第15話 お約束の宴を


 一刀は息を切らせ、何度も木にもたれかかりながら森の中をゆっくりと歩く。

 足にはもう子タヌキは引っ付いておらず、かわりに心配そうな視線を向けてチョコチョコと一刀の後を付いて歩いている。


「クソッ。流石にキツイな」


 パンパンに物が入った重いリュックサックを背負っての山登りなど、怪我をしてなくとも疲れる。

 なら登らなければいいだけなのだが、この森には大事な用があったため登らないという選択はない。


「お主はバカなのか? そんな怪我でこんなところに来て、そんなに食い物を買い漁って何を考えておる・・・・せっかく塞いだ傷も開いてしまったではないか。本当に死んでしまうぞ」


 辛そうに顔を顰める悪霊幼女の視線の先には、文才から受けた傷が開き、血が服を染めだしていた。

 流れる血の量は今の所それほどひどくはないが、なんの処置もせずに長時間放置すれば出血多量で死ぬだろう。


 そのことは何度も伝えはしたが、一刀は全く聞く耳を持たず、いつしか悪霊幼女も口を噤み、一刀の邪魔をする事は無くなった。

 それでも重症者を放っておくなどできず、一刀の周りをフヨフヨと漂っている。


「はぁ・・・はぁ・・・ゲホッ!・・・はぁ・・はぁ」


 一刀は時々咳き込みながら森の中を進み続け、数分後ある場所にたどり着くと深く息を吸い立ち止まる。


「・・てっきり妾の所に向かっておるのかと思っておったが、違うようじゃな。こんなところに何か様でもあるのかの?」


 悪霊幼女は尋ねるが、相変わらず一刀は反応せず、ただリュックサックを地面に降ろし、中身をひっくり返す。

 ゴロゴロと大量の果物や干した果物や甘栗やらの菓子が出てきた。

 数は少ないがタッパーに入った刺身や干物、後は鳥の皮なども落ちている。

 一刀はタッパーに入った魚や肉を取り出し地面に置くと、近くの木に腰を下ろし、子タヌキを股の間に入れ捕まえると、その状態で開いた傷の手当てを始めた。


「・・・・なにをしたいのか全くわからぬ」


 一刀の不可解な行動に悪霊幼女は首を傾げながら、やっと身体を休みだしたことに安堵する。

 できれば設備の整った病院で、医者に治療をして欲しいものだが、言っても聞かないのは目に見えているので悪霊幼女は何も言うことはなかった。


「・・・よぉ、遅かったな」


 そしてしばらくすると草むらがガサガサと揺らめき、そこからタヌキ達がひょっこりと顔を出した。


「お主・・まさか子タヌキを親元に返すためにここに来たのか?」


 確かに少しでも早く親元に返したほうがいいとは思うが、それでもわざわざ怪我した身体を引きづってまでして届けに来る必要もあるまいと思っていると、一刀は居住まいをただし、綺麗な正座をする。


「約束のモンだ。好きなだけ食ってくれ。それと・・・気付かなかったとは言えお前等の家族連れて行っちまってすまなかった」


 そう言うと一刀は静かに頭を下げた。

 子タヌキが勝手についてきて、勝手にリュックサックに忍び込んだので、一刀には一切非はない。

 だがそれでも子供を連れ去ったと言う事実は変わらぬと思っている為、素直に頭を下げたのだ。


「頭下げたくらいで許されるとは思っちゃいねぇし、獣に人の言葉が通じるとも思ってねぇが、これは俺のけじめだから気にしないでくれ・・お前達と言葉を交わせられれば、ちゃんと報いることができたんだがな」


 そう言い終えると一刀は下げた顔をゆっくりと持ち上げる。

 するといつの間にかタヌキ達が目と鼻の先にまで移動しており、ジッと一刀を見つめていた。

 まるでこちらが何を言わんとしているのか理解しようとしているような。

 そんなよくわからない感じであり、理解しようとしているならば言葉で伝えるべきだと思い


「子供いなくなって随分不安にさせた。ホントに悪いことをした」


 再度謝罪を口にした。


「「「「きゅん!」」」」


 まるでタヌキ達は一刀の言葉に反応するかのように一鳴きするとぺろりと一刀の頬を舐める。


「・・・・おう、感謝するぜ」


 タヌキ達の行動にその優しさに、一刀は許されたと感じた。

 この地にきて初めて気持ちのいい対応をされた気がする。

 そう思った瞬間いつの間にか一刀は心からの笑みをタヌキ達に向けていた。







「つか、親ならテメェのガキをちゃんと見張ってろ」

「「うきゅ~?」」


 親タヌキ達は一刀が持ってきた刺身を食べながらコテンと首を傾げる。

 一刀の言葉に反応はするも、何を言っているのかは理解していないのか、それとも理解したうえで惚けているのか一刀には判断できなかった。

 まあ、獣が人の言葉を理解できるとは思っていないので、一刀はいつものように不機嫌そうに顔を顰めるだけだ。


「惚けやがって、おい、お前等もだぞ。兄弟がいなくなったら少しは気にしろ。遊んでばっかいるんじゃねぇぞ」

「「「「ハグハグハグハグッ」」」」


 子タヌキ達は一心不乱に甘栗を食べている。

 少しは俺の話を聞けよと思いつつ、飯時に話しかけても意味がないと思い、一刀は注意するのを諦めた。


「んで、お前は何でここにいんだよ。お前も食ってこいよ」


 そして、なぜか未だに親元に帰らず、好奇心盛んな子タヌキに視線を向ける。

 この子タヌキは何が楽しいのか、出会ってからというもの俺の靴紐を齧り遊び続けている。

 普通数日親元を離れれば恋しくて駆け寄るものであり、親も子を傍に置いておきたいと思うはずなのだが、コイツ等はそんな気配は一切見せない。

 少し薄情すぎるのではないかと思わないでもないが、野生動物の考えなど理解できない一刀は、ただため息を吐いて靴紐に噛り付いてくる子タヌキを適当にあしらう。


「のぅのぅ、一刀や、妾も食べたいのじゃよ。あれは干し柿であろう? 干し柿は妾の好物なのじゃよ。のぅ、聞いておるか? というか聞け、妾は干し柿が食べたいのじゃ!」


 というか、子タヌキよりももっとウザイ存在が隣にいる。

 なぜか俺の傍を離れず引っ付いてくる悪霊幼女。

 マジで憑りつかれたのかもしれん。


「草でも食ってろ」

「んな! 何でそんな酷いこと言うのじゃ! お主は妾に対してあまりに意地悪すぎぬか!?」

「・・・・・・」

「じゃから無視するでない! むむむっ! ああそうかの! ああそうかの!! お主がそういう態度なら妾にも考えがあるのじゃ!」


 そう言うと、悪霊幼女は一刀の頬を掴み横に引っ張り出した。


「・・・・・・・」

「うにゅにゅにゅにゅっ! どうじゃ! 痛かろう! これこそ我が家に代々伝わる母様直伝お叱り術【鼓舞取り爺様】であるぞ!」


 代々伝わっているのに、母親直伝とはこれ如何にと思いながら、一刀はおもむろに悪霊幼女の頬を掴み。


「うみゅ? うにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!?」


 その頬を横に引っ張る。

 勿論加減はしているが、それでも幼女にとってはかなり痛いのかジタバタともがき出した。


「な、何をするか! お主バカなのか! 痛いではないか! お主バカなのか! 真似をするなバカッ! 絶対お主バカじゃろ! このバカ者!!」

「お前が喧嘩売って来たのが悪いんだろが」

「にゃ、にゃにおー! 喧嘩を売って来たのはお主であろう! 妾のこと、悉く無視しおってからに! 温厚な妾でもお冠であるぞ!」

「知るかボケ、勝手にキレてろ。それと言っておくがアイツ等の食いもんに手え出すなよ。あれは、アイツ等が俺の頼みを聞いた報酬だ」

「ほうしゅう? 意味が分からぬな。なんでお主がポク達に報酬を持ってくるのだ? それ以前に、人がどうやってタヌキにお願いするのだ? 頭大丈夫かの?」

「ア゛?」


 悪霊幼女の言っていることは全くもってその通りだが、タヌキと意思疎通しているお前にはバカにされたくない一刀は、悪霊幼女にガンを飛ばす。


「ひぅっ!? な、何故睨むのっじゃ! 睨むでない! 怖いではないかっ!!」

「お前がふざけたこと抜かしたからだろうが・・・まあいい、それよりお前はアイツ等に報酬を渡したのか? それともまだ準備している途中か?」

「報酬? なんのことじゃ?」


 何故妾がタヌキ達に報酬を渡さねばならぬのかという話になるのかと悪霊幼女は首を傾げる。


「テメェが口にした約束事も忘れたのかよ・・・・ッチ、くたばっても人ってのは禄でもねぇな」


 一刀は不機嫌そうに顔を顰める。


「えっ、いや、妾何か約束したかえ? 全く覚えがないのじゃが・・」


 そう言いつつ一刀の態度から、からかわれていると言う訳でもなさそうであったため、本当に何かタヌキ達と約束しただろうかと悪霊幼女はうんうんと悩みだす。

 そして悩み続けていると、子タヌキ達が甘栗を上手そうに食べる姿を見て一刀が言っている約束というのを思い出した。


「あぁ! あれじゃよな! お主を止めるために、あの子等の好物を用意するという話であったよな!」

「覚えてんじゃねぇか。だったらさっさと用意してやれ。それとも、昨日の内に食わせてやったのか?」

「んあ!? そ、それは、まだじゃよ。じゃがの! 近いうち必ず用意するつもりだったのじゃよ!・・・・なんじゃその目は! 本当に用意しようとしておったのじゃぞ! ほ、ほんとうじゃぞっ!!」


 今まで忘れていた癖にと言った視線を向ける一刀に、悪霊幼女は慌てながらも必死に用意するつもりだったと言い張る。


「ならアイツ等の好物ってのは何なんだよ。まさか知らねぇとか言わねぇよな?」

「む? フッフッフッ! それくらい知っておるわ! あん子達はのっ! 妾と同じで柿が好きなのじゃ! この前供物の中に柿があったのじゃが、こん子等それはもう美味しそうに食べておったのじゃよ!」

「・・ほぉ」


 一刀はチラリとタヌキ達に視線を向ける。

 確かに果物を多数用意したが、季節外れの生柿は用意できなかった。

 まあ、代わりに干し柿を用意してある・・・あるのだが、タヌキ達が干し柿に食い付いているようには見えない。

 どちらかというと魚や肉、もしくは剥き栗などの歯応えのある者を好んで食べているように見える。


「じゃから今度干し柿を用意してやるのじゃ! どうじゃ! ちゃんとこん子達の好物は熟知しておるのじゃろ!」


 ふふんと薄い胸を張る悪霊幼女。


「なるほどな・・・・だが、アイツ等別に干し柿が好きではない様に見えるが?」

「なぬ? そんなはずは・・・」


 指摘され悪霊幼女はタヌキ達に視線を向けた。

 親タヌキ達は刺身や干物を一心不乱に食べ、子タヌキ達は鳥皮と甘栗を食べている。

 近くに干し柿があっても、タヌキ達はそちらに見向きもしない。

 あっ、足蹴にしやがった。


「確かネットの情報で、タヌキは確かに柿を食べるが別に好物って訳じゃないみたいだぜ。どちらかというと気分によって食べる程度だとか書いてあったはずだ」

「な、なんじゃと・・・ならば、あん子等何が好きなのじゃ? あぁ! あれか! ネズミじゃろ! 眞銀が幼き頃、あの、なんと言ったか・・・四角い箱の中で絵が流れる奴で【平和にポコポン】という物語でタヌキ達が『ネズミが大好き!』と言っておったぞ! 後は・・・エム子のハンババーいう物を大層美味しそうに食べておったはずじゃ」


 四角い箱というのは恐らくテレビのことで、ハンババーというのはハンバーガーのことだろう。

 というより、テレビやハンバーガーなどの横文字には弱い所を見るに、コイツは幼い見た目の割に、年老いたババアなのかもしれない。

 見た目は幼女、脳はボケ寸前の老人って感じだな。

 一言で言うとロリババアって奴だ。


「なら頑張って用意するんだな。アイツ等が満足するネズミをお前が一人でどうやって捕まえるのか、それとエム子のハンババーを一人でどうやって用意するのか見ものだ」

「うむ、しかとその目で妾の勇姿を見るがいいのじゃ! 度肝を抜かしてやるでの! 絶対見るのじゃぞ! 約束じゃぞっ!!」

「わかったわかった。約束だ・・・・っく・・・ハハハハハッ!!」


 物に触れられないお前がどうやってネズミを捕まえ、人に見えないお前がどうやってハンバーガーを購入するのだと笑いをこらえていたのだが、間抜けにも不可能な約束をしたことにこらえきれず、一刀は笑う。


「な、なんじゃ行き成り笑いおって、笑い茸でもくろうたか?」

「クックックッ、い、いや、お前があまりにバカ過ぎて笑えただけだ」


 笑い過ぎて涙をこぼしながら、一刀は悪霊幼女をバカにする。


「なにおー! 誰がバカじゃ! 妾はそこらの才色兼備達さえも首を垂れるほどの才色兼備であると父様に褒められたことがあるのじゃぞ!」


 まるで意味が分からねぇし、肉親からの褒め言葉は99%私見が入っているだろ。


「そうかよ。だったら、どうやって今のお前がネズミを捕まえるのか教えてくれねぇか?」

「そんなもの、巣穴を見つけてスビャシャッと捕まえればいいのじゃ。こうスビャシャッとな! 素手でスビャシャッと掴む姿を見せてやるわい!」


 シュッシュッとボクシングのジャブのように、手を前に突き出す悪霊幼女の姿に、一刀はまた笑う。

 また自分の首を絞めている。

 やっぱりこいつバカだ。


「やってみろやってみろ。お前が素手で捕まえられると言うならやってみろ!」

「むむ! 信じておらぬな! 妾が生きていたころは米蔵に忍び込んだネズミ共を何十匹、いや何百匹も捕まえたものじゃ!」

「そりゃあすげぇじゃねぇか。そんな凄いお前がここ一年で何匹ネズミを捕まえたか教えてくれよ。まさか0匹なんていわねぇよな?」

「ここ一年じゃと、そんなの一匹たりとも捕まえられるわ・・・・け・・・・・・・・・」


 今までの威勢はどこに行ったのか、悪霊幼女は声を失ったかのように黙り込んでしまう。

 やっと己が何を言っているのか理解したようだ。


「なぁ、何匹だ?」

「・・・・・・・・・」


 答えられないことをいいことに一刀は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「なぁ、言ってみ。何匹なのか言ってみろって」

「・・・・・・・・・う」

「ほらどうした? 才色兼備の中の才色兼備さんよ」

「・・う・・・うるさいのじゃばーか! うわぁぁぁぁん、ましろ~!」


 そして、意地悪く何度も聞いてくる一刀に、悪霊幼女は耐えきれなくなり逃げ出した。

 その姿を一刀はクツクツと笑いながら見送った。


「クックックックッ・・・・・・・・・・・ゲホッ」


 だが、その笑みはすぐに消え一刀は口から血を吐く。

 血を吐く一刀の姿に、今まで食に没頭していたタヌキ達はピクリと反応し、駆け寄って来た。

 今まで靴紐で遊んでいた子タヌキもいつの間にか、一刀を心配そうに見つめていた。


「・・・何見てんだよ。いいからお前等は飯食ってろ・・・クソッ・・やっぱ宮塚家はクソだぜ・・・」


 傷が開いただけなら血など吐くことはない。

 だが現に血を吐くと言うことは俺の身体に何かしらの仕掛けが施されていたのだろう。

 あの悪霊が俺を治療しろとは命じたが、俺の身体をオモチャにしてはいけないとは言っていない。


「・・いつか・・必ず・・壊して・・や・・・・・・・る」


 そう呪詛を呟きながら一刀は薬指の爪をむしり取ると、そこに隠し入れていた血だらけの薬を取り出し飲み込む。

 飲み込んだ薬のせいか、一刀はそのまま意識を失った。


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