第14話 相変わらずな態度
どこか懐かしく、そして不快な匂いに一刀は眉を潜めながら、瞳を開く。
天井が高く、床は板の間、まるで道場である。
武を高め合い、力を求め、血と汗を流す暑苦しい男達が集まる場。
年端もいかない幼い一刀が文才に鍛えられた場所でもあり、いい思い出など一切ない道場にて、一刀は寝かされていた。
そんな汗臭く、血の匂いが染みついていそうな道場に、似つかわしくない甘い香りを感じ取った。
「・・ッツ」
身体を起こし、布団から抜け出そうとしたが、上半身に痛みが走りそのままバタリと布団に倒れる。
息を切らせながら、一刀は己の身体に視線を向けた。
胸や腹には大量の包帯が巻かれており、突き刺され折れた右手にもギブスが付けられている。
意識を失う前、あの悪霊幼女が治療しろと言っていたので、その言葉に従い宮塚家が治療を施したのだろう。
「・・・ッチ」
宮塚家に治療されたという事実が腹正しく、一刀は小さく舌打ちをする。
「おぉ、目が覚めたか。よかったのじゃ」
布団に倒れる音が聞こえたのか、それとも定期的に様子を見に来ていたのか、悪霊幼女が壁をすり抜けフヨフヨと現れ近寄って来た。
「どうじゃ? 熱は無いかの? 気持悪くはないかの?」
そう言うと悪霊幼女は一刀のおでこに触れる。
「うむ、熱は無いようじゃな。良かったのじゃよ・・・・しかしやはりお主には触れられるようじゃな。甘味を食べさせてもらった時にお主の手の感触を感じたからもしかしたらとは思ったが、まさか現世の者に触れられる時が来ようとは・・・長生きはするものじゃよ」
感慨深く悪霊幼女はうむうむと頷く。
そしてそんな悪霊幼女の姿を目にしている一刀は、
「・・・・・・・・・・・ペッ」
これ見よがしに床に唾を吐いた。
「人の顔見て唾を吐くでないわっ! お主失礼にもほどがあるぞ! あと汚いのじゃ!」
目覚めて初めて見るのが悪霊であることに、一刀は不機嫌になる。
もとあと言えば、コイツが文才の動きを止めきれなかったのが悪い。
俺がこいつを貶し、文才や宮塚家の連中を煽り、あえて襲ってこさせる為であったとしても、コイツが悪い。
そう自分勝手なことを宣う一刀である。
「まあ妾は寛大故に失礼な態度も許してやるのじゃ! 短い付き合いではあるがお主は中々に人を不快にさせることに長けておるようじゃからな! 気にしないのが一番であると理解したのじゃ! じゃなければこちらの身がもたんからのぉ」
死んでるくせに身がもたねぇとはこれ如何に、と小馬鹿にしていると、カリカリと扉を掻く音が聞こえた。
「おぉ、もう来たか! なんとも勘の良い子よ」
そう言うとフヨフヨと扉の方へと飛んで行き、扉に手をかける。
「およ? おぉ!? そうであった。触れられぬのであったな」
ナハハと笑いながら、頭だけ扉をすり抜ける。
「お~い、ましろ~、かえで~、あけてくりゃれ~」
「は~い」
「あっ、眞銀様私が開けますって、あぁっ!!」
ドタドタと廊下を駆ける足音の後にズバーンと扉が勢いよく開け放たれる。
あまりに勢いよく開けたせいで子タヌキが尻尾を逆立て驚いている。
「もう! 眞銀様! ポクちゃんが怖がっているじゃありませんか! もっと気を付けてください!」
「あぅ、ごめんなさい。ポクちゃんもごめんね」
そう言いつつ眞銀が子タヌキを撫でようとしたが、子タヌキは眞銀から距離を取ると、逃げろ! 逃げろ! と言わんばかりに一刀の元へと駆け、そのまま
「グフッ!?」
脇腹に体当たりしてきた。
傷口に体当たりしたわけではないが、流石に子タヌキとはいえ本気の体当たり。
怪我に響かない訳がない。
「こ、このバタヌキ」
そう言いながら、脇腹に顔を埋めてくる子タヌキをひっつかむ。
「お前は何してくれてんだ。鍋にして食うぞこの野郎」
「きゅ~ん! きゅ~ん!」
怒りの視線を向ける一刀であるが、子タヌキはそんな視線などものともせず、楽し気に鳴く。
コイツ絶対俺を舐め腐ってるだろと思いながら、子タヌキを持ち上げるのも疲れるので、床へと降ろす。
「きゅ~?・・・ぺろぺろぺろぺろ」
「舐めるな。引っ付くな」
そして、床に降ろすと子タヌキは一刀の頬を舐めはじめる。
遊んで欲しいのか、それとも飯をねだっているのかわからないが、こちとら怪我のせいで体がだるいのだから放っておいて欲しい。
「あ~、あ~、いいなぁ~」
「眞銀様、落ち着いてください。またポクちゃんが怖がりますよ。それともう少し淑女として振る舞ってください。宮塚家の次期当主様もいらっしゃるのですから」
「あっ・・・・は~い」
「なんじゃなんじゃ、眞銀は相変わらず楓には頭が上がらぬようじゃのぉ。家臣に叱られ身を小さくする主人とは、また面白い光景よなぁ~」
そして、先程から周りが五月蠅い。
女が三人集まれば、ウザったいとはよく言ったものだ。
「・・・おい」
その中でも比較的騒がしくなさそうで、一番面識のある楓に声をかける。
「あ、はい、なんですか?」
だが、なぜか楓ではなく、眞銀がテコテコと近寄って来た。
お前じゃねぇよ。と言いたかったが、わざわざ楓を呼ぶのも面倒と思い、一刀はため息を吐きながら話を続ける。
「気絶してどれだけ時間がたっている。あと俺の荷はどこだ」
「お荷物なら隣の部屋に置いてありますよ。一刀さんが気絶していた時間は大体・・・一日くらい?」
「正確には一日と二時間ほどです」
「そうか・・・そりゃあいい時間だ」
ということは、今は大体昼の11時と言ったところだろう。
この時間に目を覚ませたことに一刀は笑みを浮かべると、痛みに耐えながら体を起こす。
「これこれ! お主は何をしておるか! まだ安静にしておれ!」
「そうですよ! それに傷口が開いちゃいますよ!」
そういうと手を伸ばし引き止めようとする眞銀の手を一刀は払いのける。
「俺に触れるな。殺すぞガキ」
「ッ!?」
突然の殺気に眞銀はたじろぎ足がすくんむ、そんな眞銀を守るように楓が一歩前に出る。
一刀が神月家や四氏族に並々ならぬ怨みを抱いていることは、文才とのやり取りで理解していたため、襲われても返り討ちにできるようにあらかじめこの場に色々なトラップを仕込んでおいた。
少しでも危害を加えようとすれば、その瞬間四肢を砕くほどの仕掛けも用意済みだ。
だが、一刀はただ殺気を飛ばすだけで、特に眞銀に近づこうとはせず、ゆっくりと起き上がるだけなので、そのトラップを作動させることは無かった。
「これっ! 一刀! お主が寝ている間、わざわざ眞銀と楓が宮塚家に泊り、面倒を見てくれていたのじゃぞ! けなげな二人にその態度はあまりに無礼であろう!」
「そっちが勝手にしたことだ」
「なんじゃと! 二人は善意からお主の面倒を申し出てくれたというのになんという言い草じゃ!」
「恩着せがましい奴だな・・うざってぇ」
一刀はおぼつかない足取りで歩み出すと、その行く手を楓が阻むように立ちはだかる。
「・・おい、お前は自分の足で歩けよ」
「きゅえ~?」
だが、一刀はそんな楓を気にも留めることなく、足にしがみ付く子タヌキに話しかけながら、楓の身体にワザとぶつかるように踏み出した。
そして楓の身体に一刀の身体が触れた瞬間、楓の身体は霞の如く消えていった。
影宮家の特殊な力。
相手の視覚を奪い、相手に幻を見せる。
どれほどの観察眼をもってしても見破ることは困難である。
そのはずなのだが、なぜか一刀にはそれが幻と見破られていた・・・というか別に見破った訳ではない。
ただ護衛対象である神月家のご令嬢がすぐ傍にいるにもかかわらず、殺気を飛ばす輩の歩みを、唯一傍にいる護衛が護衛対象から離れてまで止めに入るとは思えなかっただけだ。
何を優先するべきなのかわかっている時点で、行く手を阻む幻を作り出すのは無駄な労力とでしかない。
技の制度は申し分ないが、状況によって使い分けられない所を見るに、まだまだ未熟であるのが伺える。
日常的に能力に頼り切っている故の弊害。
生活の一部として能力を使い、矛盾を感じる感覚が衰えているのだろう。
更に言えば能力の乱発は弱点を探るチャンスになるため、無暗に使うべきではないことを、楓は理解していなかった。
「愚か者が」
誰に向けた言葉であるか言う必要はないだろうが、一刀の小さな呟きに、楓の眉はピクリと跳ね、目を細めた。
だが、楓は特に何かを言うことはない。
楓自身、能力に頼りきりであるのは理解していたのだから。
「・・・・・・・」
だがこのまま舐められていては、影宮家の名に傷がつくと思ったのか楓は準備しておいたトラップを一つだけ発動しようとしたが、
「クチャクチャ」
一刀が口に含んでいるある物を見てその動きを止める。
パチンコ玉のような銀色の小さな球体。
それが何なのかわからないが、何かしらの暗器だろう。
眞銀様が面倒を見ると言ってから、治療を施した宮塚家が危険の無いように武器や暗器をひとつ残らず回収したはずである。
危険な武器は見逃すことはない。
見逃したとしてもあれは危険なモノではないはずだと思いはしても、もしもを考えて楓は動けず、せっかく用意したトラップを発動することができないでいた。
その行動に、一刀は小馬鹿にした笑みを浮かべながら、部屋を出て行く。
「これ! じゃから動くなと言うておろうが! 死んでしまうじゃろうがっ!」
そして、一刀の後を悪霊幼女はギャーギャーと叫びながらついていくのだった。
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