第19話 暴露された秘密


 悪霊幼女に殺されかけてから一刀は神月家の部屋に押し込まれることになった。

 相変わらず用意された飯は頑として食べようとはしないが、そこは悪霊幼女の力で無理やり食わせているので餓死するなどと言ったことにはならずにすんでいる。


 ただ医者に傷の経過や治療を施そうとすると、すぐに舌を噛み切ろうとしたり、その医者に襲い掛かろうとするので、薬と治療道具だけが置かれている状態であった。

 一刀が治療を拒む理由は己の身体を使った実験を拒んでいるからであり、現に気絶している間に一服盛られてしまってから警戒しているだけだ。


 更に言えば、昔の悪夢を見てしまってから、かなり神経質になっている。

 ただ、薬を使わぬ状態のままでは、流石に治りは遅く、そして悪化しかねない。

 そんな状態の一刀に神月家の当主である周白と眞銀、そして楓はどうしたものかと頭を悩ます。


 こちらの言葉になど一切耳を貸さず、敵意剥き出しの状態だ。

 文才からあれの治療など適当に消毒液をぶっかけて放置しておけばよいと言われているが、流石にそれでは治るモノも治らないと思い、眞銀のお世話に慣れている楓に面倒を頼んだのだが、一刀の態度の悪さに馬が合わず、どうにもうまくいかない状況であった。


 楓自身も命じられた使命を全うしようとするも、流石に顔を会わせるたびに嫌味を言われ、悪口を言われ、挑発されれば、どうしても態度が冷たくなってしまう。

 そして、眞銀は・・・まあ、元々面倒を見させるつもりはなかったのだが、今では神木神様のお力を使って無理やり食事を与える係として協力している。


 本来ならば神月家の娘という立場の眞銀が、誰かの看病などという行為など許されないのだが、そこは神木神様の意思を尊重し、何より眞銀自身も未来の夫となる人を放置できないと少なからず考えており、率先して協力しているので黙認している。


「どうしたものか。流石にここまで嫌われているとは思わなかったよ。なんとかちゃんとした治療を受けてもらいたいものだけどねぇ」

「おっしゃる通りですが、彼の過去に何があろうとも、周白様がお心を病む必要はございません。それよりも彼をどうにか治療する手段ですが、食事に薬を混ぜるのはいかかでしょうか?」

「それはさっき試したよ。だけど、神木神様の命が解けた瞬間、吐き出しちゃうし。口を塞いだら、傷口から自分の手を入れて胃を圧迫して無理やり吐き出そうとするし・・・うぅぅ、思い出しちゃった」


 一刀の奇行を思い出し、眞銀は顔色を青くするが、対照的に楓は焦った顔で眞銀に詰め寄る。


「眞銀様! それは初耳ですよ!? というか無理やり胃を圧迫ってそれ大丈夫なのですか!?」

「う、うん。一刀さんが傷口縫っていたから大丈夫だと思う。相変わらず薬は使ってないからいっぱい血がでていたけど・・」

「それで大丈夫なわけないでしょ! それも薬を使ってないって何考えているんですか! 死にたいんですかあの人は!」

「あ、あのね。私もそれ言ったよ。お薬もね、いっぱい用意したんだけどね、いらないって怒られちゃって・・」

「怒った! 眞銀様を! わざわざ薬を用意したのに!?」

「お、怒ったって言ってもね。余計なことするなって言われただけだよ。怒られたと言うより、そのお節介だって思われただけだから・・あっ! だけどね! お部屋がいっぱい血で汚れちゃって、そのお掃除は許してくれたんだよ! お布団もね変えさせてもらえたの!」

「もらえたの! じゃないですよ! なんで眞銀様がお掃除しているのですか! そう言う雑務は私がやると言いましたよねっ!」

「だ、だって、時間がたつと落ちにくくなるし、一刀さんは治療を終えたら寝ちゃったからすぐ身体も拭いてあげないと気持ち悪いかなって・・・」

「お、お身体も拭いた!? 眞銀様! いくら将来の夫となる人とは言えもう少し節度を持って接してください! なにかあってからでは遅いのですよ!」

「いや、あのね・・・そのね・・」


 鬼の形相と言わんばかりの凪穂に、桃花はたじろぐ。


「えっと・・・うん、だけどね。一刀さんとっても優しい人だから大丈夫だよ。口はちょっと悪いし意地悪だけど怖いことはしない・・と思うから」

「あの人は私達を敵視しているのですよ! そんな人が危険じゃない訳無いでしょう! それと彼は絶対優しくありません! 意地の悪い最低男ですっ!」

「そ、それは違うよ。一刀さんはとっても優しい人だよ。じゃなかったらポクちゃん達があんなに懐いたりしないし、神木神様だって嫌いだって言われても意地悪なこと言われても離れないのは一刀さんが優しい人だってわかっているからだよ!」

「それこそ神木神様がお優しいからです! ポク達はどうせ元々どこかで飼われていただけです! ただ餌付けされて懐いているだけです!」

「違うよ! みんな一刀さんが優しいのがわかるから傍にいたいと思うんだよ! 楓だってなんだかんだ言って一刀さんのお世話しようとしてるじゃない!」

「それは命じられているからです! それと不本意ですがあの人の子を産まなければ影宮家の力が衰退すると言われ、父様と母様に嫌でもあの人と子を生せとここ一週間命じられ続けたから仕方なく生かしているだけです! 命じられなければ、あんな人のお世話などしたくありませんよ!」

「もう! 楓素直じゃない! あの人が優しいなんて初めてお墓で会った時からわかっていたことじゃない!」

「ただ単にお菓子を貰っただけでしょ! そんなんで優しいとか眞銀様はバカなのですか! 小さな子供じゃあるまいし、そんな事で騙されないでください! 子供じゃあるまいしっ!!」

「あー! バカって言ったー! 楓だってなんだかんだ言って大好きなお煎餅お腹いっぱい食べていたじゃない! 楓だっておバカだもん! おバカー! おバカかえで! おバッカかえでー!!」

「なっ!? 誰がバカですか! バカは眞銀様です!」

「ちがうもん! 楓がおバカだもん!」

「ちがいます! 眞銀様です!」

「なにおー!」

「なんですかっ!」

「「むぅーーーっ!!」」


 二人共プクッと頬を膨らませ、怒りを露わにする。

 そんな二人を周白は微笑まし気に眺めては、昔は二人共こうやってよく喧嘩していたなどと懐かしんでいた。


 最近というより成長していくたびに、二人共己の立場というのを理解し、どちらともなく主人として、そして従者として行動するようになった。

 それがいけないとは言わないが、たまにこうやって昔に戻るのも悪くない。

 などと思いつつも、流石にこのまま放置しておくと、二人の声が外で見張りをしている者達に聞こえてしまう。

 神月家と影宮家が不仲であるなどとは思われないだろうが、不敬であると思われかねない。


「二人共少し落ち着きなさい。というより眞銀。彼のことを一刀さんと呼んでいるようだけど、随分と親しくなったようだね」

「そう言えばそうです! いつの間に名前を呼ぶほど仲良くなったのですか!?」

「え? えへへ、仲良くなったのかな? だったらいいな」


 先程まで頬を膨らませて怒っていたのだが、まるでそれは無かったかのように眞銀は笑みを浮かべる。


「い、いったいなにが・・・はっ!? まさか眞銀様がお作りなった、あのクソマズ毒リンクをまた飲ませたのですね! それで彼も己の名を呼ぶ許可をする代わりに、あのクソマズ毒リンクは飲ませないと密約をかわしたのですね。恐ろしい。眞銀様は恐ろしい子です」

「クソマズ毒リンクってなにっ!? あれは私が長い研究の末に生み出したとっても、とっっっっても身体にいい栄養ドリンクなんだから! 毒じゃないんだからっ!」

「・・・いや、楓君の言う通り、あれは毒だよ・・うん」

「お父さん!?」


 ショックを受ける眞銀であるが、周白はどこか遠い目をしていることに気付くことはない。


「そういえば、私も何度か実験台にされましたね。ホントどうやったらあんな言葉に表せられないクソマズイ毒リンク・・もとい、ゴミンクが作れるのか疑問でなりませんよ」


 そして、楓も周白の遠い目を見て、己の過去を振り返ったのか、死んだ魚のような目をする。


「違うからね! 決して私のドリンクは毒リンクでもゴミンクでもないからねっ!」


 ギャーギャーと騒ぎ喚く眞銀であるが、二人は眞銀の言葉に反応しない。

 それほどまで眞銀が作る栄養ドリンクは、恐ろしいほど酷い味なのだ。


「・・・・・・・・うるせぇ」

「随分と騒がしいのぅ。怪我人がおるのじゃから少しは静かにせんかい」

「だって神木神様! 二人が酷いんだよ! 私の栄養ドリンクを毒だのゴミだのって言うんだよ!・・・あれ? もう起きて大丈夫なの?」

「「!?!?」」


 一刀は眞銀の質問に答えることはなくゴキゴキと首を鳴らし、悪霊幼女に支えられながら歩いていた。


「ちょっ!? ちょっと待ちなさい! 誰が部屋から出ていいと言いましたか! ちゃんと部屋で安静にしていてください!」


 また逃げ出すのかと思い、楓は慌てまたも立ちふさがる。


「案ずるな。ただ厠に行くだけのことよ。後はちと食い物を貰うことになるかのぅ。のう一刀」

「・・・・あぁ」


 楓など眼中にないのか、一刀は欠伸をしながら気のない返事をする。


「それに、今の一刀では道行く子供にも力負けしてしまうほどの有様ぞ。警戒するだけ無駄というものよ。全く、そんな状態であるならば素直に下の世話くらい任せればよかろうに」

「誰に任せんだアホ。ここには男のイチモツを見たことねぇケツの青いガキばっかだろが。ションベンするたびに騒がれてちゃ俺の鼓膜がもたねぇっての」

「ナハハッ! 確かにのぉ! 眞銀も楓も生娘である故、騒ぐであろうなっ! じゃが、楓は多種多様の書物で何度も男の裸体は目にしておる故、眞銀ほど騒がないと思うぞ? この前も読みふけっているのを見かけたしのぉ」

「ッ!? 神木神様!」

「お?・・・おぉ! そう言えば言わぬ約束であったな。まあ、そう怒るでない。別に何も可笑しい事ではないのじゃよ。異性に興味を持つのは至極当然であり、そもそもアレは房中術という忍びの技を極めるのに必要な事でもあるのじゃろう? じゃから恥ずかしがることないのじゃ」


 カンラッカンラッと笑う悪霊幼女に、だからといって口を滑らせていい事ではないと楓は恨みがましく悪霊幼女を睨む。


「コイツがムッツリだろうが「ムッツリじゃありません!」そんなことどうでもいい。それより便所だ。便所。つか、流石に中まで着いてくるなよ。艶魅(えんみ)」

「流石に用を足すところは見たくはないから安心してよいぞ。それとも恥ずかしいのか? なんじゃい、なんじゃい、一刀もまだまだ青いのぉ」

「無乳のガキがナマ言ってんじゃねぇっての」

「誰がむにゅうじゃー! 今は力が弱まっておるせいでこんな姿になっているだけじゃ! 本来の妾は、もっと色ポイのじゃぞ! ぼん・きゅっ・ぼんなのじゃぞ!」

「最近の絶壁スタイルはそんな風に言われんのか。俺が寝ている間に時代は変わったもんだぜ」

「誰が絶壁じゃー!!」


 楓の言葉など聞き流し、一刀は騒ぐ悪霊幼女と共に歩き出した。

 そして、楓達は今まで獣のごとき殺気を出し、殺意剥き出してあった一刀が、今では殺意が薄まり、初めて出会った頃のように穏やかな雰囲気であったことに驚き言葉を失う。

 それと同時に、今まで自分達が心配していたのは何だったのか、これでは無駄な時間を過ごしただけではないかと微妙な空気が流れた。


「・・・・・・楓はいつもエッチな本を読んでるの?」


 そんな空気を変えるためなのか、それとも天然ゆえなのか、眞銀は楓が触れて欲しくない話題を振る。


「なっ!? 読んでませんよっ! そりゃあちょっと描写がちょっとアレだなってシーンがちょっとある恋愛漫画ではありますけれど、そう言う大事な所はちゃんとモザイクかかっててわからなくなっている健全な漫画です!」

「モザイクがちょっとしかかかってないアレな漫画なんだ・・・」

「ち、違います! モザイクがちょっとでは無くて! あれなシーンがちょっとなだけです! モザイクは大量です!!」

「モザイクが大量に発生する健全な漫画は無いと思うな・・」

「違いますよーーーっ!!」


 そして、先程とは違ったなんとも言えない空気がその場を流れる。


「・・・まぁ、落ち着いて楓君。その話はまあ、僕の前ではね。やめようか」

「えっ?・・あっ、はい、すいません」


 流石に昔からの付き合いのある子とはいえ、年頃の女の子の、それもよそ様の子の性事情など耳にしていい事ではない。

 しかし子供の頃は蟻に怯えて泣いていた楓君がこうやって大人の階段を上っていってると思うと・・・寂しいやらなんやら。


「周白様。どうかなさいましたか?」

「なんでもないよ。それより話を戻そう。今後彼にどうやって自発的に食事を取ってもらうかだが」

「あっ、それならさっき神木神様が食べ物貰っていくって言ってたよ」

「そうなのかい? それなら彼が自発的に食事をしてくれるってことかな? それならいいのだけど」

「多分そうだよ。食べ物持っていっても一刀さん以外食べる人いないもん!・・・あれ? だけどポクちゃん達にあげたりしないかな?」

「それならちゃんと食べるか私が監視しますので問題ありません」


 というより、一刀の傍には悪霊幼女がいるので、ちゃんと食事を取っているか聞けばいいだけなので、監視の必要はないが、なんだかんだと世話焼きが染みついている楓が自らかって出る。


「なら、安心かな・・・というより、僕達が悩んでいたのは何だったのかな・・・」

「無駄な時間になってしまいましたね。なんだか、彼は放っておいた方がいいような気がしてきました」

「えぇ!? それはダメだよ。放っておいたら泣いちゃうよ!」

「それはないだろうね」「それはないですね」


 名で呼ぶほどに親しくなっておいて、全く一刀の性格を理解していない眞銀に二人は呆れた視線を向けた。



 ちなみに眞銀と一刀が親しくなったわけではない。

 ただ眞銀がどれだけ一刀の辛辣な言葉を投げかけられてもめげずに関わり続け、というかはっきりいってウザイほどに絡み続けた結果、名を呼ばせることを許可する代わりに、あまり話しかけてこないようにと条件を出しただけだ。


 勿論、お話しできないことに眞銀は不満を口にしたが、人より聴覚が優れたタヌキ達にとって人の声を聞き続けるのはストレスになる恐れがある事を伝え、更にまだ幼い子タヌキ達の聴覚にも障害が起こりかねないなどと言われて眞銀は渋々ながらに受け入れた。


 まあ、人の声などでタヌキの聴覚に障害が起きることなどありえないのだが、そこは少し頭の中がお花畑で、人の言葉を疑うことがない眞銀であるからこそ、受け入れただけであった。

 そして、一刀がタヌキ達を気遣う姿に、やっぱり一刀は優しい人なのだろうと思う天然な眞銀である。

 一刀はただタヌキ達をダシにしているのに、気付いているのは、隣でフヨフヨと漂っていた悪霊幼女だけであった。



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