第13話 当主の怒りと悪霊幼女の力


 神月家と四氏族と縁を結んで欲しいとふざけたことを言われ、一刀は怒りの視線を向ける。

 縁を結ぶ。

 それは俗にいう結婚と言うことだ。


「殺されてぇようだな。クソ野郎」


 要するに周白は、神月家や四氏族を嫌う一刀に結婚を進めたことになる。

 これは一刀をバカにしているとしか思えないだろう。


「そうだよお父さん! 何で行き成り結婚なんて話になるの!? 私そんな話聞いてない! 楓も聞いてないよね!」

「いえ、私は聞き及んでおりました。文才様のお孫様が私共の伴侶になると」

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!? 知っててなんであの人の前でもそんなに冷静でいられたの!? 普通もっと取り乱すよ! なのにいつも通りなんて楓は痴女さんだったの!?」

「眞銀様、何故私を痴女認定しているのか。そして、何故そのような卑猥な言葉を知っているのか。じっくり問い詰める必要がありそうですね」


 ギャイギャイと騒ぐ眞銀と楓に周白は呆れながら、周白は一刀に視線を戻した。


「僕は至って真面目だよ。いま神月家と四氏族は危機を迎えていてね。どの家も娘しか産まれなくなってしまっているのだよ」

「だから何っ!? 男の子が生まれなくてもいいじゃない! ちょっと寂しいけど女の子だって可愛いもの! それでいいじゃない!!」


 と、聞き耳を立てていた眞銀が文句を口にする。

 その文句には一刀も同意する。

 別に男でなければ当主に慣れないと言う訳ではない。


 現に入り婿の周白は妻が死ぬまでは当主ではなかった。

 女当主として妻が当主の座についていた事実があるのだ。

 ならば女しか産まれなくとも問題はない。


「別に一刀君が縁を結ばなくとも他の男と子と結婚してもいいよ?」

「・・だったら、私は自由恋愛がいい」


 とボソボソと呟く眞銀であるが、


「だけどね、今回はそうもいっていられなくなったんだよ。今回ばかりは神月家と四氏族の娘達には嫌でも彼の子を宿してもらう。例え僕の大事な娘であっても牢に入れ鎖で自由を奪ったうえで彼の子を宿してもらう。そして、彼の子以外を身籠らぬように徹底して監視させてもらうよ」


 その言葉に眞銀は自分の親が牢にいれ鎖につなぐほどのヤバい変態さんなのかと衝撃を受け、ショックのあまり黙り込んだ。

 そんな勘違いを受けていることに全く気付いていない周白は懐から巻物を取り出し、話をつづけた。


「数百年前、神月家と四氏族は帝の命を受け、ある妖を退治し「バッカじゃねぇの」・・・ふむ、まあ昔話にはあまり興味ないみたいだし、簡潔にまとめると、ある妖を退治したときに、我等のご先祖様方は呪いを受けてしまってね。その呪いが原因で百年に一度女の子しか産まれない時期が訪れるようになったのだよ。そして、その間に神月家と四氏族以外の男児から子を宿すと特異な力を持った子供が生まれず、血脈が絶えることになると伝えられているのだよ」


 故に、神月家と四氏族の娘達全員と縁を結んで欲しいとのことであり、その言葉を聞いた瞬間一刀は周白に殴りかかった。


 ブジュ!


 だが、殴りかかった拳は後ろに控えていた文才の刀によって突き刺され、拳から血が滴る。

 そして、ついでと言わんばかりに刀の鞘で手首の骨を砕かれた。

 それでも、一刀は止まらず刀に突き刺されたまま拳を押し込み、周白の頬をぶん殴った。

 文才のせいで威力が落ち、殴ったと言っても一般の男性がおふざけで殴る程度の衝撃であったため、周白に怪我はない。


 それでも、自分達がお守りする神月家の主に手を挙げたことは事実であり、それを止められなかった自分達の落ち度である文才は、一刀の足を払いそのまま背を踏み、畳に縫い付ける。

 そして宮塚家の女中達も慌てて、一刀を捕縛するために動き出した。


「やめるのじゃぁ!!」

「おやめください!!」

「やめてぇぇぇぇぇ!!」


 だが、そんな女中達の行動を制したのは殴られた周白と悪霊幼女の言葉を代弁するかのように声を大にしてあげる眞銀であった。


「神木神様が争いは止めてとおっしゃっております! そして、私も無益な争いはしてほしくありません! その方をお放しください!」

「申し訳ありませんが了承しかねます。流石に神月家が当主に手を挙げる無法者を自由にはできかねます」

「グッ!?」


 手に突き刺さった刀に力が込められゆっくりと傷を抉られていき、一刀は苦痛の声を漏らす。

 油断はしていなかった。

 頭に血が上っていても文才への警戒は怠っていなかった。

 視界から一瞬たりとも外してもいなかった。

 にもかかわらず、文才の姿をとらえることができなかった。


(これが宮塚家の文才が使える御家流 【時読み】と【時飛び】か・・半端ねぇな)


 数秒先の未来を読み、数秒先の未来に飛ぶ。

 およそ人の力では説明できない神の力。

 あらゆる体術を取得しようとも、歴史に名を残す剣豪であろうとも、決して超えることができない高い壁。

 同じ人外の力を持つ者でなければ、決して超える事の出来ない高い壁。

 それを再確認した一刀であるが、今はそんな事よりも周白に対して怒りを向けていた。


「文才様。彼にこれ以上酷い事はしないで貰えませんか? 彼は私や四氏族の婿になる方です。あまりいじめてしまっては可哀想です」

「ご安心ください。この程度宮塚家ではいじめにも入らぬただの戯れです。ウチは武道以外にも医術に長けておりますので、壊すも治すもお手のモノ。何でしたらもう少し壊して治すさまをお見せ致しま・・・・・」


 一刀を踏みつける足にも力を込めだした文才であるが、その足にちくりとした痛みを感じた。


「ガルルルルルッ」

「ほぉ、危機感も感じ取れぬばかな獣かと思っておったが、まさかこの文才に歯をたてる程の阿呆とは・・・天晴である」


 そこには今まで何が起ころうと無関心でマイペースな子タヌキが、文才の足に噛み付き怒りを露わにしていた。


「更には本気の儂に刃向かえる気概、ただの獣にしておくには惜しい。我が子として生まれ落ちれば、こやつなどよりお前を後継者にしたいほどよき気性の荒さよ」


 そう言いつつ文才はクツクツと笑いながら、子タヌキに手を伸ばした。

 だが、文才が子タヌキに触れる前に一刀が子タヌキを優しく撫で噛むのを止めさせると、そのまま優しく傍に引き寄せ、己を盾とするかのように子タヌキを守った。


「関係ねぇ獣に手出すな。ぶっ殺すぞクソ野郎」


 怒りの炎以外にも、何があろうともこの子タヌキは守るという決意を浮かべながら発する一刀の姿に、文才は心底下らぬものを見たと言わんばかり見下す。


「怒りは是である。怒りに呑まれず己が忠義に十全たる力でもって答えてこそ一人前である。だがお前は怒りを覚えたが、狂い、忠義もないただの畜生と成り下がっておる。力を正しく発揮することも出来ぬ理由は、それは貴様が甘いからだ。他者を労わる心。弱き者達を守る自愛。それは当主となる貴様には不要な感情である。ただ実直に我等が仕えしお方に従い。我等が仕えるしお方を守り、感情を無くし、任務を遂行すればよいのだ。それができなければ貴様はいつまで立っても儂を殺すことは叶わぬぞ」


 そう言うと、文才は一刀の背中に乗せている足に力を込め始めた。


「やめよと言いておろうが文才! 妾の下知がきけぬのかっ!!」


 踏みつける力が強くなっていき、ミシミシと骨が軋みだす。

 あと少しで折れるという所で、悪霊幼女の声が木霊した。


 今までの光景を考えて悪霊幼女の声は一刀と眞銀、楓以外聞こえていないようなので、どれだけ叫ぼうとも文才には届かない。

 そうなるはずだったのだが、なぜか文才の動きはその声に反応するかのように動きを止めた。


「お、おぉ! おぉ!! 神木神様でございますか! お久しぶりでございます! お会いできてこの文才感激の極みでございます!」

「うむ、こうして眞銀の身体を借りて言葉を交わすのは五年ぶりくらいじゃな。して、妾はこれ以上の争いはするなと先程から眞銀を通して伝えたはずだが、お主は何をしておるのだ?」

「!? これは失礼致しました」


 そう言うと、文才は一刀から足をどけ刀を鞘に戻し、首を垂れた。


「ゲホッ、このクソ野郎」

「お主もじゃ! 一刀! これ以上の争いは妾が許さぬ!」

「ウルセェ! 悪霊風情が俺に指図すんなっ!」


 そのまま一刀は文才に悪霊幼女の言葉も聞かずに、無理やり身体を起こし文才を蹴飛ばそうとしたが、


「【動くな】」

「ガッ!?」

 悪霊幼女の言葉に一刀の身体は固まった。


「【姿勢を正し】【座れ】」

「グッ!? なんだってんだクソ!!」


 自分の意志とは反して、一刀の身体は悪霊幼女の言葉に従いその場に腰を下ろした。


「お見事でございます。流石神木神様! この文才感服いたしました!」

「世辞はよい。それより女中達よ! 一刀の治療を致せ! それとこやつが守る子タヌキにも危害を加えてはならぬぞ! よいな!」

「「「「ハッ!!」」」」

「周白! お主は何があろうとも話を続け一刀に話し終えたのち、己が娘の眞銀とも話す時を作れ! 文才! 周白の守護をするならば、これ以上無駄に血を流し傷つけることは許さぬ! 妾が下知に異論があるならば二人共この場から立ち去れ!!」

「この周白、神木神様に従います!」

「同じく神木神様に従います!」


 二人は同時に首を垂れる。

 まるで示し合わせたかのように息ぴったりである。


「そして最後に一刀よ。己が傷つきながらもよくぞ子タヌキを守らんとした。その心意気褒めて遣わす。じゃが子タヌキを危険に巻き込んだのは己の軽薄な行動からであると知れ!」

「・・・・・」


 何を偉そうにほざいてんだと言う視線を向けながら、一刀は抱いていた子タヌキを離す。

 【動くな】【姿勢を正し】【座れ】との言霊に逆らえなかったが、どうやら今は最後の【座れ】と言う言霊にのみ従っていれば別に手を握ったりしていても問題ないようだ。

 現に子タヌキを降ろすときは抵抗など一切なかった・・・・それなら


「お主は私怨に囚われすぎじゃ。怨みはいつか己に牙をむく怨恨となすと忠告したじゃろう。少しは妾の忠告を聞かぬアタッ!?・・・・お~ぬ~し~!!」


 一刀はタヌキを離した瞬間、袖についていたボタンを引きちぎっており、そのボタンを指で弾き眞銀の身体に取り付いている悪霊幼女のおでこにぶつけた。

 痛みなどそれほどなく、少し驚く程度であるが、無様な悲鳴を上げるその光景に一刀はニヤリと笑みを浮かべる。


 別に悪霊幼女をおちょくるだけのために、ボタンを弾いたわけではない。

 確認したかったのだ。

 【座れ】と言われ身体がどれだけ支配されていたのか、手足を動かし、物を取ることができても、己の意志で攻撃できるのか、そして支配された俺の身体の動きをこの悪霊幼女は把握し、止めることができる程度の身体能力を持っているのか、憑依している眞銀の身体に痛みを与えれば、悪霊も痛みを感じることができるのかを。


「クックックッ、なんでテメェが俺に説教こいてんだよ。関係ねぇ奴がでしゃばってんじゃねぇ。薄汚ねぇ悪霊風情がさっさと消滅しちまいな」


 そして、もう一つ最も大事なことを確認しておきたかった。


「一刀ーー!!」

「や、やめよ文才! お前達も! う【動くな!】」


 同時に二人以上にその力を酷使できるのかを知る必要があった。

 斬りかかる文才、治療を施しつつも俺の言葉に小刀を構え襲い掛からんとする数人の女中、襲い掛かる文才と女中を返り討ちにしようと座ったまま防御の構えをとる一刀。その全ての人間の動きが止まった。

 少なくとも悪霊幼女の力は10人以上であろうとも効果はあることがわかった。

 更に人数が多くなればなるほど、実力がある者への影響は少なくなることも・・・。


「ガハッ!?」


 その身をもって理解することができた。


「【文才動くな!】ば、バカモノ! やりすぎじゃ! 先程血を流させるなと約束したばかりではないか!」

「も、申し訳ございません。ついにやってしまいました」

「ついではないわ! そこの者達! すぐに一刀の治療をいたせ! 宮塚家の総力を挙げて一刀を助けよ!」


 肩からバッサリと斜めに切り裂かれ血が噴き出す。


「なぜお主等宮塚家はこうも荒々しいのじゃ! 童におでこをつつかれたくらいで怒るバカがおるかっ!! まったく、本当にまったく! お主等は妾のことになると見境がなくなりすぎじゃ! もっと冷静であれといつも言うて・・・なぬ? もう時間かえ? いやまだいけるじゃろ? まだこ奴等に言い足りないし、一刀にも色々と言いたいことがあっての・・・・・う、うむ・・・わかったのじゃ・・わかったから怒っちゃいやなのじゃよ?・・・うん・・・・楓! 眞銀の身体を任せるぞ!」


 今までの威厳はどこに行ったのか、悪霊幼女がなにやら年相応の声色になると、眞銀の身体からにゅるりと抜け出し、眞銀の身体は糸の切れた人形のように倒れた。


「・・・やっぱり・・・悪霊じゃ・・・ねぇか」


 その光景を見て、一刀は抜け出した悪霊幼女に視線を向け嫌味を口にすると、意識を失った。



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