第20話 悪霊幼女の名前


 周白達が一刀にどうやって食事を与え、治療を受けさせるか話し合いが行われる少し前、一刀は悪霊幼女と対面していた。

 相変わらず殺意剥き出しで、まるで飢えた獣のような目を向ける一刀。

 だが悪霊幼女はそんな一刀の傍を離れることはせず、ただ傍に寄り添い続けた。


 一刀は悪霊幼女の身体に触れることができる。

 と言うことは、己が傷付けられる可能性があると言うこと。

 もしかしたら殺される可能性だってあるかもしれないのだが、悪霊幼女は一刀の傍を離れることはしなかった。


「無理やり薬を飲ませたのは悪かったのじゃ。じゃが、流石に直接胃を圧迫して吐き出すとは思わんかったぞ。全くお主は何を考えているのかとんとわからぬ童じゃな」


 妾達に助けられるのが嫌なのだろうことは理解していたが、まさか文才に斬られた傷口から手を突っ込み内側から胃を圧迫するとは思わなかった。

 傷が開くのも、血が噴き出すのもお構いなし、あまりの痛みに絶叫しながらも、吐き出そうとするその姿は、まさに狂気の沙汰であった。


「しかし、どうするのじゃ? 薬もない状態ではその怪我を癒すことは叶うまい。お主はあまりこの地にいたくないのじゃろう? なのにいつまで立っても治さぬのであれば、いつまでもここに住まうことになるぞ? 良いのかえ?」

「・・・・・・」

「まあ、お主には神月家と四氏族の娘達に子を宿してもらわねば困るからのぉ。妾達からしてみればいつまでもこの地にいてくれるだけで、その機会が巡ってくるというモノじゃ。こちらとしては願ってもない事じゃよ」

「・・・・・・・」


 悪霊幼女の言葉に一刀はイラつきを覚えたのか、なお一層殺意を剥き出しにする。


「なんじゃい。なにか文句があるならダンマリ決め込んどらんでなんとか言ったらどうじゃ。それとも睨みつけることしかできぬほど心が折れたのかえ? 妾はいくらでも、いつまでも語らってやるぞ」

「・・・・・・テメェ等は」

「なんじゃい。もっと声を上げぬか」

「・・・テメェ等はあのガキ共を道具としか見てねぇのかよ」


 瞳の中に浮かぶのは殺意のみ。

 だがその一言で、何に対して一刀が怒りを覚えているのかを理解した。


「まさかそのようなことで怒っていたなどと言わぬよな? 彼女達にとってお家の力を衰退させぬことは大事なお役目ぞ」

「なにが役目だ。ただお前達は人知を超えた力を手放すのが恐ろしいだけだろうが。そんなもんのためにガキ共の自由を奪いやがって・・反吐が出る」

「その力を継承することこそ必要な事なのじゃ。でなければ悪鬼どもと対等に戦えぬ」

「なにが悪鬼だ! ふざけたこと抜かしやがって!・・っぐ」


 声を張り上げすぎた為に、傷口に響き一刀は顔を顰める。

 だが、それで止まるつもりはないのか、痛みを覚えながらも声をあげることを止めることは無い。


「なんじゃい。お主宮塚家の者であるにもかかわらず悪鬼の一匹も見たことが無いのかや?」

「俺は宮塚じゃねぇ! 唄嗣だ! ふざけたこと抜かすな!」

「おぉ? そうなのかや? いや、じゃがお主の祖父は宮塚なのじゃよな? だったらお主は宮塚であっておろう・・・・・・まあ、どちらの姓でもよいか」


 宮塚だろと肯定すると、殺意ではなく瞳が憎悪に染まった。

 その瞳を見て、これ以上憎悪を増やすのは良くないと思った悪霊幼女は、真実であろうとも一刀の意思を尊重することにした。


「そんなことより、唄嗣一刀よ。この世には悪鬼が潜んでおるのは真実であるぞ。妾達はその悪鬼共を退治し、いつの日か全ての悪鬼を駆逐する為に日々奮闘しておるのだ」

「くだらねぇ」


 悪霊幼女の言葉が信じられない一刀は一言で切り捨てる。


「すぐに信じよとは言わぬ。じゃが真実じゃ。悪鬼共は人の心に住み、人の心を憎悪に満たし、人を鬼とならせる。鬼となりし者はむやみやたらと暴れ回り、人を襲い、人を食らうのじゃ。その力は強大で生半可な人の力では退治できぬほどなのじゃよ」

「なら俺も鬼になりてぇもんだな。そうすりゃテメェ等をぶち殺す力が手に入るんだろ? しかもテメェ等が俺を殺しに来てくれるんだ。そうなりゃ全員ぶち殺してハッピーエンドだぜ」


 クツクツと笑みを浮かべ小馬鹿にする。


「そうじゃな。それほどの憎悪に満ちておれば鬼に落ちるなど他愛無いじゃろう。じゃが、お主は鬼になど落ちぬよ。お主に流れる血が、脈々と受け継がれてきた血がそれを拒み、お主を守り続けるのじゃ」

「あん? それがマジならクソだな。全ての血を入れ替えたいほどだぜ」


 それが無理であるとわかりつつも、一刀は本気でそれを願ってしまう。


「何をバカなことを言っておるか・・・はぁ、まあよい。それゆえにお主は鬼になんぞにならぬ。そして、妾を見ることができる者は否が応にも悪鬼が引き寄せられることとなる。そして戦う宿命を背負うことになる。すまぬがお主にも今後悪鬼の災いが降りかかる故、否が応でも戦ってもらうことになるのじゃ」

「はっ、やっぱり悪霊じゃねぇか」

「違う・・と言いたい所じゃが、そう思われても仕方ないことよな。こればかりは本当にすまぬとしか言えぬ」


 悪霊幼女は静かに頭を下げ、一刀に謝罪する。

 その謝罪を一刀は冷めた目で見つめ、アホらしいと言わんばかりにその謝罪は受け取らなかった。


「ならテメェはさっさと消えちまえ。テメェの存在意義は苦しむ者を助けるなんて大層なモノなんだろ? にもかかわらず、テメェの存在が悪鬼とか言う輩と戦う人柱を生み出すだけじゃねぇか。テメェこそ不幸の塊だ。テメェがいなくなるだけで、少なくとも争いは1つ消える。不幸になる者が減るのだからさっさと消えろ」


 心からそう願っているのか、一刀の声は冷たい。

 確かに自分の存在が争いを望まぬ者達に無理やり戦いの道を歩ませた。

 そしてその全ての者達は最後には悪鬼に食われ死んでいった。

 神木神を見える者は、死ぬまで悪鬼に襲われ続け、戦い続けることになる。

 年老いて身体が動かなくなろうとも、悪鬼共には関係なくただ襲いかかる。

 故に、安らかな天寿を全うした者は存在しない。

 それを知っているからこそ、一刀の言葉は胸に刺さり、悪霊幼女は泣きそうな顔になる。


「・・・確かに、そなたの言う通りである。妾が原因で戦いとは無縁の者、戦いたくない者を巻き込み、死へ至らしめている。妾がいなくなるだけで苦しむ者は減るじゃろう・・・・じゃがそれでも妾は消えぬ。この世の悪鬼がいなくなるまで消えぬわけにはいかぬのじゃ。そして、苦しみを与えてしまった者達に報いるために、多くの人々を守るのじゃ!」


「ハッ! 要するにテメェはこれからも生贄を用意し、痛みや苦しみを生贄に押し付けるってことだろが。生贄が死のうが、顔も知らぬ他人が助かれば満足なのだろう? 流石上に立つ者は違うぜ。汚いことも辛いことも断れぬ弱者に押し付け、きれいごとを並べて美味しい所だけはテメェが持っていく。ただ巻き込まれ、死に続ける生贄共には表面ばかりに悲しむふりをする。信者共の信仰心を上げる道具にするとは、随分と利口な使い方をしているじゃないか。全くこんな悪霊の口車に乗って死んでいった奴等はバカばかりで笑えてくるな」

「・・・・・取り消すのじゃ」


 一刀の数々の罵倒に悪霊幼女の雰囲気が変わる。怒りに満ちる。


「ボソボソ言ってんじゃねぇよ。もっと声張り上げねぇと聞こえねぇぞ! 俺達は今語り合ってんだろがっ!! それとも心が折れたか! テメェが始めた癖にもう音を上げるのかよ! おい! 何とか言ってみろよ! この疫病神が!」

「取り消せと言っておるのじゃ!!」

「!?・・・ほぉ」


 初めて見る悪霊幼女の怒りに満ちた表情に、一刀は笑みを浮かべる。


「何を取り消すんだ? テメェが誰も助けられない事実にか? それともテメェが関係ねぇバカ共を生贄にしている事実にか? なぁ! どれだよ! どのことを取り消せばいいんだよ! テメェが取り消してほしいのはどれだよ! 教えてくれよ! クソの役に立たねぇ疫病神さんよぉ!」

「ア奴等を愚弄したことじゃ! バカタレ!」

「ア奴等?・・・なんだぁ? テメェの口車に乗って死んでいった愚か者共のことを言ってんのか?」


 愚か者と言った瞬間、悪霊幼女は一刀の胸倉に掴みかかる。


「お主程度の小童が英霊達を愚弄するでないっ! 皆民のため! 人々の平和を願い戦い死んでいったのじゃ! かの者達を! かの者達の信念を! 生き様を侮辱することは何人たりとも妾が許さぬっ!」

「そうかよ。だったら許さなくて結構だ。死んだ奴がどんな奴だったかなんざ知らねぇし、興味もねぇ。俺なんかと比べ物にならねぇほど最高にいかした野郎だとか、聖母だと褒め称えられるイイ女がいたとかそんなことは知らねえが、結局テメェに利用されてくたばった下らねぇバカ共だ! 大層な大義を掲げることしかできねぇテメェの口車に乗った頭の可笑しな愚者共だ!」

「それ以上口を開くな! 我が愛しき英霊達を愚弄するな!」

「誰がやめるか! いくらでも言ってやる! 大層な夢だけ見せて叶わぬ夢を語るテメェはクソだ! そんなテメェを信じてくたばった奴等はもっとクソのアホ共だ! そんな奴等死んで当然のバカ共のゴミだってんだよ! ついでにもっと笑ってやるよ! テメェの大義が何も叶えられずにくたばったバカ共だってなっ! アハハハハハッ!!」

「あぁあぁぁぁぁー!!」


 己が愛した英霊達の死を笑う一刀に、悪霊幼女は目に涙を浮かべながら、一刀の胸倉を締め上げるほどに持ち上げる。

 絞め殺すほどではないにしても息苦しく、重症の一刀にとってはそれだけで傷に響いた。

 だが、そんな状態になっても一刀は笑うのを止めない。


「アハハハハハッ!! どうした! もっと力を込めろよ! 今の俺ならお前のクソよえぇ力でも殺せるぞ!」

「・・うっ・・・く」


 そんなこと言われずともわかっていたが、悪霊幼女はそれ以上動くことはできなかった。

 心は怒りに染まり、殺したいほどであるも、激情に任せて誰かを殺せるほど愚か者では無かったが、一刀を許せぬため、胸倉をつかんだままであった。


「それともまた依り代を呼ぶか? あの小娘に憑りつけばもっと簡単に俺を殺せるぞ。なぁ、殺したいんだろ? だったら殺せよ! テメェの大事なもんを穢した俺を殺せよ! 憎くて仕方ねぇだろ! テメェを信じてついてきた友をバカにされて! その死を笑われて憎くて仕方ねぇだろ! だったら殺せよ! じゃねぇと俺はテメェの大事にしていたもんをもっと笑ってやる! もっと貶してやる! どれだけ愚かであったか! どれほど無能な奴等だったか! 頭のイカレタただの異常者であったかと笑い続けてやるよ!」

「だまれぇぇぇぇぇっ!!」

「グッ!」


 全く己の言葉を撤回する気が無く、更にはもっと己の大事にしている人々を貶すと言われ、悪霊幼女は腕に力を込め一刀を締め上げた。

 今度は本気に人を殺さんばかりに力であり、襟元から手を離し、一刀の首を直接握っているのだ。

 本気で殺す気だなと思いつつも、一刀は怒り狂う悪霊幼女を見つめる。


(ガキでも怒り狂うと鬼の形相になるんだな)


 などと考えており、己が殺されかけている恐怖を感じることなく、ただその行為を受け入れ一刀は静かに目を閉じた。

 そして・・・・不意に一刀の首を絞める力が緩められた。

 目を開くと、涙や鼻水で汚い顔の悪霊幼女がそこにいた。

 目を閉じる前は鬼の形相となっていたのだが、今の悪霊幼女は悲しみに暮れる年相応の子供の表情になっている。


「なぜ、なぜ・・・そんなに安らかな顔で死を受け入れようとしたのじゃ」

「・・・・・・・・」

「人は死を恐れる。それは生前であった妾であってもそうじゃった。死を受け入れた者でさえ、結局死が迫ったときは恐怖を抱き逃げるものじゃ」

「・・・・・・・」

「死の恐怖を感じぬ者など異常者しかおらぬのじゃ。されどお主は異常者ではあるまい。ただ怨みを抱いているだけで、未だに人としての心は残っておるのじゃ。なのに・・・なのに・・・何故そんなにも安らかな顔をするのじゃ」

「・・・・・・・・・殺さねぇのか?」

「ッ!?」


 悪霊幼女の問いに答えることはなく、一刀は再度己を殺さないのかと逆に問いかけた。

 その問いかけた時の声は今までのように冷たかったが、どこか懇願するかのような、助けを求めるような小さな子供の様な声に聞こえ、悪霊幼女は言葉を失う。

 そしてそんな姿を、そんな声を聞いてしまった悪霊幼女に、一刀を殺すなどという選択ができるわけもなく、悪霊幼女は静かに一刀から手を離した。


「よかったな。これで俺が何故テメェ等を怨むかわかったろ」

「な、ヒック、何を言っておるのじゃ」


 グシグシと涙で濡れた目を擦る悪霊幼女の姿に、一刀は心から残念に思いながら静かに話しかける。


「テメェが怒り狂った理由と同じで、俺はテメェ等に全てを奪われ・・・いや奪われ続けてるから怨んでんだよ」

「・・・・・・・」

「テメェ等は今も昔もずっと俺から全てを奪っていきやがるのに、それを悪いとも思わねぇ。全てはテメェが掲げた大義に基づき、多くの人々を守るために、個を生贄にするのは仕方がないと言う言葉だけですましやがる。生贄にされた者の気持ちなど知らずに、生贄にされた者達の無念も知らずに、怨みも知らずにテメェ等はただ世界の平和を願い、生贄を人とは思わず、英霊と称し、物として扱ってきやがった!」


 そんなことはしていないと口を出したくなるが、そんなくだらない言葉を吐かせるかと言わんばかりに一刀はまくし立てる。


「誰にだって家族がいるんだ! 誰にだって大切なもんがあるんだ! テメェを見ることができた奴等にもテメェなんかより大事なもんがあったんだ! 世界が混沌になろうが! 世界がぶっ壊れようが! そんな事より大事なもんが! 大事にしたかった人や生活があったんだ! それをテメェは知ってるくせに! 何で誰もがテメェの大義に賛同し、酔狂し、全てを犠牲にしてでもついていくと思ってんだ! ふざけんじゃねぇ!」


 ダンッと床を叩く。

 身体に力が入らず、床を叩いたにも関わらず音があまりに弱弱しいほどであったが、それでも悪霊幼女の口を挟むことなどできなかった。


「何で宮塚家は栄えている! 神月家は何故栄えている! 他の四氏族共は何故世界と対等に渡り合えるだけの財や権力を持っている! そんなの簡単だ! 法に背いたことを躊躇せずに手を染めているからだろうが!」


 ギンッと睨みながら、一刀はどこか悔し気に悪霊幼女を睨む。


「大義を叶えるためには犠牲が必要だ。それがどんなに綺麗な大義であっても、人を愛し、守ろうとする大義であっても、叶える為には、その想いを、願いを維持し続けるには犠牲が出るなどわかってんだよ! それを受け入れられねぇバカ野郎が俺だって、俺自身が知ってんだよ! そんな甘ちょろい大義を抱く優しいクソ野郎だってのはテメェと少しはなしゃあ理解できんだよ! だがな、そりゃテメェ等の勝手だ! 現実に苦しみ! 奪われ! 穢された者達の! 俺の宝を踏みにじったテメェ等への怨みは消えねぇ! 今も奪い続けているテメェ等は許せるわけがねぇ! それが今も俺がテメェを、テメェ等を殺したいと願い続けている理由だ! わかったかクソ野郎!!」


 またも憎悪を浮かばせる一刀の瞳に悪霊幼女は何も言えぬまま、口を閉ざし続ける。

 先程の自分も己が大切にしていたモノを貶され怒りに任せて一刀を殺してしまいたいほどであったのだ。

 ただ貶されただけで、あれほどの怒りが込み上がった。

 それが奪われたとなれば、今も貶され、穢され続けているとなれば、その怒りを、恨みを止めることは叶わない。

 その怨みを止める権利など、原因である悪霊幼女が止められるわけもないのだから。


「・・・・・ぁ・・・・」


 何が一刀に行われえ入るのか、一刀の何を奪い続けているのかわからないが謝罪をすべきである。

 そう思いつつも、悪霊幼女は謝罪の発しようとした己の口を閉ざした。


 己の大義に共感し、共に歩む仲間達を疑いたくはない。

 ここで謝罪をすればそれを、仲間達の信頼を疑うことになる。

 それはしたくない。

 けれどあまりにも悲痛なその声を、切り捨てることもしたくない。

 故に悪霊幼女は黙ることしかできなかった。


「・・・・・・・・」


 悪霊幼女は口を閉ざし、どう答えればいいのか必死に考える。

 一刀の怒りは先程の自分と同じもので、一刀の憎しみは先程の自分以上だった。

 そんな相手にどう答えればいいのかわからず必死に考え、考え、考え続けた結果、己の左手を一刀に差し出していた。


「・・・・なんだテメェ」

「契約じゃ」


 悪霊幼女の意味のわからない行動にイラつきながら、指の一本でも折ってやろうかと手を伸ばす一刀であるが、悪霊幼女の言葉とその瞳を見て動きを止める。


「もはや、その怨み消すことは叶わぬ。そしてその怨みを叶えさせるわけにもいかぬ・・・故に、そなたと契約がしたい」


 要するに俺の邪魔をすると、宮塚家も他の家も全部ぶっ壊すと言う俺の願いを邪魔するという契約を結びたいのだと思い、一刀は悪霊幼女の顔面を鷲掴みにする。


「妾は願う。お主が怨みに囚われ人を殺すことなく、健やかに生きることを願う」


 勝手なことをぬかす悪霊幼女に一刀は手に力を込め、顔を握りつぶそうとした・・が、


「そして、その願いが叶うのであれば、妾の全てを使い、神月家からも、他の四氏族からも今後お主の大事な者達を傷付けることはさせぬ! 指一本触れさせはせぬ!」


 提示する契約内容に動きが止まる。


「妾の下知を信じよとは言わぬ! 契約を交わしたところで反故になると思うのであれば信じずとも良い! お主が神月家を! 四氏族に怨みを晴らさんとしても! 妾は止めぬし、仇を取ったとしても怨みもせぬ! だが口はだす! 止めよと! それは悲しきことで間違っていると何度も説こう! もしも妾の声が届かずお主が人を殺めようとも、お主が守りたいと思う者達を妾が全力で守る! 誰一人として傷一つ付けぬ! そして妾の願いはいつまでも変わらぬ! 人を殺さないでくれと何度も願う! 怒りや怨みに囚われるなと何度も希う! そなたに妾の願いが! 声が届くと信じいつまでも希う!!」

「・・・・・・・・」

「・・・・・これが妾の想いじゃ。力ない妾の心じゃ。嘘も偽りもない、妾の全てじゃ。妾の心を知り、妾の心を受け入れてくれるのであれば、契約してくりゃれ」

「・・・・・・・」


 決意を見せた悪霊幼女の姿は、幼さを残しながらも凛々しく、子供とは思えないほど大人びており、強い瞳をしていた。

 穢れを知っていても、汚れていたとしても聡明のままであろうと立ち続け、己が意志を貫き通す。

 そんな意志の強さに惹かれ多くの者が彼女を崇めたのだろうと、一刀は理解できたが、


「お断りだ」


 共感はできなかった。


 どれだけ強い意志を示されても、綺麗な言葉を並べられても、一刀にとっては小鳥がさえずっている程度。

 小鳥のさえずりで、この怨みが消えるはずもない、一時忘れることができ、安らぎを得られても、消えることは決してない。


「・・・・・そう・・かの」


 良い返事が返ってくることは低いとわかっていたが、それでも受け入れられなかった事実に悪霊幼女の心はじわじわと悲しみに染まりだした。

 たった一言の拒否の言葉が、これほど辛いのだなと一刀に差し向けていた左手が震えゆっくりと下へと降りていった。


「えっ?」


 だが、その手は途中で止まることとなった。


「なんで・・・」

「・・・・・・・・・」


 降ろしかけていた掌には一刀の拳があったからだ。


「・・・・・・・・・悪霊・・・テメェに名はあるのかよ」

「名・・じゃと」

「あるのか、ねぇのか、どっちだ。さっさと答えろ」

「・・・・・生前は艶魅(えんみ)、神木艶魅(しんぼく えんみ)と呼ばれておった」

「そうかよ・・・・えんみとはどう書く」

「・・艶やかと【艶】と魅了の【魅】じゃ」

「クックックッ、随分と大層な名を貰ったもんだ。どんだけテメェの親はテメェがイイ女になると思ってたんだか」


 悪霊幼女の、艶魅の名を聞くと、僅かに触れていた艶魅の手から己の手を離す。


「・・・・・ならば、その親の想いと名に誓え。神木神として祀り上げられているテメェの言葉は信じられねぇが、親がくれた名に誓うなら少しは信じてやる」


 そう言うと一刀は探るような視線を向けた。


「言葉だけの誓いなど、口約束の契約などクソの役にも立たねぇのは承知の上。だが己の名に誓いながらも反故にし、お前に残された最後の親との繋がりを自らの手で穢し、俺の信頼を裏切ってまでテメェの大義を叶えるのであればそれでもいい。だが代わりに、テメェの名に枷をかける。テメェが己の名を思い出すたびに、名を誰かに呼ばれるたびに、テメェは親の想いを裏切り、唾を吐いた事実をその身に刻みながら、この世を漂い続けさせてやる」

「・・・・・妾とて両親が授けてくれたこの名を穢すことを許さぬ。じゃから誓おう。妾はこの名に【神木 艶魅】の名においてお主と契約する」


 下がりかけていた手を悪霊幼女はもう一度持ち上げ、一刀へと掌を向ける。


「妾は一刀が怨みで人を殺すことを拒みはするも、止めはせぬ。じゃが、何度も口にし、一刀の怨みが消えるその時を願わせてもらう。そして、一刀が幸せに天寿を全うできることを願い、一刀の大事な者達が傷つけられぬよう。この神木 艶魅が己の全てを賭けて守ってみせようぞ」


 一刀の言った通りに悪霊幼女は己の名に誓いを立てると、一刀は静かに瞳を閉じ、口を開く。


「だったら俺も名に誓ってやる。テメェが約束を反故にしない限り、テメェの想いも願いも忘れはしない。そして、テメェが愛した英霊達に心からの謝罪を送る」


 そう言いうと、一刀は深々と頭を下げた。

 一刀とて過去の偉人を貶したいわけでもない。

 ただ、目の前の敵である、悪霊幼女の心を知る為の手段として用いただけである。


 得体の知れない存在。

 宮塚家共が酔狂する存在。

 そんな存在の情報が少しでも欲しかった。

 だが、それでも死した者達をバカにしたままでは、あまりにも失礼と思い、素直に頭を下げた。


「・・・うむ・・・・・うむ! ありがとうなのじゃ!」


 一刀は未だに己に心を開いていないことなどないことは百も承知であるが、それでも己が大事に想ってきた者達に謝罪をしてくれたことに、艶魅は嬉しさのあまり、涙を流しながら笑う。

 それほどまでに、艶魅にとって己の大義に賛同してくれた者達とは大切な存在だったのだ。


「これで契約はすんだ。がっかりさせんなよ・・・・艶魅」

「一刀こそ、怨みに囚われぬよう努力するのじゃぞ。幸せにならぬと承知せんからな」

「・・クソ甘だ。反吐がでるぜ」


 そう言うと、一刀はおもむろに立ち上がる。


「これ! まだ傷が癒えておらぬであろう! 寝ておらぬか!」

「寝るのは・・・いてて・・・後だ。まずは飯だ。食って血肉を作らねぇといつまでたっても治らねぇ」

「じゃったら眞銀達に持ってこさせれば良いではないか・・」

「出すもん出さねぇと胃に食い物が入らねぇだろが。更に言えばまだ年寄りでもねぇのに、下の世話なんぞされてたまるか」

「あぁ~、なるほどのぉ。それなら致し方なしか・・」


 流石にトイレに行くのを止める訳にもいかず、艶魅はフヨフヨと一刀の隣に立つ。


「支えるかの?」

「いらん。俺はそこまで弱って・・・おっと」


 一瞬足に力が入らなくなり身体が傾き、艶魅は慌てて一刀の手を取り支える。


「ほれ、言わぬことではない」

「・・・・くそっ」


 己の身体であるはずが、大怪我と血が足りていないせいでうまく身体を動かせず一刀は舌打ちをする。

 そして、


「・・・・干し柿だったか? それで貸し借りなしだぞ」


 世話になったのならば礼をするべきだと考えた一刀は、ボソリとそんなことを呟く。

 艶魅はその言葉に、満面の笑みを浮かべながら、一刀と共に部屋を出て行った。


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