第22話 一刀の力


 それから数日過ぎて一刀の怪我は異常ともとれる速度で回復していった。

 そしてようやく傷が癒えだしたころ、一刀は独特なリズムを取りながら、道場内を走っていた。

 一瞬早く走ったかと思えば、亀よりも遅くそれでいて一刀の身体が何度もぶれ、強く踏みしめたはずにも関わらず足音が全くせず、逆に静かに足を持ち上げた瞬間地面を蹴る音を響かせたりと、摩訶不思議な事ばかり起こるなんとも説明しづらい走りをしていた。


「面妖であるな・・・おっ、残り拾であるぞ」


 走る一刀の横にはもはや所定位置とかした艶魅が、壁にかかっているストップウォッチを眺めながらフヨフヨと漂っていた。


「参・・弐・・壱・・零! 終いじゃ! 約束通り休めい!」


 その言葉に一刀は走るのを止めると、休むことなくその場で筋トレを始めた。

 大量の汗が流れ、呼吸が乱れているが、それでも止まることはなかった。


「のぉ、妾終いと言ったはずなのじゃが、なぜ休まぬのじゃ? さっき約束したよの?」

「・・・・・・・」


 艶魅の質問には答えず一刀は黙々と筋トレを続ける。

 生った肉体を少しでも万全に戻すために。


「これっ! また無視するのかや! そうやって状況が悪くなれば無視するのはお主の悪い所じゃぞ! ちゃんと走り終えたら休むと約束したのじゃから守らんか!」

「・・・・・・走るのを止めると言っただけだ。休むとは一言も言ってねぇ」

「なんじゃと! 妾をたばかったか!」

「・・・・・・・」

「むきー! また無視かや! また無視かやっ!! そういう態度とるかや! よーし、お主がそんな態度取るなら妾とて考えがあるのじゃ! くらうのじゃ!」


 艶魅は腕立て伏せしている一刀の右手を掴むとグイッとひっぱり邪魔をする。

 だが、


「な、なぜ倒れぬのだぁー!!」


 一刀は右腕を引っ張られても、もう片方の腕で腕立て伏せを継続していた。


「・・・・アホ」


 片腕とられたくらいで邪魔できると思ったのかと一刀は呆れたような視線を艶魅に向ける。


「ぐぬぬぬぬ、バカにしよってからに! しばし待つがよいのだ!」


 一刀の手を離すと、艶魅は部屋を出て行った。

 そしてしばらくすると、タヌキ達を引き連れた艶魅が戻ってきた。


「ヌハハハハハッ! これでお主も終わりよ! 行け者ども! 一刀の手足にしがみ付き存分に邪魔みゃ!?」


 テンションが高くなっているせいなのか、艶魅は舌を噛み悶絶する。

 涙目になり、パタパタと足を振るが、タヌキ達はそんな艶魅などには目もくれず、規則正しく上下する一刀の横でちょこんと座り眺めていた。

 そして、何を思ったのか一匹の子タヌキが助走をつけて一刀が腕を曲げた瞬間、思い切り飛んだ。


「きゅっ!」

「「「「きゅお~~!!」」」」


 飛び越えた先で子タヌキがどうだと言わんばかりに胸を張り、その光景に他の子タヌキ達は凄いぞと言わんばかりに鳴く。

 そして、僕も僕もと言った風に子タヌキ達は助走をつけて次々と飛び越えて行く。

 時々ジャンプ力が足りなかったり、タイミングがずれて一刀にぶつかりそうになるが、そういう時は一刀が子タヌキを捕まえ己の背中に乗せるので、怪我をすることはない。

 トレーニングの邪魔をされているのだから、ぞんざいな扱いをされても可笑しくないのだが、今回に限ってはタヌキ達の行動は一刀にとって良いトレーニングなるので見逃していた。


 タヌキ達が飛ぶことにより、一定のリズムを維持し続けなければいけない。

 突発的な体当たりを警戒しながら素早く対処するのは良い反射神経の訓練になる。

 故に、子タヌキ達の行動は一刀のトレーニングには良い刺激になっている為、見逃しているのだ。

 まあ、タヌキ達からしたら遊んでもらえているとしか思っていないが。


「こらーーー! お主等何をしているか! 遊んでおらぬでちゃんと邪魔せぬか! 一刀はまだ完全に傷が癒えておるわけではないのだぞ!」

「「「「「「きゅきゅきゅっ!!」」」」」」


 ウガーと怒る艶魅の言葉など遊びに夢中になっている子タヌキ達に届くはずもなく、結局艶魅一人で必死に一刀のトレーニングの邪魔することとなった。





「曲芸師として食べて行けそうですね」

「うん、凄いね。そしてあんなに懐かれている一刀さんはやっぱりズルイと思う」


 一刀に集まり遊び回る子タヌキ達と、その子タヌキ達の遊び相手というより、子タヌキ達の遊びを利用してトレーニングを行う光景は、まるで猿回しのよう。

 見ている分には面白く微笑ましい光景であったのだが


「滑稽であるな。だからお前はいつまでたっても弱いままなのだ」


 眞銀達とともに訪れた文才が、その光景を見て悪態をつくことで、その微笑ましい光景は終わりを迎えることとなった。


「・・・・・何しに来やがったクソ野郎」

「なに、未だに神月家の皆様にご迷惑をかけている大バカ者を迎えに来てやっただけよ。これよりお前の世話は宮塚家が見てやる。光栄に思うがよい」

「ハッ、誰が行くかよ。やっと身体の調子が戻ってきたんだ。明日にでも出て行かせてもらうぜ」


 一刀は小馬鹿にした笑みを浮かべるも、文才はただ薄ら笑いを浮かべる。


「戻ってもお前がねぐらにしていたマンションはもうないぞ。何やら火事があったとかで、燃え尽きてしまったようだからな」

「・・・・なに?」

「幸い人的被害はないが、お前の持ち物は全て灰になってしまったようだぞ。なんとも不憫な事だな。あぁ、それとここら周辺の交通機関は規制がかかることとなった。なんでも疫病が流行っているとのことで他県に移動することも、他県の者が訪れることも禁止された。どうしても出てゆくのであれば我等の許可を得ぬ限り出ていくことはできぬぞ」

「・・・・・・・」


 薄ら笑いの意味を理解した一刀は静かに笑みを消し真顔になる。

 怪我で動けないでいる間に、色々と手を打ったのだろう。

 俺の住み家を燃やし、この地に留めるために疫病が蔓延したという誤報で足止めをする。

 決して小さくない街をたった数日で封鎖させるとはな。

 今のご時世街を隔離させるのはかなり大ごとになるだろう。

 そんな大それたことを難なくこなせるこいつ等の力がなんとも憎らしいな。


「疫病じゃと!? 危ないのじゃ! 気を付けるのじゃぞ一刀! お主は怪我で弱っておるのじゃからな! 病にかかってはもっと酷い目にあってしまうのじゃからな! そ、そうじゃ! 湯たんぽを用意せい! あと半纏と火鉢を用意するのじゃ! あと酒じゃ! 熱燗で一杯やると病魔も退散できるとナマクラ坊主が言っておったわ! 酒じゃ酒じゃ! 酒を持ってまいるのじゃ!」


 そして艶魅は文才の言葉の裏も読まずに信じこみ、一刀にさっさと汗を拭き暖かくして寝ろ酒を飲めと騒ぎ出す。

 二人から発せられる空気を読めばそんな言葉など普通は出てこないだろうがよ。

 現に眞銀も楓も文才が発した言葉の思惑に気付いており、艶魅のように慌てることはなく、ただ事の成り行きを見守り、口を噤んでいた。


「・・・そっちがその気なら俺をこの地に残したことを後悔させてやるよ」

「ほう、何をするつもりだ」


 余裕綽々と言ったように顎髭をさする文才に、一刀は笑みを浮かべる。


「簡単な事だ。テメェ等が後生大事にしている神木神を殺してやる」

「・・・おうぇっ!? 妾かの!? 何ぞそんな話になっているのかの!? なんぞ妾を殺すの話になっているのかのっ!?」


 俺が何故この地に訪れたのかわからないし、訪れるにしてもこいつらに反撃する準備が整ってからの話だった。

 なのに、俺の意思とは関係なく俺はこの地に訪れた。

 抗う力など、この身一つだけ。

 戦いにもならないこんな状況だが、ここに訪れてこいつ等が信仰する神木神に会い、俺だけがこいつ等の大事な神木神に触れられることがわかった。

 それが俺に残された最後の武器であり、最大の武器である。


「ふにゃっ!? こ、これ! 一刀! 行き成り抱きしめるでない! ひ、久しぶりの温もりに経験豊富な妾であってもときめいてしまうわい」

「・・・きもちわりぃ」


 傍でフヨフヨ浮かんでいた艶魅を後ろから抱きしめその首に手を添える。

 なぜか抱きしめると恥ずかし気にいやんいやんと頬に手を当てたり、首に手を添えれば、猫の様に喉を鳴らしているが気にしてはいけない。

 というか、コイツは本当に状況をまるで理解していないな。

 空気の読めない奴が一人いるだけで、やる気がそがれてくるぞ。


「一対貴様は何をしている」

「あん? ああ、そうかテメェには見えてねぇんだったな。今俺はお前等の大事な神を人質に取ってんだよ。わかるか? わからねぇだろ? 今コツの首に手を添えてんだ。少しでも可笑しな真似しやがったら、すぐにお前等の大事な神を殺してやるよ」

「な、な、なんじゃとー!? 顎を撫でるのかと思いきやそんな物騒な事考えておったのか! 怖いのじゃ! とっても、とっても怖いのじゃー!!・・・はて? じゃけども妾、とっくの昔に死んどるよ? 今更殺されるとは思えぬのじゃが??」


 知らねぇよそんな事。

 つうか、殺すって言ってんのに何でコイツはこうも間抜け面晒していられるんだ。

 少しは怖がれよな。

 子タヌキ共も足に纏わりつくな! こっちは遊んでんじゃねぇっての!


「ふん、下らん。寝言は寝て言うのだな」

「なんだ。信じねぇのか?」

「信じる訳もなし、貴様では我等の神を害することは不可能。そして・・・・」


 文才の身体が一瞬ぶれたと思った瞬間、一刀の髪が数本切られた。


「下らぬことをするならば、儂の目の前ではやめておくことだ。でなければ刹那にて貴様の企みを潰してやろう」


 目にも止まらぬ神速の斬撃。

 そう見えなくもないが、別に文才の剣術が人外じみている訳ではない。

 ただの能力によって神速を生み出しただけに過ぎない。

 やはりコイツを殺すのは一筋縄ではいかないか・・。


「戯言に付き合うなど時間の無駄だ。今回儂がわざわざお前に会いに来てやったのは、貴様を宮塚家に連れ戻すこと。そしてさっさと使命を果たしてもらうために来たにすぎぬ」


 そう言うと、文才は眞銀と楓に視線を向け恭しく礼をする。

 すると眞銀は戸惑いながらも一歩前に出た。

 それに続くように楓も静かに前に出る。

 つかコイツ等俺が艶魅を人質に取っているのが見えているはずなのに何も言ってこねぇけどマジ何なの?

 お前等が守る大事な神じゃねぇのかよ。


「・・使命ねぇ~」

「のう一刀や。流石に眞銀達も見ておるし、そろそろ離してくりゃれ。やはり男女のあれこれとは明け透けなく人様に見せつけるモノではなく、二人っきりで、そう密会? するものじゃと思うのじゃよ。それに妾と一刀はそういう中でもあるまい? 確かに妾が魅力的で、かわゆくて、美女である故に抑えがきかぬのはわかる。時代を超える美女であることは妾がよ~く知っておる。じゃがな情欲に吞まれ人目もはばからず致すのは、少々人としてあれじゃよ? 獣でもそこら辺は一目を気にするのじゃからの? それに妾は昼より夜派じゃし、やるなら柔らかな布団の上で甘い言葉で愛を囁かれながらの方が好みひぎゃっ!?」


 もはや捕まえていても人質としての価値もなく、もはや騒音でしかないと思った一刀は、バカなことを言う艶魅の頭を叩き解放した。

 僅かに眞銀と楓が安堵したように見えたので、艶魅の姿が見えている二人には有効のようだ。

 まぁ、一番動きを止めたい奴には効果がないので意味ないが。

 

「・・・そういや、そいつ等とガキをこさえろとか言ってたっけか」

「あいたたた。躊躇なく叩きおってからに、全くちょっとしたジョークではないか。まったく・・ん? いま使命と言ったな。そうかそうか一刀もようやくその気になったか。うむうむ、いい事じゃぞ。愛とはとても良い事なのじゃ、良い事なのじゃが、まさか今からおっぱじまるのかえ? こ、こんな真っ昼間からかえ? そ、それは少々性急過ぎると思うのじゃよ。まだ一刀は眞銀達と知り合ったばかりであろうし、互いのことを知らぬ間柄であろう? 確かに子をなすことは賛成じゃし、申し訳ないが契ることは決定事項じゃが。もっとこう、ぶ、文通などをしてじゃの。心の距離を縮め、愛を育んでからでも遅くはあるまい? 行き成り番うのはやはり性急過ぎじゃよ。の、のおっ? 一刀もそう思うやふぎゅ!?」


 一度黙ったと思ったら、またすぐ空気を読まずに騒ぎ出す艶魅。

 あまりの騒がしさに、耐えかねて一刀は艶魅の顔面を鷲掴みにし、アイアンクローでもって黙らせる。


「覚えておるならば話が早い。では早速すませろ。お前を宮塚家の当主候補として役だてる数少ない使命であるぞ」

「クックックッ・・・・・」


 種馬扱いかと一刀は笑いながら眞銀と楓を見る。

 眞銀は戸惑いつつも、それが自分のなすべきお役目だと使命感を帯びているのか、恥ずかしそうに俯いてジッとしている。

 楓は相変わらずのしかめっ面であり、向けてくる視線はいつもよりも厳しい。


「・・・・・・・・何をされても使命と思い受け入れる女。方や使命とわかりつつも、嫌悪感を隠す気のない勝気っぽい女。真逆に近い性格の女共を、しかも俺が大嫌いな神月家と影宮家の血筋を遊び穢せるってのは控えめに言っても・・・・最高だな」


 下卑た笑みを浮かべ二人を見つめると、二人共背筋に言いようのない寒気を覚えた。

 今まで一刀から悪態や殺意を向けられたことはあっても、気味の悪い視線を向けられたことなど一度もない。


 いつも暖かくない視線を、言葉を投げかけられた。

 それでも、自分達をまるで物の様に見ることなどしなかった。

 一刀にとって憎むべき家の者であると言うのは理解しており、どんな理由があるのかわからないが、それほどまでに憎まれるだけのことを自分達の家は何かしたのだろう。

 それでも一刀は自分達を人として見てくれていた。

 憎むべき人として見てくれていた。

 なのにまるでその笑みは、その視線は、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりで、自分達を人ではない、ただの物だと言わんばかりであった。


 カタカタカタッ


 それを感じ取った二人の身体が勝手に震えだし、眞銀は一歩後ろに下がり逃げ腰になってしまう。

 使命だと、自分達は立場ある人間であり、家を守るためには、力を失わない為には一刀に抱かれなければならない、子をなさなければならない。

 嫌われていても、好きではなくとも、それでも悪い人ではなさそうだと思っていたから受け入れることができた。

 それなのに、今の彼には近づきたくない。

 女としての自分が恐怖を感じ、二人は逃げ出したくなった。


 そんな二人の心情の変化に文才も気付いているが、特に慰めることも、一刀を諫めることもしない。

 たとえ少女達の心に深い傷を残すことになろうとも、受け継がれなければならない力がある。

 子供さえ無事に生んでくれればそれでいいと、文才は考えていた。


「最高だよなぁ。無抵抗な敵を苦しめられるなんざなかなかねぇ。マジで、ホントに・・・最高だ」

「ムグッ! ムグググッ!」


 故に文才は二人を助けることはなく、一刀が近寄っていくのも止めはしない。

 唯一この場で一番の発言力を持つ艶魅は、一刀の手の中で口を塞がれたまま暴れながら物申しているが、その声が一刀に届くことはない。

 勿論艶魅の姿が見えない文才にも声が届くはずもなく。

 そして、誰にも止められることなく一刀は二人の前に立つとゆっくりと進み、眞銀に手を伸ばす。


「ま、まってください。は、初めは私が、私がお相手します。だから眞銀様には!」

「邪魔だ」

「ッ!?」


 恐怖に打ち勝ち眞銀を守らんがために立ちふさがる楓であったが、一刀はそんな彼女の決意を汲み取ることはなく、辛辣に楓を突き飛ばした。

 ただ軽く押されただけにも関わらず、いつもと違う一刀のイヤな雰囲気に足腰に力が入らずペタリと床に座り込んでしまう。


 悪意や殺意に晒される訓練は積んできたが、まるで身体中を虫が這いずるような気持ち悪い感覚など初めての経験であり、そして自分の女としての何かが危機感を覚えて身体が強張り、力が入らなくなってしまった。


「・・・やっ・・・いや・・」


 自分を求めて伸びてくる手に眞銀は無意識に否定の言葉を発しており、その手が眞銀に触れるその時、


「ぷはっ! 【止めぬか馬鹿者!】」


 一刀の手から何とか逃れた艶魅が眞銀の身体に乗り移り、力を使った。

 言霊に縛られ、一刀は石像のように動きを止める。


「なに邪魔してんだよ。テメェ等が求めたことだろ? こいつ等を孕ませろってよ」

「じゃからと言って犯すことを許してはおらぬわっ!! 文才! お主もお主じゃ! あまりに性急すぎるわ! 眞銀達が可愛そうではないかっ!!」


 怒りを露わにした艶魅が、文才を叱咤する。

 その言葉に文才は深々と頭を下げた。


「神木神様のお優しいお心がお変わりなく、この文才喜ばしく思います。

 ですが、この話ばかりは引けませぬ。

 神月家のご息女様も、影宮家のご息女も己の使命を理解し、納得の上で不出来な我が孫から性をもらい受けるために心を決めております。

 家の存続を、悪鬼と戦うための力を失わぬようにと決意しておるのです。

 それがどれほど重要な事か、どれほど大事なお役目か神木神様も十分ご理解の上とお思いでしたが違いますか?」

「確かにお主等の力が無くなり、悪鬼の対抗手段がなくなることはこの世にとって損失であろう。

 じゃがな! 女の操を物の如く扱うことを許した覚えはないわっ! 眞銀達はまだ

15! まだ心が成熟しておらぬ年であろう! なれば少しくらい時間を作らぬか!」

「15であれば問題なく成熟しております。

 そして、ひと月以内に孕んだとしても出産時には16となっており、心身ともに今とは比べ物にならぬほど成長している事でしょう。

 もしも親愛や友愛を育みたいのであれば孕んでいる間に結べば良き事、神木神様が心配することなどございませぬ」

「妾は眞銀達に強姦紛いな行為をさせるなと言っておるのだ馬鹿者! 望まぬ関係を敷いたのは妾達であるが、だからと言ってこの子等を弄ぶ行為を許した覚えはない!」

「なれば、時間をかけろと申しますか? 悪鬼の気配が強まるこの時をただ傍観せよと? 下手に時間を与えてしまえば、この者達が子をなさぬ前に死ぬかもしれませぬぞ」

「死なぬわっ!!」


 眞銀達が殺されるという言葉を聞いた瞬間、艶魅はその言葉を真っ向から否定する。


「妾が目覚めておる限り悪鬼などに殺させはせぬ! 妾に仕える忠義あるお主達がいる限りこの子達は死なぬ!」


 己の決意を示すように眞銀の身体が僅かにぶれ、幼い姿の艶魅の姿ではなく、成長した大人の姿となった艶魅が映しだされる。


「文才! 今は妾がおるのじゃ! 妾が目覚めておるのじゃぞ! だから・・だから大丈夫なのじゃよ。妾が目覚めている限りこの子等を死なせはせぬ。だから大丈夫じゃ。今度こそ大丈夫なのじゃよ」


 静かに文才の傍に歩み寄り、その頬に手を添える。


「主の家族が殺されてしもうた時とは違うのじゃ。

 妾が目覚めた今、伸ばしても届かぬなど悲しいことは起こらぬのじゃよ。

 じゃから大丈夫なんじゃよ文才。

 もうお主は身内を失わせはしないのじゃよ。

 じゃからあの子達に時間を与えてくりゃれ。

 その身を差し出す運命は変えられぬが、せめて心を通わせらえる時間を与えてくりゃれ」

「・・・・・・悪鬼の数が年々増えているのです。

 まるで呪いに合わせるかのように増えているのです。

 いかに貴方様のお力添え頂けても不安なのです。

 ですから少しでも早く力の継承が必要なのです。

 儂は次代を担う子達が欲しいのです」


 現状を知る文才にとって、それが非人道的な判断だと言われようとも、後世に力を残すためには致し方ない犠牲であり、長として正しい判断であった。

 憎まれることなど百も承知、怨まれ殺されることさえも受け入れていた。


「ありがとうのぉ。文才。

 自ら憎まれ役をかってくれてのぉ。

 お主がやらなければいけないとはいえ辛かろうて。

 じゃけれどもすまぬ。

 そんなお主の意志を曲げてはくれまいか? 心を殺し、歯を食いしばりながら未来に進むことが必要なのも知っておるが、仲間であり、家族のようなお主等が眞銀達の心を殺しにいってはいかぬ。

 心を蔑ろにしてはいかぬのだ。

 それをしてしまっては妾達も悪鬼と変わらぬようになってしまう」

「・・・・・・・・」

「だから文才頼む。

 人のまま道を歩んでおくれ。

 悪鬼を滅する為に悪鬼になろうとしないでおくれ。

 どうか人の道を歩み続けておくれ」


 艶魅は眞銀の身体を借りて必死に懇願する。

 その姿に流石の文才も折れたのか、静かにため息を吐き、首を垂れる。


「神木神様のお望みどおりに致します」

「うむ、すまぬな文才。

 世話をかける。

 楓や、辛いと思うが眞銀を支えてくりゃれ。

 これ以上は眞銀の身体が持たぬでな」

「は、はい!」


 文才の言葉を聞いて納得した艶魅は眞銀の身体から抜け出す。

 楓は艶魅に言われた通り倒れそうになる眞銀を必死に手を伸ばし抱きとめると、そのまま眞銀を守るように抱きしめた。


 了承を得ずに無理に身体に入り込み長い時間居座ったのだ。

 いつもより負担をかけてしまったと申し訳なく思う艶魅であるが、今はそんなことよりも一言、いや二言、いやいや、説教せずにはいられぬ者がおると思い、視線を一刀に向けた。


「一刀も一刀じゃ! いくら眞銀と楓がかわゆいからと言うて! 欲に飲まれるとは何事かっ! 嫌がる女子に手を出す気はないと言うておったではないか! ふざけるなと激怒しておったではないかっ! あれは嘘かバカモノ! 恥を知れっ!!」

「うるせぇな。そんなことより動けねぇだろ。どうにかしやがれ」

「ふん、そんなもの後数秒で解けるわい。それよりもお主にはまだまだ言いたいことがあるのじゃ!! 今日は特別長い説教をくれてやるでのっ! 覚悟す!?」


 数秒と聞いた瞬間一刀は全神経を研ぎ澄ました。

 数秒後に訪れる己の自由に合わせて最高の一撃を出せるようにと・・・。

 そして艶魅の言葉通り、すぐに身体の自由が戻ったその瞬間、一刀の身体は真っ直ぐ文才へと向かい、槍の様に鋭い手刀が文才の心臓目がけて放たれた。


 一刀は端から眞銀と楓になど眼中にない。

 仇の神月家や、それに仕える四氏族の影宮家の息女。

 憎むべき仇の娘を抱きたいなど誰が思うだろうか。

 一刀にとってはこの地で抱きたい生きた女などいる訳もなかった。

 ここで興味があるのは、お前達の死だけだ。


 そして何より、今目の前にいる文才が一番殺したいほどだ。

 まるで千年恋焦がれる程に想い続けたほどだ。

 そんな存在が目の前にいるのに目移りなどできる訳もない。

 女を無理やり孕ませると言えば、下卑た笑みを浮かべれば、勝手に勘違いし、無防備に近づく隙が作れる。

 だからワザと女が嫌悪する笑みを張りつけ、演じたに過ぎない。

 全ては文才を殺すため、この一撃を文才に届かせるためだけの化かし合いでしかなかった。

 そして、放たれた必殺の一撃は、今度こそ誰の邪魔もされずに文才の身体へと触れ、


「テメェの死でもって覆滅させてやる」


 心臓を抉り取る為に指先を鉤爪の様に力を込めた。

 指の形が刃のように鋭く尖り、己の体重と一瞬の突進力でもって己のどれほど鍛えても耐えきれない指先が砕かれていこうとも構わず、文才の肉を、骨を破壊し、確実に心臓を破壊する一撃。

 片腕全ての筋肉や骨を犠牲にする代わりに、確実に素手で人一人を殺す技。

 一刀が今まで修練に修練を重ねて編み出した、人の身体であれば、確実に殺せる最速で鋭利な一撃。

 それが一瞬の隙を見せた文才へと放たれた。

 確実に殺せる。避ける隙など与えなかった。そう・・・・・・・・・・・思っていた。


 確実に文才の身体に触れていたはずが、確実に文才の肉を抉った感触があったはずが、瞬きもせぬ刹那、文才の身体は消え去り、一刀の目の前に文才の刀の鞘が迫っていた。


「ブッ!?」


 一刀の突進力が利用され、カウンターを受けた一刀の鼻が折れる。

 その一撃で0.2秒ほど意識が飛び、その僅かな隙に文才は更に追撃を繰り出していた。

 時を何度も飛び越え、何度も刀を振るい、0.2秒と言う刹那、文才は数百という刃を一刀へと放った。

 その結果、意識を取り戻した瞬間一刀に防ぎようのない無数の刃が迫ることとなった。


「ヴェェガァァアッゲアァァァッ!?」


 刀は抜かず、鞘に納めたまま殴られているおかげで身体を切り裂かれることはなかったが、文才が一刀を殺さぬようにと気遣い手加減をしたと言う訳ではない。

 なぜ何度も刀を振るい鞘のまま数百も殴るのか、その理由はその方が相手に恐怖を植え付けられるからに他ならない。


 水ぶくれのように腫れ上がる肌、内出血を起こす血管、砕かれていく骨。

 文才の中で最も簡単に地獄を味合わせる手段である。

 文才にとって一刀はただの道具。

 家を存続させるため、力を後世に残すための道具でしかなく、神木神を信仰しない異端者であって家族ではない。


 故に言うことを聞かない道具に死なぬ程度の躾をしただけに過ぎない。

 痛みで縛り、恐怖で縛り、傀儡とする。

 文才にとって宮塚家から逃げ出した一刀に求めているのはそれだけだった。


「・・・ゲボッ」


 無数の刃を受けた一刀は血を吐き出しながら、倒れ伏す。

 身体中酷い打撲を受け、全身の骨が折れ、ピクリとも動けないでいるが、それでも意識は失わず、憎悪に満ちた視線を文才へと向けた。


「未だに反抗するその気概は称賛してやろう。故にもう少しだけ教育してやろう」


 動けぬ一刀の頭に刀を置き、力を込め始める。

 ゆっくりと、そして確実に頭を潰しにかかってきている文才の力に、一刀は短く苦痛を口にするも、その目から憎悪が消えることはなく、より一層黒い憎悪を込めて文才を睨み続けた。


「やめよ文才! やめよと言うに! くっ、聞こえておらぬ。眞銀にはもう無理はさせられぬし、ええい! 楓! 妾の言葉を文才に伝えよっ!」

「は、はい、文才様神木神様が、やめるようにとおっしゃ「地獄をみよ」ッ!?」


 文才を止めるように声をかけた楓であったが、その言葉が届く前に文才は教育と称して力を使った。

 骨が折れ、肉が潰れる音が木霊し、一刀は口から漏れそうになる悲鳴を、歯を食いしばって耐える。

 血は吐き出しても、悲鳴を漏らしてなるものかと。

 実力の差を見せつけられようとも、どれほどの痛みを受けようとも、この心は折れぬ。

 俺の怒りは、この怨みは、憎しみは、痛みなどと言う恐怖で消せるほどの甘くはない。

 絶対殺してやる。

 貴様に終わりを与えてやると言わんばかりに、瞳を赤く充血させながら文才を睨み続けた。


「文才様! 神木神様がやめよとおっしゃっております! もうおやめください!」

「あいわかった。ですが、神木神様。この技は一度発動致しますと、儂の意思と反して数分ほど攻撃が続きます。故に儂にはどうにもできませぬ。そこはご了承して頂きたく思います」

「な、なんじゃと!? それでは一刀が死んでしまうではないかっ!!」


 ワタワタと慌てる艶魅の言葉を楓は通訳すると、文才は一瞬意味がわからないといった顔になる。


「問題ございません。この物は決して死にはしませんので」

「意味のわからぬことを申すでない! 今も一刀は傷を負い続けておるのではないか! これ以上の傷を負って死なぬなどある訳がなかろうっ!」


 数百と襲い来る鞘の攻撃が、まるで降りしきる雨のように止まることなく、一刀の身体は削られていく。

 皮膚が剥がれ、肉が抉られ、筋肉が裂かれ、骨が砕かれ磨り潰される。

 一刀の放った拳は原形をとどめておらず、徐々に右腕までも原形をとどめられなくなっていく。

 まるで小さな虫に食われるようにゆっくりと、しかし確実に磨り潰されていった。

 それは心臓にまで侵食していく。

 その様を見て問題ないと言う文才の思考が艶魅には理解できなかった。


「??・・・・あぁ! そういえば、神木神様はこの者の能力を知りませんでしたな。お目覚めになられたのは眞銀様がお生まれになったときであったことを失念しておりました」

「の、能力じゃと?」


 なぜ艶魅がここまで慌てふためくのだろうと文才は疑問を浮かべていると、その理由に見当が付き納得したと言いたげに頷くと、おもむろに刀を抜き一刀の首に向けた。


「どうぞこの者の力をご覧ください」

「文才何をするつもりか! 刀を収めよっ!!」


 艶魅の言葉を楓が代わりに伝え、文才を止めようと声をかけるも、文才はその言葉に従わず一刀の首を切り飛ばした。

 ゴロゴロと首が胴から離れ、一刀は死ぬ。


「ぶんさいぃぃぃぃっ!!」


 とめどなく吹き出す血。

 一刀を殺したことに、艶魅は怒りを露わにするも、その声は文才に届くことはない。

 そして楓も初めて人の死を目の当たりにし、怯えたように顔を青白く染めた。


「ぶ、ぶんさい、さま」


 カチカチと歯を鳴らしながら、発する楓に文才は顔を顰める


「この程度で怯えおってからに。お主は影宮家の時期当主となる者であろう? 未だ人を殺し、死を見る鍛錬をしておらぬとはいえ、たかだか人一人の死を見たくらいで狼狽えるでない」

「で、ですが、その方が、その方が死んでしまったらお家が・・・お役目が・・」

「案ずることはない。こやつは死なぬ・・・・ほれ、始まったぞ」


 文才の言葉に応じるかのように、先程まで血が噴き出していた一刀の首から血が止まり、首から新たな頭が生えてきた。

 人体模型の様に肉体の内部構造を剥き出しになりながらも、筋肉や骨が再生され一刀の頭を作り上げていく。


「ウッ!?」

「な、なんじゃこれは・・・」


 人体構造の知識はあれども、現実で人の内部を見たことのない楓にはかなりグロテスクで思わず口を塞ぎ、目を反らしてしまう。


「これはいかなることじゃ! なんなのじゃこれはっ!」

「ぶ、文才様、これは・・・」

「これがこやつの能力。首を飛ばされようとも、心の臓を握り潰されようとも、細切れになろうとも、ひき肉になろうとも死ぬことを許されぬ力。【不死】と呼ばれる力よ」

「不死・・・」


 文才の時を読み、時を飛ぶ力は強力な力ではある。

 だが一刀の能力の不死の力は、死から逃れる絶対不変の力であった。

 攻撃的な能力ではない為、戦闘を有利に働かせられる力ではないが、決して死という敗北は訪れない。

 どれほどの怪我を負うことになろうとも、死と言う概念を失った者は殺されることはない。

 更に言えば、不死であると言うことは不老という能力も備わっている可能性が高い。

 死する時、作られる細胞は全盛期の頃に近しい状態に戻るのだ。


 未だ一刀の能力に関しての調査も研究も途中で判断できずにいるが、それでも身体が若々しい肉体に再生するということがわかっている為、文才達は不老不死の希望を見出していた。

 過去の偉人や権力者達が求めてやまない欲。

 それを文才達も求めていた。


「ただ【不死】などと大層な名で呼んでおりますが、こやつの能力は儂等が予想していたモノよりも脆弱な力。己が死なぬギリギリのところまでしか回復できぬありさまです。病にかかれば完全に癒すためには薬を飲まねばならず、骨が折れても瞬時に治るほどの力もない。人よりも再生能力は高くはありますが、所詮医学の力を借りねば自力で回復ができぬ哀れな出来損ないです」


 文才の言葉を肯定するかのように、一刀の頭は再生されたが、折れた手足や、潰れた肉が治ることはなかった。


「カヒュー・・カヒュー・・・・」


 風を切るか細い呼吸を繰り返しながら、一刀はただ生かされ、そして何度もか細い呼吸を繰り返すと、不意にその呼吸が途絶えまた死ぬ。

 だが一刀の能力が一刀の死を拒み、無理やり心臓を動かし、血を動かし、脳を動かし、呼吸をさせる。


 生と死の狭間。


 文才が言った通りただ無理やり生き長らえるだけの光景がそこにあった。


「馬鹿者! それを知っておきながら、お主は一刀にこんな仕打ちをしたのか! いったい何を! 何をっ!! くっ・・ああっーーーもうっ! 今はそんな事どうでもよいわ! 楓! 早う一刀を治療いたせ! 何度も死を体験させるなど酷でしかないっ!!」

「は、はい!」


 艶魅の言葉に楓は動きだそうとする。


「近づいてはならぬぞ。近づけばただではすまぬ」


 だが、文才に遮られ


 ぐちゃ


 遮られた理由を問う前に、その意味を目にする事となった。


「儂の意思と反して数分ほど攻撃が繰り返されておる。そう伝えたはずだ」


 手足の肉が失われてもいても、一刀の身体は徐々に磨り潰されていく。

 無慈悲な攻撃が未だに続いており、終わることは無い。

 そして、そんな一刀の傍に近寄れば不死ではない楓が無事でいられるわけもない。

 故に楓はその場から動くことを許されず、ただ痛められて行く様を眺めることしかできなかった。


「今は技が終わるまで待て。それと治療であれば宮塚家で用意しよ・・・・・・」


 だが、そんな地獄の中にいる一刀が、死にかけの一刀が、宮塚家という言葉を耳にした瞬間、意識を覚醒させ、呼吸するのも辛い状況にあるにも関わらず、身体を持ち上げ文才に向かって唾を飛ばした。

 唾というより血反吐であったが、それでも文才の足元を汚すほどの量を吐き飛ばし、バカにした笑みを浮かべる。


「クケッ・・ケケッゲボッ・・・ケケッ・・・ジ・・ネ」


 言葉など発せぬ状態であるにも関わらず、一刀は血を吐きながら、文才に暴言を吐く。

 ありったけの憎悪に満ちた瞳を向けながら。

 そして、その憎悪に呼応するかのように潰れた手足や身体が瞬時に全快し・・・そしてすぐに文才の技で潰れて地に伏した。


「・・・・・・」


 そんな一刀の姿を見て楓は恐怖する。

 憎悪に満ちた瞳を真正面から見たことで恐怖に陥った訳でも無ければ、一瞬とはいえ失われた手足や身体が元に戻った奇跡に恐怖を感じたわけでもない。

 ただ、一刀の精神に恐れを抱いた。

 何度も瞳から光を失われ、何度も死を経験し、何度も無理やり生き返され、命が戻るたびに消えることのない憎悪の炎が燃やし続ける。

 地獄を味わっているにも関わらず、死の恐怖を何度も体験しているにも関わらず、一刀の憎悪が揺らぐことは無い。いや、死する前以上の憎悪を膨らませ燃やしていた。

 その精神が、その心が、決して消えることのないドス黒い感情を持ち続けることに恐れた。


「・・・ふ・・ふ・・・ふははははははっ!!」


 そんな一刀の瞳を見て文才は声を上げて笑う。


「よい! 良いぞ! お前が唄嗣のバカ共に奪われて15年。その僅かな時間で力を昇華させたか! 良いぞ! 良いぞ! よい傾向だ! そのまま力を昇華させ完全なる不死となれ! 昇華し! 昇華し! 人類が届き得なかった願いを手にせよ! さすればお前は我が宮塚家の当主として誰も文句は言わぬ! 力を昇華させよ! 時を見ることしかできず、時を飛ぶことしか出来ぬ儂などよりも、命に限りのある儂などよりも死なぬ肉体を! 瞬時に癒える肉体を! あらゆる病が食らう身体を! 老いぬ神の肉体を手に入れよ! そして我等が神木神様の永遠なる僕として生き続けるのだ! ふはははははははっ!!」


 一瞬とはいえ原形のとどめていなかった手足が治ったことに文才は狂ったように笑い、喜びをあらわにする。

 その笑い声を聞きながら、一刀はただ憎悪にその身をまかせ、ただ文才を睨み続けた。


「・・・・・・」


 だがここで文才は気付くべきだった、何故憎悪が消えないのか、生と死の狭間を何度も垣間見ている一刀の意思が何故消えないのか、そしてその狭間で何を見ていたのか考えるべきだった。

 一刀の思考を少しでも理解しようとしていれば、文才の歩む未来が変わっていたことだろう。


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