第21話 耳障りな癒しの日々


 一刀は艶魅と口約束の契約を交わした後、特に神月家から逃げ出すこともなく、用意された食事を食べ、訪れた医者の治療を素直に受け入れていた。

 ただし食事を食べる際は決まって眞銀に憑依した艶魅に毒見をさせ、医者の治療にも眞銀に憑依した艶魅が力を使い薬の詳細を説明させたり、その薬の成分を見極めるための道具を用意させたり、結局は自分で薬を調合するといった我儘を言ったりと、様々な面倒があったのは言うまでもない。


「しかしこの部屋もなんとも風変わりしたものよなぁ」


 元々道場の様な場所で治療を受けており、周囲には神楽舞にでも使うのか神聖な道具などが置かれていたのだが、その道場の端っ子にはその場にそぐわぬ機材が多数設置されていた。

 その全ては、処方される薬の成分分析に必要な機材や独自で作成する薬草や道具である。


「これでもだいぶ少ねぇけどな。まあ感謝はしている。これで少しは安心して薬が使えるようになったからな」

「いや、普通死にかけの者に毒など盛らんじゃろうが」

「相も変わらず・・・」

「ん? なんじゃい。言いたいことがるなら言わんかい」

「・・なんでもねぇ」


 頭の中お花畑過ぎるだろと言う言葉を飲み込む。

 俺を苦しめた奴等の旗印は艶魅であるが、コイツの性格上、人体実験を許すような非道な奴ではない。

 そのことはここ数日共に過ごすだけで理解できた。

 もしかしたら、猫を被っているだけかもしれないが、疑い出したらキリが無いので、ある程度は信用することにしている。

 それでも警戒だけは怠らないが。


 それに俺が懸念していた唄嗣家の人達への危害だが、艶魅が手を出すなと宮塚家のクソ野郎に命じたことで、一応心配は無くなっただろう。

 そんな事で奴等が止まるとは考えにくいが、それでもアイツ等にとって艶魅の言葉は影響力が強く、しばらくは大人しくしているだろう。


「しかし、一刀は医者であったのだな。まさか薬まで処方できるとは」

「独学と実験で身に着けた素人芸だ。しかもそのほとんどがオリジナルの薬で、昔ながらの製法しか使えねぇし、知らねぇ。現代の最新医療なんかとは比べ物にならねぇほど劣っている闇医者以下の腕前だ。およそ医者なんて大層な呼び名は俺には似合わねぇよ。ま、無駄に知識だけは豊富なおかげで、毒に関してはそれなりにあるぜ。いい薬は作れねぇが、毒を見分けることに関しちゃそこ等の医者にも負けやしねぇぜ」

「毒に詳しいとはなんとも物騒だのぉ。毒薬とか作るでないぞ」

「なんだ? 俺が毒薬でも作ってクソ共を殺すとでも思ったか?」

「お、思っておらんわい・・・ホントじゃぞ?」


 指先をつつきながら、目線をあらぬ方へと向ける艶魅。

 その行動だけで、一刀が毒薬を使うのではないかと危惧したのは一目瞭然である。


「安心しろ。毒なんてモンは使わねぇよ。俺が毒に詳しくなったのはテメェの身を守るために必要だっただけだ。誰かに使うなんて馬鹿なマネはするきはねぇ」

「そ、そうじゃよな! うむ、妾はわかっておったぞ! 一刀はそのような非道な手段はせぬとわかっておったぞ!」

「おう、当り前だろうが。アイツ等には毒なんかで死んでもらっちゃ困るんだよ。全員俺の手で心臓握りつぶさねぇと気がすまねぇ」

「おいーっ!? 何を物騒なことを言っとるかっ!! 怨みに呑まれて人を殺してはならぬと言っておろうに! 良いか! 怨みとは抱いているだけで幸せにはなれるのじゃぞ! 確かに面白くないこともあろう! 許せないこともあろう! じゃがな、人は人を許せる心を持っておるのじゃ! どんなに許せないと思っておっても時間をかけ! 相手を知り! ゆっくりとでもええから許していく寛容な心を持つのが大事なのじゃ! 確かにどうしようもない人間はおる! そう言う奴を許さなくていいと、誰もが許すべきではないという言うじゃろう。じゃがの! じゃがの!! じゃからといって己までも・・・くどくどくどくど」


 艶魅の長い説教が始まるが、一刀は説教が始まった瞬間、少しでも艶魅の声が聞こえないように艶魅がいる方の耳に耳栓を付ける。

 契約上俺が宮塚家達を害することを止めることはできないが、口は出せるようになっている。

 口を出ししてくる分には別に問題ないか、別にどうってことない・・・あの時まではそう思っていたのだが、ここまで口うるさいと流石に嫌になってくる。

 まるで壊れたステレオかよと言わんばかりにせわしなくて困る。


(コイツはあれだな。見た目はガキだが、中身は説教好きの老人って感じだな)


 ホントに面倒な契約しちまったと、一刀は後悔しながら薬を配合していく。

 といっても、作っているのは薬とは名ばかりの漢方薬みたいなものである。


「・・・・・・・」


 というか、艶魅の他に約一名更にウザイ存在がいる。


「へ~、ほ~、あっそれも入れるんだ。へぇ~」


 いや厳密にいえばウザいのは二人いるのだが、片方はただ調合を覗いているだけなので、まだ許せるウザさだ。

 それよりも


「ウザてぇな。テメェはさっきからなにガンくれてんだ」

「・・ただ監視しているだけです。別にガンなど向けていません」


 楓が先程から何か物言いたげにしながら、なんとも言いようのない面倒な視線を向けてくる。

 殺意であれば殺意で返すだけだが、そうではない視線に、一刀はどうしていいのかわからず、ただイラつきを募らせる。


「チッ・・・おい眞銀、お前あのバカどこかに連れて行けよ。邪魔で仕方がねぇ」

「まだポクちゃん達帰って来ないから嫌ですよ。今日はいっぱいモフモフさせてもらうためにご飯とオモチャ持ってきたのですから! ほらみてください! 猫じゃらし改め、タヌキじゃらし! ポタちゃんもネズミさんが好きでしたよね? だったらこれ気に入ると思うんです!」

「野生の獣を手懐けようとすんじゃねぇ。アイツ等のためにならねぇだろうが」

「そんなこと言っていつも独り占めしているじゃないですか! お昼寝しているだけで皆さん一刀さんの所で集まって一緒にお昼寝しているじゃないですか! それってとっても狡いです! 一刀さんは狡いですよ!」

「アイツ等が勝手に引っ付いてくるだけだ。寝ているときにまで潜り込んできやがって獣臭くてかなわん。一度蹴っ飛ばしてやろうか・・」

「だめーっ! そんなことしちゃダメですかねっ!! あんなにかわいい子達に手を出したら怒りますよ! 神木神様にお願いして三日三晩お説教して貰いますからねっ!」

「うぬ? 呼んだかの?」

「呼んでねぇ。テメェは生涯ボッチのまま、ありがたいお言葉でも喚いてろ」

「うむ! お主も妾の言葉がありがたいと思うようになったか! 人は変わるものよな! お主を改めさせるのも時間の問題じゃな! 流石妾なのじゃ! ナハハハハッ!・・・・・・うん? 生涯ぼっちの「ぼっち」とはどう意味じゃ?」

「一刀さん聞いていますか! ポクちゃん達を虐めちゃダメですからね!」

「のう一刀や。ぼっちとはどういう意味じゃと聞いておるのだ。よもや悪口では無かろうな? のう、のう! どうなのじゃっ!」


 ただ楓を連れ出させるために眞銀に話しかければ、ギャーギャーと騒ぎ出し、艶魅も知らない言葉を耳にすれば興味が湧くのかしつこく問いかけてくる。

 タヌキ共より先にこいつらを蹴飛ばした方がいいのだろうか。

 あぁ、それがいい。それはいい考えだと思った一刀が足を浮かせるも


「・・・・・・・・・」


 楓がクナイを握り警告してくるため、仕方なく浮かせた足を静かに降ろす。

 体力は戻ったが、まともに戦えるほどの力は戻っていない。

 そしてなにより、今は薬の調合中だ。

 もう少しで出来上がると言うのに、ここで暴れられて台無しにされては困る。

 また一から作るなど面倒であるからな。


「・・・・・・・はぁ・・・・・うっぜぇ」


 一刀は小さく呟きながら、未だに騒ぐ眞銀と艶魅を無視しながら、薬の調合へと勤しんだ。


「・・・・・・・・・・・」


 勿論その光景を楓は一言も話さずジッと見つめ続けていた。

 ホントこいつ等邪魔だな・・。


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