第17話 消える事のない怨み
「・・・・・・・・・」
一刀は静かに瞳を開く。
体力を少しでも回復させるために眠りについたのだが、一番の原因は宮塚家から何か薬物を投与されたからだろ。
だからあんな昔の夢を見ることになったのだろう。
「・・・・ッチ」
夢見が悪すぎる為か、それとも昔の自分があまりに無力なのを思い知らされて情けなく感じたのか、一刀は小さな舌打ちをすると周囲を伺いだした。
木々の匂いが香る森の中ではなく、見覚えのない板の間。
また知らない場所に連れて来られたようだ。
「・・クソッ・・最悪だな」
気を失っている間に勝手に連れて来られたかと、一刀はイラつきながら悪態をつく。
「・・・・・・・・・・・そして何故お前がいる」
「きゅっ!」
よっ! と言わんばかりに、子タヌキが前足を上げ我が物顔で一刀の頭にへばりつき。
「きゅっ!」
「きゅっ!」
「きゅっ!」
「きゅっ!」
「・・・・・・・・」
なぜか子タヌキが増えていた。
というか、コイツ等森でいた五匹の子タヌキだろ。
何故ここにいる。
そして、お前等の親はどこに・・。
「「くわぁぁぁぁ」」
ああ、俺の脇腹辺りに寝ていたのか。
・・・・・・ホント、なんでここにいる。
「目が覚めたようで何よりですが、今度は安静にしていてください。神木神様が二度も貴方の治療をお求めにならなければ、貴方など好んで助けなかったのですから」
そう言いながら、一刀の治療のために気配を殺し隣に控えていた楓はそっけなく語る。
「・・・気配を消せるならずっと消してろ」
それが助けてもらった者の言うことかと、楓はイラつきを覚えるが、静かにその怒りを飲み込む。
「・・・俺の荷はどこだ」
「出て行くつもりなら諦めてください。貴方の怪我が治るまでここから出ることは禁じられています。周りも宮塚家と影宮家が取り囲んでいますので、出ていくことは許しませんよ」
「知るか」
そう言うと、一刀は起き上がる。
頭や肩に子タヌキ達が引っ付いており、なんだか可笑しなことになっているが、一刀は気にせずそのまま立ち上がる。
どうやらこの部屋には荷物がないようで、前と同じ部屋に置かれているのかと思いつつも、そこに無ければ諦めて身一つで帰るかと思い出口へと向かった。
「・・・・また幻か?」
「さて、どうでしょう」
だが、昨日と同じように楓が立ちふさがり、一刀の行く手を阻んだ。
「・・・そういや、てめぇのせいでクソ野郎を殺しそこねたんだったな。何度も邪魔されてはメンドクセェし、殺しとくか?」
「なんの力も持たない無能力者ができるのでしたら、ご随意に」
表情変えず挑発する楓の言葉に一刀は少し驚いたのか、少しばかり眉を上げると、クツクツと笑う。
眞銀がいないせいか、彼女の態度はとても冷たい。
この姿こそ彼女本来の姿のかもしれないな。
「なにが可笑しいのですか」
「なに、テメェは一人前だと考えていたのだが、俺の思い違いだったことが笑えただけだ。まさか半人前以下のガキとは思わなかったぜ」
「・・・・・・・」
一刀はそう言うと笑いながら一歩踏み出し楓の横を通り抜けようとした。
「グッ!?」
だが、それを楓は許さず一刀は顎に鋭い一撃をくらわされ、崩れ落ちることになった。
頭や肩に張り付いていた子タヌキ達はいつの間にか楓に回収されており無事である。
「その半人前の一撃を避けられない貴方は何なのでしょうね? ゴミクズか何かですか?」
グワングワンと脳を揺らされ、立つこともできない。
「自分が半人前のガキだって自覚あったのかよ。それならさっさと家に帰りな。ガキが背伸びしたってガキであることには変わらねぇ」
そんな状態でも一刀は楓をバカにしたような笑みを浮かべ煽り続ける。
その姿にイラつきを覚え、抱きしめていた子タヌキ達を床に降ろすと、イラつきを解消するかのように楓は一刀の腹を蹴飛ばす。
「ッ!?」
蹴飛ばしたといっても、そこまで強くではない。
更には蹴飛ばした先は布団の上であったため、背中を強く打つことはなかった。
まあ、軽くとはいえ傷口に蹴りを入れたので、僅かに傷が開いてしまっているが。
「ゲホッ、ゲホゲホッ!・・・クックックックッ、甘いな。まだまだ甘い」
それでも一刀は何事もなかったかのように起き上がり、また同じように楓の前に立つ。
「まだ痛い目にあいたいようですね。貴方はマゾの変態さんですか?」
「それはテメェ等だろ。あの悪霊にいいように使われて幸せ感じてんだろ? ほんとおめでたい奴等だぜ」
「・・・・・・・」
「なんだ? 怒ったのか? テメェ等は悪霊の命令をなんでも聞く変態のクソ共だろ? どうせそこら辺の男に股開いてこいと命じられれば喜んで聞き入れるんだろ? なぁ、どうなんだよ」
「死にたくなければ、これ以上舐めた口をきくな」
「事実を話しているだけだろ。いや、確かに今のは失礼だったな。お前等は悪霊の奴隷であるだけだ。変態などと、まるで人のように扱ってしまい申し訳ない」
ビキビキッと楓の怒りは最高潮に達しつつあるのか、顔を赤くしている。
それでも、一刀の暴言は止まらず、そして、
「ガフッ!」
楓の全力の掌底が一刀の腹に突き刺さった。
先程の蹴りとは比べ物にならない一撃に、一刀はひざを折る。
「外傷以上に内部にダメージを与える技です。それもかなり強めに打たせて頂きましたので全身の骨が軋んで痛いでしょう? その痛みは我等の神木神様を侮辱し、神木神様をお守りする神月家、並びに四氏族を侮辱した報いと思いなさい。せいぜい苦しみ、反省することです」
そう言うと楓は冷めた視線で、血を吐く一刀を見下ろした。
「なんじゃ! なんじゃ! なんか人が倒れた音がしたぞ! なんとっ!?」
「楓何かあったうえぇぇぇぇぇっ!?」
そして、一刀と楓の戦闘音を聞きつけた悪霊幼女と眞銀が現れ、床に突っ伏しながら、血を吐く一刀の姿を見て驚く。
「なんで一刀が血を吐いておるのじゃ!? 楓! これはお主がやったのかや!」
「はい、この無能力者が神木神様と私共を侮辱しましたので、制裁を与えました」
「馬鹿者! 妾は治療せよと言ったのじゃぞ! 怪我をさせてどうするのじゃ!」
「ですが、この無能力者は出て行こうとした際、お止めするように命じたのも神木神様です。私はそれに従っただけにすぎません」
「いやいやいやいや、神木神様だって普通は暴力で止めるなんて思ってもいないよ! 楓どうしちゃったの! いつもの貴方ならこんな暴力的な解決方法は取らないのに! それと無能力者なんて普段の貴方なら絶対口にしないよ! なんでそんな差別用語使うの! ダメだよ! 普通の人をそんな風に呼んじゃ!」
「そうじゃぞ! 一刀に能力が無かろうとも、大事な宮塚家の嫡男であり、将来はお主の夫となる者であろう!」
「お言葉ですが、神木神様や神月家の皆様を蔑ろにする方を家族とは思えません。ましてや夫になど認められるはずもありません! 子を産むだけでも遺憾だと言うのに、この者を夫として敬えと言うならば、流石の私でも自害した方がマシです!」
フンッと言ったように楓はそっぽを向く。
己が一族の崇拝する神の言葉であっても、己が仕える主の言葉であってもこればかりは曲げられぬと言った感じである。
「ゲホッ・・・クックックッ、俺も貧相なガキは嫌いだ。俺に抱かれたいならもっと色っぽくなってから出直してきな」
「誰が貧乳ですって?」
貧相と言っただけなのだが、どうやら可哀想な胸部の持ち主には貧相という言葉が貧乳と聞こえるようだ。
なんとも痛々しい女だなと、一刀は哀れみの視線を向けると、先程とは比べ物にならないほどに、楓は顔を真っ赤にさせながら怒り出す。
「ちょっ!? ちょっと楓! 武器はダメだよ! 危ないよ!」
「そうじゃぞ! 刃物はいかんよ! 刃物は! それに一刀は貧相と言っただけで貧乳とは言っておらぬぞ! お主の聞き間違いじゃ! 落ち着くのじゃよ!」
なんとも騒がしいなと思いながらもその光景を生暖かい目で見つめた。
「「「「「きゅ~ん?」」」」」
「ん? ああ、そうだな。なんとも残念なガキがいたもんだな。色んな意味でな」
「「「「「んきゅ!」」」」」
「絶対殺します。あの子達もお仕置きです」
「待って楓! 殺しちゃダメ!」
「そうじゃ! そうじゃ! それにポク達は別に同意などしておらぬ! イジメちゃダメなのじゃ!」
なんとも騒がしく、そして殺伐とした雰囲気の中で、一刀は痛みが引くのを待ち続けた。
次攻撃されても反撃できるように。
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