第23話 嫌がらせ


 文才の技で手足は肉も残らぬほどの重症を負った一刀は、文才の技が終わると同時に多くの宮塚家の医者に囲まれ治療を施された。

 宮塚家の者に己の身体を弄られることを嫌い一刀は暴れるも、手足の無い状態では満足な抵抗も出来ず、強制的に治療を受けることとなった。


「・・・・・・・・」


 そして相も変わらず一刀は神月家に世話になっていた。

 本来あらゆる治療器具が揃い、優秀な医師を抱える宮塚家に世話になる方が良いのだが、宮塚家に運ぼうとするたびに、一刀は己の舌を噛み切り自害するので、見かねた艶魅がこれ以上死なせぬために、この場で面倒を見るよう命じたのだ。

 何度自害しようとも一刀は死なぬことを知った。

 それを知っても、死ぬまでの痛みが消える訳もなく、苦しみもがく一刀の姿をこれ以上見ていられなかった。


 故に一刀の希望に沿うことにしたのだ。

 まあ、流石にこの街から出せや文才達を殺せという希望には答えられないが、それ以外の願いならば極力叶えよと思っていた。


「・・・・・・・・」

「・・・・眠れぬのか?」

「・・・・・・・・」


 艶魅の問いかけに、一刀は視線を向けたのちに、傍に置かれている水桶に手を伸ばし中に入っている手拭いを掴む。

 大量の薬を投与し、更には先日の一件以来能力が成長したのか、驚異的な再生能力を身に着けたおかげで、僅か二日で両腕が生えた。

 能力が開花したと文才は言っていたが、どうやらあの言葉は偽りでは無かったようだ。

 ただ腕が生えても見た目だけで中身までは完全には治りきっておらず、力が入らない腕では満足に濡れた布を絞ることなどできなかった。

 手拭いを持ち上げるだけで精いっぱいである。

 その為、ずぶ濡れの手拭いを引きずるようにして顔まで運ぶと、べしゃりと顔に貼り付けた。

 それが今の一刀にできる限界であった。

 誰か看病してくれる者がいれば、こんなことはせずに済む。

 それは本人も理解はしていたが、宮塚家の者を傍に置くことは勿論、この地に住まう者を傍に起きたいとは思えなかった。


 一応女としての恐怖を与えられたにも関わらず、眞銀と楓が意を決して看病すると志願してくれたが、それも受け入れることは無かった。

 本当は艶魅もいなくなり一人で過ごしたいと思っているが、動けない状態であってもどうにかして逃げ出すと思われているのか、それだけは聞き届けられなかった。

 そしていつの間にか山から下りて来たタヌキ達が一刀に寄り添おうとしてが、流石に重症者の傍に野生動物を放置するのは、傷にばい菌が入る危険性があるとの結論から、眞銀達に捕まっている。


「何をやっておるのじゃお主は・・まったく世話の掛かる」


 艶魅は一刀の顔面に張り付けていた手拭いに触れると、綺麗に折りたたみ、おでこに乗せた。

 本来現世の物に触れることができないが、なぜか一刀が触れている物であれば触れることができた。

 このことに気が付いたのは一刀が無理に飯を食べようと手を伸ばしたときにお椀がひっくり返しそうになったので、慌てて手を添えたことで判明した。

 まさか本人も触れられるなどとは思ってもおらず、せっかく支えたのに驚きのあまりお椀を一刀の顔面目掛けて放り投げたのはいい思い出?・・・まぁ、いい思い出である。


 それからは、艶魅は一刀が満足に動けぬ事をいいことに色々と調べ、ついには一刀の身体の一部が触れていれば、その触れている物に触れることを知ったのだった。


「そろそろ喉が渇くじゃろ? 水が飲みたいのじゃったら水差しにふりゃれ。妾が飲ませてやるでの」


 一刀が物に触れてさえすれば、現世の物を艶魅も持つことができるので命じるも、一刀はただ面白くなさそうに顔を顰めるだけで動こうとはしなかった。


「そんなしかめっ面をするでない。ほれ、はよう手を伸ばさぬか」

「・・・・・・ッチ」


 艶魅の言うとおり喉が渇いている。

 なので仕方なさそうに一刀は水差しに手を伸ばした。


「ちゃんと触れておれよ」


 艶魅は一刀の手を包み込むように持ちながら水差しをそっと持ち上げ、ゆっくりと口元へと運ぶ。

 面白くなさそうな顔のまま一刀は特に暴れることもなく、傾けられる水差しに口を付けた。


「ッ!・・ウッ・・・グ・・・ゴッ・・グン」


 文才の攻撃で内部まで損傷しているため、水を飲み込むことさえ痛みを感じる有様。

 胃が受け付けず吐き出そうとするが、無理やり飲み込む。

 無理やり飲み込んだせいで、まだ完全に治っていない胃が締め付けられるようにギリギリと痛むがそんなのは無視だ。


「・・・・・・・・・・めし」

「またそのような事を言うておるのか。まだ無理じゃと言っておろう。諦めて宮塚家に全てをまかせい・・・といっても無駄な話よな。お主宮塚家が一番嫌いじゃからな。じゃったら。宮塚家とは関わり合いの無い医者を連れてくるのはどうじゃ? 流石に四氏族のどこかと縁はあれども、宮塚家のお抱え医師よりマシじゃろ?」

「・・・・・・・・・・めし」

「今の時代、かなり医術が進歩したと聞き及んでおる。意地を張らずに治療を受けよ。お主とてできるだけ早く傷を治したいであろう?」

「・・・・・・・・・・めし」

「・・・・聞いておらぬし」


 無感情の瞳でただ飯を要求する一刀に艶魅は深くため息を吐く。


「なにが食いたいんじゃ、言うてみよ。眞銀にでも用意させよう」


 眞銀に用意させるという言葉に、一瞬だが一刀は眉間にしわを寄せるが、この状態では致し方なしと思ったのか、観念する。

 ただし


「・・・・コオロギ」


 細工がしづらく、女子が嫌がりそうな食材を所望した。


「こ? こおろぎ?・・・・聞き間違いかの?」

「・・・イナゴ・・佃煮・スズメバチの・・・前蛹しゃぶしゃぶ」

「まてまてまてまてっ! 先程からお主は何を言うておるのじゃ! それは全部虫ではないか! お主は虫を食いたいと申すのか?」

「カミキリムシ・・・素焼き・・・芋虫の・・丸焼き」

「えっ? マジで言っておるのかの? 虫じゃぞ? 虫? 確かに妾が生きとった時代では食うものなくて致し方なく食ろうておった経験はあれども、今の世にわざわざ虫を食わずとももっと美味なるものが・・・」

「蝉・・・」

「聞いておらぬのは良いとしても、マジで虫食う気じゃよ。うわ~、マジでうわ~なのじゃよ。ほんにこの時代に生きる者の思考ではないのじゃよ」


 虫料理など普通はもっと嫌悪感を持つものだが一刀にはその嫌悪感は全くなく、本当に虫を食べたいと言っている事を感じ取り、艶魅は引きつった笑みを浮かべる。


「ま、まあ、わかったのじゃ。全て用意できるかはわからぬが、頼んでみようぞ」


 そう言うとフワフワと浮かび部屋を出て行こうとするが、


「・・・眞銀に・・用意・・させろ・・・言葉通り・・だぞ」


 何故そんな料理を所望したのか理解した艶魅は、一刀に詰め寄った。


「??・・・・!? お、お主! まさか眞銀に虫を捕まえて来いと言うつもりかの!? ここが都会ではないと言ってもあの子は箱入り娘ぞっ! 怖がるに決まっているであろ・・・・あーーーっ! そうか! お主! ただ嫌がらせで所望したな! なんという男じゃ! 」

「お前が・・用意・・させると・・・いった・・・テメェの・・・吐いた・・言葉・・・・責任・・・もて」


 息も絶え絶えになりながらも一刀はどこか楽し気に笑みを浮かべ瞳を閉じ眠り始めた。

 その寝顔はどこか満足気であり、その寝顔を見た艶魅は何度死んでも嫌な性格は変わらぬようじゃなと疲れたように眉間にしわを寄せながら、どう要望に応えるべきかと頭を悩ませるのだった。


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