第8話 幽霊幼女・・・・・邪魔


 なんとも言いようのない匂いに一刀は目を覚ます。


「・・・・クセェ」


 動物特有の匂いに一刀は顔を顰めながら周囲を伺うと、なぜか警戒心が強いであろう野生の狸の集団に囲まれていた。

 身体の小さな狸が数匹いるところを見るに、この狸の集団は家族であることが予想できる。

 ならばなおさら警戒心の強くなる時期であるにもかかわらず、人に纏わりつく理由がわからない。


(狸って確かイヌ科で雑食だったよな。てことは俺を餌と認識して・・・・なわけないか)


 狸が人に襲い掛かることはあっても、捕食した何て話は聞いたことがない。

 害獣認定されている狸だが基本人を見れば威嚇するか逃げるかのどちらかだ。

 襲い掛かってくるのは子供を守る時や餌を奪われると言う危機感から来る行動であって、こちらから手を出さない限り早々襲い掛かってくることもない。

 まあ、狂犬病などの病にかかっていたりすればその限りではないだろうが。


「おぉ! 無事夜を越えることができたようじゃな。よかったのじゃ! 全くこんなところで一夜を過ごすとは何を考えておるのじゃ! まったく! ほんとにまったく!」


 そして未だに幻覚幼女が見えている。

 ホント、この街を出たら一度病院に行った方がいいかも知れない。

 そんな事を思いながら起き上がり、湧き水で顔を洗い、喉を潤す。


(・・・・腹減ったな)


 そう言えば昨日の墓参りから何も口にしていなかったことを思い出す。

 意識が朦朧としていたのでしっかりとは覚えていないが、あれから丸一日たっているはずだ。


「リュックの中に、何か食い物が・・・・って俺の荷物はどこだ?」


 リュックサックを背負っていたはずなのだが、いつの間にか無くなっている。

 背負っていたのにどこかで落としたのか? それともどこかに置いてきたか?


「む? お主の荷物なら妾の所にあるぞ。そういえば忘れておったのじゃ! お主よくも妾に汚物をかけてくれたな! 絶対許さぬからなっ!!」


 ウガーと怒りを露わにする幻覚幼女の言葉に、吐いたときに荷物を放りだしたことを思い出す。

 幻覚が見えるのはヤバイ状態だが、結構使えると思う一刀である。


「それなら、さっさと取りに行くか・・・・・って、なんだお前等」


 起き上がったと同時に周りのタヌキ達も目を覚ましていた。

 あえて離れるように動いていたと言うのに、コイツ等は逃げるどころか足元に纏わりついてきた。

 一匹の子タヌキは俺の靴紐に噛り付き遊んでいるので歩くのに物凄く邪魔だ。

 というか、ズボンにも張り張り付いている奴等もいるな。

 やめろ脱げるだろうが。


「いったい、なんだってんだよ。飯なんか持ってねぇぞ」


 動物にここまで好かれたことのない一刀は困惑しつつも、傷つけないようにゆっくりと動く。


「まっこと、可笑しなこともあるものよ。お主等この者のどこが良いのだ? 汚物をまき散らす不届き者であるぞ? 汚物吐きの汚物塗れの汚物の塊であるぞ? お主達もくちゃいくちゃいになってしまうぞ? エンガチョなのじゃよ?」


 誰が汚物の塊だ、一瞬でもこの幻覚が使えるなどと考えた俺がバカだったわ。

 はぁ、早く病院行きたいと思いながら、未だにタヌキ達に話しかける可笑しな幻覚幼女を引き連れて歩み出した。




 それから、俺は無事荷物を手に入れることができた。

 といっても、ほとんどこの幻覚幼女とタヌキ達のおかげである。

 俺が少しでも方向を違えれば、そっちではないと幻覚幼女が騒ぎ出し、タヌキ達もグイグイと服を引っ張り、逐一方向を修正してくれたのだ。


 幻覚少女は所詮俺の作り出した虚像なのでどうでもいいが、このタヌキ達には感謝だな。

 ペットなど飼ったことはないが、ここまで便利だと欲しくなる。

 まあ、イヌ科は構ってくれとしつこく纏わりついてくるので、世話が大変そうではあるので、それを考えると結果的に欲しいとは思わんが。


「さて、なんか食えるモノはと・・」


 ガサゴソとリュックサックを漁る。

 サバイバルナイフに防寒用シート、ロープにファイヤースターター、携帯用浄水器に調味料各種などなど、本格的にサバイバルする為の道具が入っていた。

 どこか出かけるときは必ず持っていく荷物。

 この地に訪れたことは己の意志ではないことは理解しているが、身体が勝手にサバイバルに必要な道具を選び持ってきたのだろう。

 これも奥菜ばあちゃんに鍛えてもらったおかげだな。


「おっ、あったあった」


 そして、リュックサックの中に何種類もの非常食が入った大袋を見つけた。

 一刀は上機嫌にその袋を開け、食べようとした・・・・・したのだが、


「「「「「・・・・・・・」」」」」


 こちらにキラキラとした視線を向けてくるタヌキ一家が目に入った。

 手に取ったクッキーを己の口に持っていけば、皆口を開けたり、舌をぺろぺろしたりしている。


(く、食いにくい)


 野生動物に、それも害獣指定されている獣に餌をやってはいけないだろう。

 下手に人の食い物の味を覚えてしまえば街に降りてきて悪さをしてしまう。

 別にこの街でならゴミアサリなり、盗み食いなり好きにしてもらって構わないのだが、流石に俺が餌を与えた原因でこいつ等が駆除されるのは忍びない。

 ここは心を鬼にして与えないのが正解なのだと思うが・・・・そんな捨てられた子犬の様な目を向けるのは止めて欲しい。


「そりゃあ乾パンかの? 乾パンはパサパサじゃと聞いておるから妾は好かぬな。むむっ!? それは干した果物では無いかの!? 干し柿は! 干し柿は無いのかのっ!! あれは妾の好物なのじゃよ! ええのぉ、ええのぉ~、干し柿ではなくとも欲し果物食べたいのぉ~」


 そして幻覚幼女までも俺の非常食を狙ってやがる。

 というか、これは乾パンではなくクッキーであり、果物は干し果物ではなくドライフルーツだ。

 俺が生み出した幻覚の癖して知識が足りていないのではないか?

 まるで一昔前の人間と話している様だ。

 いや、コイツ自動ドアとか知ってたよな・・・・う~むわからん。


「「「「く~ん」」」」


 そして、せつなげに鳴くなタヌキ共。

 マジで俺が悪いみたいだろ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかたない」


 一刀は目を瞑り長く悩んでいたが、最終的には自分一人だけ食べることができず、手持ちの非常食をタヌキ達と分け合いだした。


「いいか、味を占めても街に降りるんじゃねぇぞ。街は危険なんだからよ」


 街に降りてきて、死んでもしらないからなとブチブチ文句を言いながら、まずは一刀がドライフルーツを一つ口に含むと、次にタヌキ達の口に一つずつ放り投げ渡す。

 分け合うと決めたからには、皆均等に分け合うのが一刀の流儀である。

 子であろうが親であろうが、雌であろうが雄であろうが、デブであろうがガリであろうが、食す量は均等にと決めていた。

 元々一刀が持っていた物なのだから少しくらい己の取り分が多くてもいいと思うが、流儀に反することを一刀はしなかった。

 まあ、タヌキの隣で幻覚少女も同じように口を開けていたが、それは俺が生み出した幻覚なので当然無視している。


「むぅ、妾もよこすのじゃ! 妾も食べたいのじゃ!! といっても聞こえぬし、見えもせぬ。そもそも妾は現世の物に触れられぬせいで食べられもせぬから意味のない事よな・・うぅ、美味そうに食いおってからに」


 指を咥えて、羨まし気に見てくる幻覚幼女の視線を受けながら、一刀とタヌキ達は仲良く食事を楽しんでいく。


「むぅー! むぅーむぅー! やっぱりお主達ばかり狡いのじゃー! 妾も食べたい食べたい食べたい食べたいのじゃー!!」


 幻覚幼女はバタバタと喚きながら、宙を舞う。

 飯にホコリが入ると思いはしたが、幻覚がホコリを舞わせられるわけもないことに気付き極力そちらに視線を向けないようにした。

 だがどうにも目の前で暴れ回られると邪魔・・というよりウザイ。

 タヌキ達も心なしか迷惑そうに見える。


「ズルイズルイズルイズルイ! 妾もあーんじゃ! モグモグパクパクしたいのじゃ!」

「・・・・・・・・・」


 マジでウザイ、幻覚にイラついても仕方が無いことは知っているがホントにウザイ。


「その玉蜀黍色(とうもろこしいろ)はなんじゃ! どんな味なのじゃ! 美味いのじゃろ? 美味いのじゃろなぁ~。何じゃその珊瑚珠色は! まるで宝石では無いか! それも美味いのか? 美味いのであろう! ええのぉええのぉ食べたいのぉ~」

「・・・・・・・・・・・・」


 シカトするのが正解である。

 コイツは俺が作り出した幻覚なのだから・・・。


「甘味が食べたいのじゃ! 妾も甘味を味わいたいのじゃーー!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そう、認識しなければいいだけなのだ・・・それだけでいいだけなのだが・・。


「一口じゃ! なんでも良いから一口食いたい! もう何百年も甘味を味わっていないのじゃぞ! なのに皆ばかり美味い物食いおってからに! ズルイではないかっ! ここは地獄なのじゃ! 甘味を味わえんなど地獄なのじゃよぉ!! 食べたい食べたい食べたい食べた「さっきからピーチクバーチクうっせんぞクソ幻覚が!」モゴホッ!?」


 幻覚とはいえ幼女を殴ることなどできなかった一刀は、幻覚幼女の口にドライフルーツを大量に詰め込んで黙らせようとした。 

 どうせ誰もいないので、奇行を犯そうとも変な目で見られることもない。

 そして、地面に落ちた食い物はそこにいるタヌキ達が片付けるだろう。

 だったら、少しでも鬱憤が晴れればいいと思っての行動であった。

 そう、ただそれだけのつもりだったのだが・・・。


「ウムッ!? ムグムグムグムグムグッ! あみゃい! あみゃいではないか!! むほー! 数百年ぶりの甘味なのじゃー!!」

「・・・・・・・・・・・は?」


 幻覚幼女の口に押し込んだドライフルーツは綺麗さっぱり無くなっていた。

 しかも幻覚なのに人の温もりを感じた。


(なんだこれ? 最近の幻覚ってのは感触まであるのか?・・・・いや最近の幻覚って何だよ)


 意味が分からない現象に一刀は戸惑い。


「・・・ほら、お前達食え、美味いぞ」


 そして、脳が現実逃避を選択し、一刀は目の前のタヌキ達と戯れることに決めた。

 そう、何もなかった。

 幻覚がドライフルーツを食らう姿など見ていない。

 全ては俺が作り出した幻覚である。

 多分さきほど掴んでいたドライフルーツも幻覚だったのだ。

 だから消えたに違いない。

 そう認識した。

 そういうことにした。


「美味美味! とっても美味なのじゃ!・・む? なぜ妾は甘味を味わえておるのだ? 現世の物を触れることができぬ妾が・・・・・・・そもそもお主・・・・・・妾が見えておるな?」


 ・・・したのだが、目の前にフヨフヨと浮かび虚言は許さんと言わんばかりの目を向けられ、一刀は思わず視線を逸らすのであった。



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