿だ。
「・・これが一番闇に紛れやすいのです・・・・性能も一番いいですし」
楓自身、己の恰好がかなり恥ずかしいことになっていることは知っている。
だが、それを差し引いてもこの服の性能は良く、手放すことができないでいた。
「まあ良いわい。それで何しに来たのじゃ? も、もしや夜這いに!?・・・・・・冗談じゃよ?」
不謹慎な事を言われた楓がジト目を向けると艶魅は視線を外しながら弱弱しく呟く。
艶魅は神月家と他四氏族に信仰される対象であるのだが、今の艶魅からはその威厳がまったく感じられないのは・・・まぁ、どうでもいい事だろう。
「・・・この人がわからなくなりました」
艶魅にジト目を向けるのを止めた楓は視線を一刀に向けつつ、呟く。
「神木神様からのお話しでは、この方は私達に手を出すことを拒否しているとのこと」
一刀は痛みで動けずにいる間、周白を殴った理由を眞銀達に語った。
年端もいかぬ少女に好きでもない男に抱かれることを強要する。それが許せないということを。
それを許した親の行動が一刀の怒りに触れたのだと。
お役目と言う言葉の裏に彼女達を道具として扱っている事を許せなかったと語られた。
怨みを持つ家の子であり、憎むべき家の子であるにも関わらず、私達の理不尽な境遇に怒っていた。
それが楓には理解できなかった。
「なぜ、この人は私達に怨みを晴らそうとしなかったのでしょう。あんなに私達に殺意を向けていたのに・・・」
怨みを抱く相手を辱める絶好の機会。
私達は彼にとって怨みを抱かせている家の者。
優先度の高い者では無かったとしても、敵であるならば苦しめようと思うのは当然であるのに、彼自身がそれを良しとしなかった。
「恐らく一刀が怨んでおるのはこの地とこの地に住まう四氏族と神月家、そして文才達大人を怨んでおるのじゃろう。四氏族に生まれ落ちた楓達は運が悪かったとしか思っておらぬのじゃろう。誰もどこの家に生まれるかなど決められぬからのぉ」
故に楓達への怨みは比較的少ない。
だが、それでもこの地に住まう神月家や四氏族であり続ける限り、一刀は楓達へ心を開くことは無いだろう。
そう艶魅に謂れ、楓は静かに一刀を見つめる。
「文才様は、この人に躊躇なく力を使いました」
「そうじゃな」
「私達の力は人を傷つけるために使うモノではなく、悪鬼を滅するために使う力です。仮に人に使う場合は悪人にのみ使うべきと思います」
「そのとおりじゃ」
強大すぎる力は悪人以外に使うべきではない。
戦国の世では、村を守るために致し方なく使うことも多々あったが、今は刀を振り回すこともなくなった平和な時代。
人同士で殺し合う時代は終わったのだ。
故にそう易々と力を使うことは無くなった。
「けれど、文才様はこの方にお力を使いました。死なないと知っていても、生き返ると知っていても、なぜ自分の孫を何度も殺せるのですか?」
「・・・・・・・・」
いかに縛りの強い四氏族家の一つ影宮家に生まれた楓であっても、こんなになるまで痛めつける文才の行動が理解できなかった。
そして孫を躊躇なく殺す文才の思考が理解できなかった。
「お怒りは理解できます。この人はあまりにも横暴で躾が必要かと聞かれれば、頷かざる得ません。こんなに大きな子供を躾けるには暴力を振るうこともやむなしと思います。ですが、あれは躾ではありません。ただ人に死を与えるだけの心ない行為です」
「そう・・・じゃな」
不死であると知っていても、手にかけることなどできない。
憎たらしい孫だとしても、それでも殺すなどできるはずがない。
そこまで文才様は心無い人では無いはずなのに・・・。
「もしかしたら、この人は昔からこういう風に扱われていたのでしょうか?」
「さてな。妾も目覚めたのは眞銀が生まれた時からじゃて、その時には一刀はこの地におらず、何が起こっていたのかわからぬよ。じゃが、楓の言う通り不死だからというて、このような扱いをされていたのであれば、儂等に怨みを抱いていても致し方ない事ではあるのぉ」
楓が生まれる前から、宮塚家は栄えていた。
それは医学がどの国よりも最先端を走っていたからだ。
そして世間に公表している技術も宮塚家からすれば氷山の一角に過ぎず、まだまだ宮塚家の懐には未知の医術が隠されていた。
その一端を譲り受け、影宮家は毒に通じる技術を持ち得た。
だが、もしもその毒の技術を譲り受けるとき、何かの密約を交わしたのであれば。
そしてその毒を試すために、ネズミではなく、人を、一刀を実験体にしていたのであれば・・・・・。
「・・・・・・・・」
嫌な想像をしてしまった楓は一刀から視線を逸らす。
そんなことあるはずない。
自分の両親がそんな非人道的な行為を許すわけがない。
「この人の過去を色々想像しましたが、私は私が見てきた文才様を信じます。宮塚家を、影宮家を信じます。もしもこの人に酷い事をしていたとしても、私の両親はそれを見て見ぬふりをする人でなしではありません」
「・・・うむ、そうじゃな。妾の誇りである四氏族はそのようなことはせぬ。何より神月家がそんな狂気を許すはずもなし。うむうむ、楓よ。お主は己の信ずる道を進め。その道が誤りであったならば、妾が正してやるでな」
「・・はい」
故に楓は己が見てきたことを信じた。
同じ時間を過ごし、幸せに過ごしてきた家族を信じた。
それは当然のことであり、致し方がない事ではあったが、それは真実から目を背ける行為でもある。
その可能性を艶魅は知りつつも、ここで楓の憶測を追求しては、この幼子には負担をかけすぎると思い、ただ楓が選んだ判断を肯定する。
もしも信じた道が間違いであれば己が正せばいいと、そう思っているのだから。
(・・・・・この地の者は嫌いだ)
意識だけを覚醒させながら、静かな寝息を立てる一刀。
よもや声が届いているなど二人は知る由も無い。
(やはりこの地に住まう人種は、誤った道であろうとも最後には信仰する者に判断をゆだねる愚か者だ)
そんな一刀の想いも知らずに、楓と艶魅は語らい続けるのだった。
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