第9話 面倒な幻覚幽霊


 ザッザッザッザッと一刀は足早に森の中を歩く。

 どちらに行けば街に着くかなどわからなかったが、それは近くの木々に登ることで、街並みを発見できたので今はそちらに向かってひたすら歩いていた。


「お主なぜ妾を無視するのじゃ! 見えておるのじゃろ! そうじゃろ! ならば無視するのは酷いのではないか!」

「・・・・・・・・」


 あの街に戻るのは癪だが、この森にいたくない。と言うか早く病院に行って薬を貰いたい。

 いや、この街の病院は宮塚家が管理しているだろうから病院に行くのは止めよう。

 ならばどこか適当な薬局で薬を購入しよう。うん、そうしよう。


「これっ! 待てと言うに! なぜ待たんのじゃ! 止まるのじゃー!!」


 そして、すぐにでもこの意味分からん幻覚幼女を消し去りたい。


「ええい! これでは埒が明かぬ! 行けお主等! こん子を止めるのじゃ! 褒美はお主等の好物を用意してやるぞ!」

「「「「!?」」」」


 幻覚幼女の言葉に、一刀の後を付いて回っていたタヌキ達の目の色が変わり、一刀の歩みを止めまいと足に纏わりつく。

 約一匹一刀の靴紐が気になっているのか、せっかく綺麗に結んだ靴ひもを解こうとしているが。


「お前等何してんだよ! こらっやめねぇか!」


 幻覚の言葉に惑わされやがって、これだから獣はダメなのだ。

 幻覚が飯なんか用意できる訳ねぇだろうがよ。


「ヌハハハハハッ! 観念するのじゃよ! 妾とこん子等の絆は海よりも深く山よりも高いのじゃ! 妾の願いを無下にできぬほどの絆があるのじゃよ!!」


 薄い胸を張る幻覚幼女であるが、絆と言いつつ食い物で命じている限り、絆は無いに等しい。

 食い物を用意すると言わなかったら、お前の言葉に従わなかっただろうな。

 つか、マジでこのタヌキ達邪魔。

 道も悪くなっているから、下手したらこいつ等巻き込んで転げ落ちるか、踏んでしまいそうだ。

 一刀は一度舌打ちをすると、面倒と言わんばかりに懐に仕舞っていたサバイバルナイフを取りだした。


「ヌオッ!? 小刀なんぞ出して何をする気じゃ! ま、まさかっ!? ダメじゃぞ! ダメじゃぞっ!! ポク子等を傷付けることは妾が許さぬからなっ!!」


 誰がそんなことするか。

 傷付けるつもりならそもそも立止まらずに蹴飛ばして歩くわ。


 一刀はバカなことを宣う幻覚幼女を無視して、傍の木にゆっくりと歩み寄ると、街への方角を忘れぬために矢印を削りだした。

 そして、矢印を削り終えるとサバイバルナイフをしまい、リュックを地面に降ろすと一刀も地面に座り込んだ。

 纏わりついていたタヌキ達は、俺が腰を下ろしたことで仕事は終わったと言わんばかりに親タヌキは一刀の横で丸くなり、子タヌキは何が楽しいのか一刀の足をアスレチック代わりに遊び出した。

 一匹な未だに俺の靴紐を解こうとしている・・・お前はどんだけ靴紐が好きなんだ。


「ヌホホホホッ! やっと観念したようじゃの! さあ、観念して認めるのじゃ! 高貴な妾の姿が見えると認めるのじゃ!!」


 またもや絶壁を見せつけるように胸を張る幻覚幼女に、一刀は白い目を向けながら、その瞳を静かに閉じる。

 幻覚これは幻覚であると自分に言い聞かせるも、未だにギャーギャー騒ぐ声が聞こえる。

 視界と聴覚だけならこのまま無視し続けただろう。

 だが、流石に触覚までも騙せるような幻覚など聞いたことはない。

 恐らく俺が見えている幼女は幻覚ではないのだろう。

 流石に物を食べる幻覚などいないのだから・・。


(だったらコイツはなんだ?)


 幻覚でないとして、コイツは何なのか?

 俺が作りだした幻覚でないなら、その答えは・・・・・幽霊ぐらいしか思いつかない。

 現に人を祟るだの呪うだの宣っていたのだ。


 ・・・うん、絶対コイツは幽霊だ。幽霊の存在なんて信じちゃいないが、もう面倒だからコイツは幽霊でいい。

 というか人を呪える幽霊はもはや悪霊だろ。

 うん、悪霊だ。塩をぶっかけて退治しよう。

 そう結論付け、一刀は瞳を開くとリュックに入れておいた塩を取り出した。


「うむ? 塩など出してどうしたのだ? 舐めるの「悪霊退散!!」ふみゃぁっ!?」


 清めていない塩でも効果はあるのか幻覚幼女改め、悪霊幼女は猫のような悲鳴をあげる。

 流石ソルトコーディネーターが選んだ塩と謳っている高価な塩。

 味もさることながら、まさか悪霊にまで効果があるとは思わなかった。


「にゃ、にゃにをするのじゃ! にゃんで塩をかけるのじゃ! 妾は鬼ではないのじゃぞ!! やめるのじゃーっ!」


 鬼に投げるのは豆だ。

 塩は清めだ。除霊だ除霊!


「誰が止めるかこの悪霊め! 成仏しろこの悪霊!」

「や、やめろと言うておるじゃろうがっ! ふみゅう!? やめるのじゃぁぁぁ! このばかー!・・・・・ん?? 全くあたっておらぬのじゃ?」

「・・・・・は?」


 その言葉に一刀の手は止まる。

 ポンポンと着物を叩く悪霊幼女であるが、確かに着物には塩らしき物は付着していない。

 というか、顔面めがけてぶっかけ、確実に目に塩が入っているはずなのに、なんとも無さそうだ。


「塩が効かない悪霊がいるとは・・・・いや、やっぱりちゃんと清めた塩じゃないから効かないだけか?」


 高価な塩ならいけると思っていたのに、まるで意味をなさないとは。


「クソ、この塩高かったんだぞ。お前ふざけんなよ。弁償しろ」

「えっ、それはごめんなさいなのじゃ・・・・って! 何で妾が悪いのだ! 妾何も悪くないのじゃ! お主が勝手に妾を悪霊と勘違いしたのであろう!・・・・って誰が悪霊じゃい!!」

「塩が効かねぇとなると、後はなにで除霊すればいいんだ? 札でも貼り付ければいいのか?・・札用の紙なんざ持ってねぇし、そこら辺の木に「あの世行け」とでも書いとけば札代わりになるか?」

「そんなのが代わりになる訳無いじゃろ! それより妾を無視するでない! あんまりイジワルすると温厚な妾も怒るぞっ! とっても、とっても怒っちゃうのじゃぞ! 怒髪天しちゃうんじゃぞ!」


 目の前で騒ぐ悪霊をどうすれば退治できるかと一刀は頭を悩ませる。

 悪霊を視界に捉え、悪霊の言葉も聞こえているも、その全てを無視して己の考えに没頭する。

 一刀の悪い癖ともいえるモノで、一度思考におちいると周りの状況が見えなくなる。

 祖母から思考を巡らすことは悪い事ではないが、流石に時と場合を考えなさいと忠告されていたのだが、癖は治ることはなかった。

 そして、数十秒ほど思考を巡らせ、新たな悪霊の対処法を思い付き現実に意識を戻すと、


「むみゅ、むみゅ、むむむみゅ」


 なぜか目の前の悪霊幼女が目に大粒の涙を溜めながら、頬を膨らませていた。

 大泣きする一歩手前であるのは誰の目からも明らかである。

 親タヌキ達は心なしかオロオロとせわしなく、子タヌキ達は大丈夫? と言わんばかりにスンスンと鼻を鳴らしながら悪霊幼女の足元に集まっていた。

 まあ、ある一匹の子タヌキは我関せずで、俺の靴紐を齧り遊んでいるが・・。


「ふみゅ、みゅみゅみゅみゅふゅぐ」

「「「「・・・・・・・」」」」


 そして、ダムが決壊しそうな悪霊幼女をどうにかしろと言わんばかりにタヌキ達が視線を向けてくる。

 なんで俺がと思いつつも、悪霊とは言え子供に泣かれると目覚めが悪いので、サバイバルバックからある物を取り出す。

 雪山で遭難した時などの緊急時に食べようと持っていた食料。

 ウイスキーボンボンである。


 適度なアルコールで血流が良くなり、チョコに含まれるテオブロミンという成分が気持ちを落ち着かせる効果があり、尚且つ高カロリー。

 出かける際は必ず何個かこのチョコをリュックに入れておく。

 まあ、別にアルコール入りでは無くてもいいのだが、そこらへんは一刀の好みである。


「ほらよ」


 そして、そのウイスキーボンボンを悪霊幼女の口の中に無理やり押し込んだ。


「みゅぐ・・・・あみゃい!・・けど変な味なのじゃ・・これはなんなのじゃ」

「チョコだ。大抵の子供が喜ぶ菓子だ。いいから黙って食え」

「うみゅ・・・」


 それからウイスキーボンボンを悪霊幼女の口に次々と入れて行く。

 まるでひな鳥に餌を与えている親鳥の気分だと思っていると、不意に悪霊幼女の顔が赤くなりだした。


「・・・・??・・・なんだか身体がポワポワして、グルグルするの・・・じゃ?」

「? 行き成りどうし・・うぉ!?」


 身体がフラフラと動かしだしたかと思ったら、行き成り意識を失い、俺の方にぶっ倒れてきたので抱き止めてしまった。

 と言うか悪霊なのに何で触れられるんだ?


「・・・・・・・最近の悪霊は触れるのか?」


 幽霊に最近や昔があるのかわからないが、もう意味が分からないので一刀はそれで納得することにした。


「というか、いつまでも乗ってんだよ。さっさと退けって」


 一刀は悪霊幼女の首根っこを掴み持ち上げる。


「きゅう」


 だが、持ち上げた悪霊幼女はグルグルと目を回しており、意識を失っていた。


「・・・・まさか酔ったのか? 霊が? 死んでんのに? 肉体ないのに? は? 意味わかんねぇんだけど。つか、なんで気絶? えぇ~? 幽霊って気絶すんの?」


 確かに年端もいかない子供にアルコールが入った食い物を食わせるのはマズイと思うが、流石に幽霊なら問題ないはず。

 と言うか、幽霊にはアルコール成分を吸収・分解する肉体が無い。

 だから酔いつぶれるなどとは思わなかった・・・どうすんだよこれ。放置でいいのか。

 捨ててもいいよな?

 死んでんだし、幽霊だし、悪霊だし、放置しても死なねぇし、そもそも死んでるし・・・うん、問題ねぇな。

 そう結論づけた一刀は悪霊幼女を地面に降ろすと、リュック背負いだした。


「「「「・・・・・・・・」」」」


 悪霊幼女を放置して歩き出そうとするとタヌキ達がジト目を向けてくる・・・・・気がする。


「・・・・なんだよ・・別に俺は悪くねぇだろ」

「「「「キューン」」」」


 なぜだ。

 タヌキの感情などわからんし、言葉もわからないのだが、原因はお前だろと言われている気がする。

 確かに俺がこいつに酒入のチョコを食わせたし、そもそも俺がこいつを泣かせる原因を作ったのかもしれないが、所詮悪霊なのだからそこまで責められることもないはずだ。


「「「「ギュン! キュキューン!!」」」」


 なのに、タヌキ共は不満があるのか何度も吠えて抗議してくる。


「そんなに吠えても知らねぇっての。生きてる子供ならまだしも、死んだ子供の面倒まで見きれねぇよ」


 そう言うと、一刀は歩み出した。


「「「「・・・・・・・・」」」」


 歩み出したのだが、背中からタヌキ達のジト目を感じる。

 視線が物凄く痛い。

 心に色々来るぞ。

 一刀はガシガシと頭を掻き、外側のチャックに入れておいた非常食を取り出すとタヌキ達の元へ戻った。


「言葉を理解できるとか思ってねぇけど・・・・これは報酬だ。いや、流石に少ねぇか。なら前金だ。この悪霊が目を覚ますまで見守っていてくれ。完遂したら明後日の昼頃にまた何かしら食い物もってくるからよ」


 そう言うと、少ない非常食をタヌキ達の前に置き、山を下りだした。

 本当にまたこの地に戻ってこようと考えている様で、数歩歩くたびに目印を付けて降りて行く。

 そんな一刀の姿をタヌキ達は置いていった非常食を食べながら見送った。



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