第7話 幻覚幼女が現れた
影宮家を出た一刀はすぐにタクシーを探した。
別に文才の言いつけを破りこの街から出るために探している訳ではない。
ただここ周辺の温泉宿屋は格式ばかりが高く、人生の成功者と言われる金持ちしか泊まることを許されず、完全予約制の高級旅館ばかりであるから離れようとしているだけだ。
ここの高級旅館は安くても一泊数百万というバカ高いからな。
一般人がそんな所に泊まることが出来る訳もない。
まあそれ以前に、ここは神月家や四氏族が保有する土地の中心地であるため、出来うる限り離れたいという思いの方が強いが。
「・・・・・・・クソッ」
そして、こんな土地になぜ訪れたのか一刀自身理解できないでいた。
己の家族が眠る墓に訪れたいと思ってはいた。
見せかけではない、家族の遺骨が眠る墓に訪れたとは思ってはいたが、この地に訪れてはいけないことを理解していたので、来る気など無かった。
少なくとも今ではない、今訪れるつもりなど無かった。
なのに己の意志とは裏腹に、いつの間にかこの地に足を向けていた。
故に気持ち悪い。
故に少しでもこの地から離れたいと願いタクシーを探した。
だが、そんな一刀の願いも虚しく、タクシーを捕まえることができなかった。
温泉地特有の硫黄の匂いはするも決して不快になるほどではないが、それでもこの土地が、神月家の保有する土地であると思うだけで気分が悪くなり、四氏族の店が目に入るだけで反吐が出る。
一時たりともこの場に居たくないと思いながらふらつく足取りで街の外へと向かった。
それからしばらく一刀はフラフラと歩き続け・・・・今はなぜか森の中にいた。
神月家の土地にいるのが不快で、四氏族街の中にいるのが不快で、その不快な土地から離れるように歩き続けていたら、いつの間にか森の中にいたのだ。
「・・・・・・・」
そして一刀は思う。
ここはどこだと。
「・・・・・・・・・」
そう、一刀は見事に迷ってしまっていた。
まあほとんど目を瞑って歩き続けていたのだ。
迷ってしまっても仕方が無い。
これも二日酔いのせいで正常な思考ができなかったからかもしれない。
「・・・・・・・・・・・」
どうしたものかと一刀は顎をさすりながら考えるも、迷ってしまったのだから仕方なしと考え周囲を見渡し、ある大木を見つけると、背負っていた重いリュックを放り投げその根元まで歩む。
そして、その木に手を置き。
「ウロロロロロロロロロォォォオォ」
思い切り胃の内用物を吐き出した。
ぶっちゃけ歩き続けている時も気分が悪く、さっさと吐き出したいと思っていたのだ。
だが、神月家や四氏族の奴等にそんな無様な姿をさらしたくない。
その一心で吐き気を我慢し続けていた。
そして、やっと人目が無くなったので、気が緩み吐き出してしまったのだ。
まあ木々の栄養となるだろうから問題ないだろう。
そんな思いから一刀は胃の中の物を全て吐き出す勢いで遠慮なくぶちまけた。
「うぎゃーーっ!? お主何してくれとんのじゃー!」
「ウロロロロロォォォォ・・・ペッ、ふぅスッキリした」
どこからか、子供の叫びが聞こえたような気もするが、吐き出す前に周りはちゃんと確認しているので気のせいだと思っている一刀は、最後に大木に唾を吐くと満足そうに言葉を発する。
そして鞄から水を取り出すと口をゆすぎながら、吐いたものを隠すために周囲の土を足でかけ、証拠隠蔽をはかった。
「よし、これでいいだろ。お前もラッキーだったな。俺がわざわざ植物に栄養を与えるなんて無駄な事そうそうしねぇぜ」
「なにがラッキーじゃ! ふざけんなよお主! 妾に汚物ぶっかけておいて謝罪もなしとは許せぬのじゃ! 祟ってやるのじゃ!」
吐き出したおかげで幾分か楽になったのだが、どうにも先程から幻聴が聞こえる。
酒の飲み過ぎは危険だなと反省しつつ首を回していると、青い着物を身に纏った幼女いることに気が付いた。
しかも宙に浮かんでいる。
「・・・・??」
木にぶら下がっている訳でも、ワイヤーでぶら下がっている訳でもないのに宙に浮かんでいる。
幻聴の次は幻覚かと思い、一刀はグシグシと目を擦り、もう一度少女が浮かんでいた場所へと視線を向けた。
「お主覚悟せぇよっ!! この地にいる限り祟り続けて不幸にさせてくれるっ! 手始めにお主を機械音痴にしてくれるわ! 自動ドアとか中々反応しなくなるでな! せいぜい勢い余っておでこでもぶつけるがいいのじゃ! イタイイタイになるがいいのじゃっ!」
そして、目の前に浮かぶ幻覚幼女は意味のわからない祟り? 呪い? をかけると口にしてケタケタと笑っている。
というか、自動ドアに反応しないことを機械音痴とは言わないと思うが。
「それだけじゃないぞ! お主がトイレに行くたびにトイレットペーパーが・・・あれじゃ・・あの・・・なんかトイレットペーパーが入ってる。挟まっとる? こうあれじゃよ・・入れ物? まあよい! 要するにあの入れ物からトイレットペーパーが外れる呪いをかけてやるのじゃ! あれじゃぞ! なんか芯の部分を押さえてクルクル回せる便利な入れ物からはずれるのじゃからな! 妾が何度も外してやるからなっ!」
呪いとは呪術的なものだと思っていたのだが、俺が生み出した幻覚はなんとも物理的な方法で呪いを完遂させようとしている。
そして、あれあれと何度もさえずるな。うるさすぎて頭に響く。
「可笑しな幻覚だな・・あぁ~、頭イテェ~」
胃の中を空っぽにしたとはいえ、未だに頭痛が酷く水分が足りていないと身体が警告してくる。
出来れば水を大量に飲みたいが、残念なことに手持ちの水は先程口をゆすぐのに使ってしまった。
コンビニでも近くにあればいいのだが、流石に森の中に店がある訳ない。
近くに川があれば煮沸するなり、ろ過するなりすれば飲み水は得られるのだが、水の流れる音など聞こえない。
ここ最近この地では雨は降っていないのか地面に湿り気はないので、竹を割って中の水を飲むこともできないだろう。
そもそも竹が見当たらないのでその知識は今の所無駄であるが。
「ああ、クソ・・やっぱこの土地はクソだ」
そう言うと、一刀は地面に倒れ込んだ。
「お、おい。お主何を行き成り倒れておるのじゃ!? こんなところで寝ては風邪をひいてしまうのじゃ! これ! 立つのじゃ! こんなところで寝てはいかんのじゃ!!」
そして、なぜか俺の視界にはワタワタと慌てふためく幻覚幼女が映る。
幻覚ならこんなクソガキよりも、母性溢れる女性にして欲しい。
「そうじゃ! 確か水と言っておったな! 喉が渇いておるのだな! なればこっちじゃ! こっちに湧き水があるのじゃ! って聞こえるはずがないのじゃよ・・・う~むどうしたものか」
ウ~ンと唸る幻覚幼女。
なんとも鮮明に映る幻覚だと思いつつ、一刀は幻覚幼女が指さしていたほうに顔を向けた。
人は死に瀕したときや、極限状態になると可笑しな幻覚を見ることがあり、その幻覚に従ったおかげで助かった。なんて眉唾物の話を聞いたことがある。
所詮眉唾物の話であるためそんな話を信じる訳でも無ければ、たかだか二日酔い程度でそんな極限状態になどはずもない。
だが、ここで寝ていても何も解決しないと思った一刀は幻覚幼女が指さした森の奥へと歩み出した。
「おぉ! 良いぞお主! そうじゃ! そのまま真っ直ぐ行くのじゃ! ちと歩くが湧き水があるゆえ頑張るのじゃぞ!」
どこから取り出したのか、幻覚幼女は日の丸の扇を取り出し、頑張れ頑張れと音頭を取り出した。
なんとも陽気な幻覚だと思いつつも、幻覚幼女が誘導するがままに歩み続けた。
そして、しばらくするとちょろちょろと流れる湧き水を発見した。
「・・・マジかよ」
まさか本当に湧き水があるとは思わず一刀は驚きを露わにする。
俺って極限状態だったのか、と言うか俺はどれだけ体力と言うか生命力がないんだ。
酒の飲み過ぎで死にかけてるとかマジであり得ねぇ。
(俺の生命力は赤子並みなのだろうか・・・)
軽いショックを覚えながらも一刀は湧き水に駆け寄り、水を飲みだした。
水道水のようにカルキ臭くない。
人の手が入っておらず、豊かな自然が生み出した最高にうまい水。
この土地は嫌いだが、水は美味いと思いながら、何度も何度も喉を潤した。
「ふぅ、少し楽になった」
一刀は湧き水から距離を取り、湿っていない地面に腰を下ろしながら一息つく。
「うむうむ、良かったのじゃ! これで一安心じゃな!」
そして、未だに幻覚幼女が見えることに、一刀はため息を吐く。
酒のせいというより、俺の頭がどうにかなってしまったのかもしれない。
森に入ってからどこかで頭でもぶつけたのだろうか?
亡き祖母に色々と生きていく手段(サバイバル術)を教わったが、流石に幻覚が見えるようになったときの対処方法などは教えてもらっている訳もなく、一刀はどうしたものかと悩むも、別に関わろうとしなければそのうち消えるだろうと思い、幻覚幼女は見えないものとして接することにした。
「さて、これで心置きなくお主を祟ることができるのじゃ! クックックッ、覚悟せいよ。積もり積もった積年の恨み晴らしてくれるわ!」
チョンワーとか言いだしそうな構えを取る幻覚幼女。
俺の頭はこんな痛々しぃガキを存在するのかと思うと死にたくなる。
シカトしようと思ってはいても、目の前でアホみたいな構えをされては見たくなくとも視界に入ってしまう。
「はぁ・・」
一刀は心底疲れたと、またため息を吐く。
(酒に酔いつぶれたおかげか、それとも時間がたったおかげか、やっと脳みそが正常になってきたな。俺がここに来ることになった原因はあのクソ野郎が何かをしたってことだろう。薬を盛られたって感じじゃねぇし、恐らくどっかの家が手を貸したってことか?・・・クソッ、さっさと帰りてぇなぁ)
宮塚家とも他の家とも縁を切りたかった。
この土地には、この場所には来たくなかった。
ありもしないこの世の災いから世界を守るなどと豪語している祓いの神月家と、その神月を守る四氏族。
その四氏族の一つである宮塚家とは関わり合いになりたくなかった。
宮塚家は聖刀でもって災いを切り裂き、邪を滅する剣客の一族であり、その刀は神月家や他の氏族を守り、神月家が信仰する神木神という可笑しな名前の神に全てを捧げているイカレタ武闘一家だ。
何を信じようが、何を信仰しようがそれは人の勝手であるので文句はないが、俺の人生にまで口出しして欲しくない。
百歩譲って口を出すだけならばよかったが、奴等は俺の家族を・・・・・。
「・・・クソッタレ。こんな所消えてなくなれ」
一刀は過去を思い出し、瞳に憎悪を宿しながら冷たく言い放つ。
誰もいないからこそ、誰も見ていなからこそ、本心を隠すことなく口に出すことができた想い。
「・・・・・・」
幻覚幼女が俺の呟きに反応し、動きを止め、悲しそうな表情になるが、所詮は幻覚であり、ここには誰にもいない。
だから俺は何度もありったけの呪詛を込めて、この街が消えてなくなることを心から祈り、何度も呪詛を口にした。
全部壊れてしまえと、全員苦しめと、そして死ねと、死んでしまえと何度も何度も口にした。
「なにがお主をそこまで苦しめておるのだ」
そんな一刀を見かねてか、幻覚少女は一刀の前に降り立ち問いかける。
「何故お主は平穏に過ごす人々の死を願うのだ。多くの者が愛し愛され子を成し、その命を繋ぎながらこの地で生きてきたのだ。過ちを犯した者もおるじゃろう。道を踏み外した者もおったじゃろう。じゃがこの地に住まう者達の多くは人を愛し、家族を愛し、近隣を愛する良き者達ぞ。そんな良き者達を、良き人々が築いたこの地を何故そんなにも憎む。どうしてお主はそこまで苦しそうにしながらそこまで憎むのじゃ」
目の前の幻覚が俺に問いかけてくるが、俺は何も答えず、ただ呪詛を紡いだ。
「やめるのじゃ! お主に何があったのかは妾にはわからぬ! じゃが、誰かを呪い続ければその呪詛は後々己に返ってくるものぞ! その者を恨むなとは言わぬ! 恨みを忘れるなとも言わぬ! じゃがお主が生きる未来を費やしてまで恨みと共に生きてはならぬ! それはお主の未来が闇に染まることぞ! 恨みは抱き続ければ怨恨となし、その身に災いが訪れるのだ! 生ある身を無暗に失おうとするでない!」
ギャーギャーと騒がしい幻覚であると一刀は思いつつ、流石に恨みを口にしたところで何もならないことは理解しているので、一刀は呪詛を紡ぐのを止め、静かにため息を吐いた。
恨みを晴らすならば、呪などと言った非現実的な手段ではなく、もっと現実的な手段に手を出すべきだ。
力を、それもこの街を、いや、奴等の世界を気分次第で操り動かせるほどの金や権力を手に入れて、この街を、この街の悪習を消し飛ばす。
そのために今まで必死に金を稼いできたのだ。
必死に力を得ようともがいて来たのだ。
絶対俺の寿命が尽きるまでにこの街を地図から無くしてやる。そう決意を新たにした一刀は地面に横たわる。
視界にはまだ幻覚幼女が「寝るな! 寝たら死ぬぞ!」みたいなことを言っているが、そんなことはどうでもいい。
俺は何があろうと目的を達成するまで死なぬのだから。
寝息をたてる一刀の寝顔を幻覚幼女は呆れた顔を浮かべる。
「よもやこの時代に身一つで野宿をする恐れしらずがおるとは思わんかったわ」
妾が生きていた時代でも流石に焚火くらいは用意したものだ。
ポカポカ陽気の春の季節であろうとも夜は冷える。
冷えれば病が襲い掛かってくると言うのに。
「どうにか暖を用意してやりたいところじゃが、妾は現世の物に触れることは叶わぬしのぉ。どうしたものか・・・」
このまま放っておいて風邪をひかれては、不憫だと思う幻覚幼女はフヨフヨと一刀の周りをただよう。
そして、しばらくどうしたものかと悩みながら漂っていると周囲の草むらが揺れ動いた。
「む?・・・・おぉ、ポク達か! 皆元気に育っておるようじゃな!」
草むらから現れたのは五匹の子タヌキ達。
生まれて一カ月程度で幼く、とてもカワイイ子タヌキ達。
「チチとカカはどうしたんじゃ? 狩りにでもでかけているのか? そもそもお主達だけで出歩くのを許されておるのか?」
幻覚幼女の問いかけに子タヌキ達は、可愛らしく首を傾げながら欠伸をする。
「ふむ、まあこの地は妾の管理下にある故危険は無いがのぉ絶対とは言えぬ故、あまり危ないことはしてはならぬぞ。これ、聞いておるのか?」
幻覚幼女の忠告もなんのその、子タヌキ達の興味は幻覚幼女の足元で寝こけている一刀に向けられていた。
本来幼体の野生動物は警戒心が強く、人を見かければ即座に逃げるか身を隠すものだが、この子タヌキ達はまるで人に飼われていたかのように警戒心が薄い。
といっても、無暗やたらと人に近寄ることもなければ、擦り寄るようなこともしない。
まあそれでも人を観察するようにジッと眺め、ゆっくりとだが近寄るのはとても珍しくもある。
「なんじゃ? こん子がそんなに気になるのか? というかポク達はあまりに警戒心が無さすぎでは無いか? お主達が悪さをせぬから猟師はこの地に訪れてはおらぬが、あまり人に慣れてはいかぬぞ・・・・・・・・・聞いておらぬし」
子供とは難儀なものよと幻覚幼女はシカトされたことに御立腹なのか口を尖らせる。
その間にも子タヌキ達は一刀に近づいていき、そして鼻を一刀の身体に押し当てながら匂いを嗅ぎだした。
そして、「ウニィ~」となんとも独特な甲高い鳴き声を上げると、子タヌキ達は一刀の身体によじ登り始めた。
「おぉ? これは珍しいこともあるものよな。親に似たのか人懐っこい子等とは思ってはおったが、お主達がこうも懐くとは珍しいのぉ。しかし喜んでばかりもいられぬよ。本当に気を付けるのじゃぞ。せっかくこの世に生を受けたのじゃ。すぐに死なれては悲しいからのぉ」
一刀の身体から落ちドデッと尻餅をついたり、一刀の服を噛みグイグイとひっぱったり、一刀の靴紐を引っ張ったり、一刀の頭にしがみ付いたりと子タヌキ達はやりたい放題である。
「・・・・しかし、こん子は一向に目を覚まさぬな。なんじゃろうのぉ。子タヌキ達よりもこん子の方が妾は心配でならぬよ」
そう言いながら、現世に触れることのできない幻覚幼女は子タヌキ達を止めることもできず、ただ成り行きを見守っていた。
そしてしばらくして、子タヌキ達の親が現れ子タヌキ達は叱られていたのだが、親タヌキ達も一刀の匂いを嗅ぐと一刀に擦り寄りだした。
そして、なんだかんだとタヌキ一家は一刀の身体に擦り寄りながら一夜を過ごすこととなり、一刀はその夜寒さで凍えることなく、獣臭くも暖かな温もりに包まれながら眠ることとなった。
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