第10話 迷惑な忍びし者
森からでて街へと戻ると、一刀はまずタクシーを捕まえ一般観光客でも泊まれる良心的な値段のホテルへと向かった。
本当はどこか適当な飯屋で腹を満たしたかったが、まずは寝床を確保するのが先である。
まあ己の身体に染みついた獣臭を落したかったというのも理由の一つだが。
タヌキ達が引っ付いてくれたおかげで凍えずに一夜を過ごせたのはありがたい事ではあったが、いかせん獣臭くてかなわない。
タクシーの運転手も終始顔を顰めていたしな。
運転席の窓とか全開だったし、なんか金を受け取る時も結構乱暴だった。
恐らくタクシー側からすると俺は迷惑な客だったのだろう。
汚れとかの匂いとかの掃除が大変だろうから。
そんな感じで運転手に手頃な値段のホテルまで送ってもらい、一般的な宿を取った。
ホテルの受付も一瞬顔を顰めたが、そこはすぐに作り笑いを浮かべて接客していた。
何だろう。タクシーの運転手を非難するわけではないが、こういう所でサービス業と運送業の違いを感じてしまう。
多分清掃業者を頼んでいるかどうかの違いだな。
部屋が汚れたとしてもフロントの人は掃除しないし。
「ふ~、さっぱりした~」
部屋を取った後俺はすぐに風呂に入り、匂いを落した。
せっかく温泉地に来たのに温泉を入らないのは勿体ないように思えるだろうが、俺はこの地の湯には極力浸かりたくない。
理由はわからないが、何故だがそう思ってしまうのだ。
まぁそれはいい。それよりもだ。
また他の奴等に、コイツ獣臭すぎだろという視線を向けられない為に、服も念入りに洗う必要がある。
確か下の階にコインランドリーがあったから洗って来るとしよう。
そう洗って来ようとしているのだが・・・何故だろう。
匂いの元が脱いだ服からではなく、ベッドのわきに置いているリュックからしてくるのは何故だろう。
「・・・・・・・・」
もしかしてタヌキ達にションベンでも引っ掛けられたのかと思いながら、リュックを持ち上げ周りを確かめたりしてみる。
だが、特に濡れている箇所はなかった。
まあリュックが匂うならこれも洗濯すればいいかと思い、中身を取り出し決めた。
そして
「クピ~クピ~」
なぜか子タヌキがリュックサックの底で丸くなりながら寝ているのを発見することとなった。
「・・・・・・」
コイツは確か悪霊が泣きそうになっても、マイペースに俺の靴紐に噛り付いていた子タヌキだ。
確かに森を降りる際、いつの間にかいなくなっていたので、一人でどこかで遊んでいるのかと思っていたが、まさかそのどこかが俺のリュックの中とは思わなかったぞ。
「というか気付けよ親。これじゃあ俺が攫ってきたみたいじゃないか」
動物ってのはもっと子供に神経質なものじゃないのか?
少しでも離れたら首根っこ咥えて巣穴に引っ張っていくくらい過保護なものだろ。
つかこれどうしよう。マジでこれどうしよう、などと思いながら、一刀は静かに寝息をたてる子タヌキをリュックから取り出した。
「クピ~・・クッ・・・キョキュッ!?・・・??・・・クワ~~~~」
そして、持ち上げたことで子タヌキは突然の浮遊感に驚き目を覚ましパタパタと暴れるも、一刀の姿を見ると安心したのか大きな欠伸を一つするだけだった。
床に降ろせば、何が楽しいのかぴょんぴょんと一刀の周りを飛び回る。
「少しは危機感を覚えグフッ!? 暴れるなっ!!」
何が楽しいのか、子タヌキははしゃぎまわり、俺の腹にタックルをかましてきた。
流石に放置しておくとそこらの物を壊しそうなので子タヌキを捕まえ、逃げ出せないように抱きかかえる。
「たくっ、なんでこんな目に」
ホントこの土地に来てからというもの碌な目に合わない。
さっさと家に帰りたいと思いながら、子タヌキからキツイ獣臭に目眉をひそめた。
「・・また風呂に入らないといけないな。お前風呂に入れられても暴れるなよ」
「きゅ~ん?」
可愛く小首を傾げる子タヌキに一刀はため息を吐きながら、本日二度目の風呂に入ることとなった。
それから一刀は子タヌキを連れて風呂に入った。
動物は水に濡れることを嫌うので暴れるモノだと思っていたが、子タヌキは特に暴れることなく大人しいものであった。
それ以前にお湯を用意すると自ら飛び込むほどだ。
温泉地帯にいるタヌキだからか湯に慣れているのかもしれないな。
もしかしたら、山の中に動物達の秘湯があったりするのかもしれない。
まあそれはそれとして、いざ子タヌキを洗おうとしたとき、俺は動きを止めることになった。
動物の皮膚は赤ん坊並みにデリケートで人用の洗剤を使うと皮膚炎を起こすとかなんとかって話を、犬を飼っていた友達から聞いたことがある。
そして、タヌキはイヌ科である。
このまま人用の洗剤を使っては害を及ぼす可能性を考え、仕方なく子タヌキを部屋に残し、色々買い物に行くこととなった。
犬用のシャンプー然り、餌然り、子タヌキの寝床になればと思い、大きめのバスタオルを購入したりと色々と大変な目に合った。
更に言えば、この子タヌキは浴槽の扉をどうやって開けたのか、ベッドの上で遊んでいた。
友がペットは可愛くて最高だとか言っていたが、俺はコイツを可愛いとは思えない。
俺が今夜使うはずのベッドをびしょぬれにしてくれやがったのだ。
せっかく今日は柔らかいベッドで眠れると思ったのにこの馬鹿タヌキのせいでその望みも潰えた。
地べたで寝た昨日よりかはマシではあるが、今日も床に寝ることになるだろう。
そんな感じで一刀は子タヌキに振り回されながら、その日を過ごしていった。
余談だが、ホテルから出て行く際、受付に手紙と10万ほど包んだ封筒を無言で差し出し、逃げるようにホテルを出て行くこととなった。
理由は一刀が泊った部屋の惨状を見ればわかることだろう。
アレだな。
犬用のトイレシートくらい買っておけばよかった。
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