第6話 一転する関係

《このお話から主人公の態度ががらりと変わりますが、5話までの主人公の事を忘れないでお読みください》


ゴーン


 腹に響く大きく重い鐘の音を耳にした青年は、ゆっくりと意識を覚醒させる。

 戦国時代かよと言わんばかりの古くて見慣れない木製の天井が視界に入る。

 見慣れない天井に、ここはどこだと疑問が浮かぶも、すぐに酷い頭痛が襲い掛かり、そんな疑問を考える余裕は無くなった。


「ウゥゥゥゥ~」


 ハンマーで頭を殴られたような痛みが何度も襲い、青年は獣のような唸り声をあげながら布団の中に潜る。

 寝こける前まではなぜか墓地にいたとか、この布団は誰のだとか、結局供え物食い終わって無かったような気がするとか、今日は部屋でゆっくりするはずだったのだがとか、色々考えるべきことがあったが、今はそんな事よりこの痛みから逃れたいとしか考えられなかった。

 そんな風に痛みが過ぎ去るのを唸りながら耐えていると、青年が寝ていた襖が開けられた。


「ひとまず目が覚めてよかったと言っておきましょう。といってもただ酔って寝てしまっただけですからそんなに心配していませんでしたけど」


 そう言いつつ現れたのは水やリンゴ、トマトといった食べ物をお盆に乗せた物を持った楓であった。


「二日酔いには水を飲むのが一番ですから飲んでください。それと食べられるのでしたらこちらの果物も食べてください。どちらもアルコールを分解し、アルコールの分解で消費されたミネラルも補充できて治りが早くなりますから」


 痛みに顔を歪めながら、モソモソと布団から起き出すと渡された水を一気に飲み干した。

 食欲はないのだが、青年は用意されたリンゴとトマトを口の中に無理やり詰め込み飲み込むと、そのまま布団へと倒れる。


 出された食い物は極力残さず食べる。


 そんな独自のルールが青年の中には存在する為、こんなひどい状態であろうとも気合で食べきったのだ。

 食欲が無くて食べたくないし、更に言えば今にも吐き出しそうだが、そこも気合を超えたド根性で耐える。


「それだけ食べられるならすぐに良くなりそうですね。良かったです」


 そう言うと楓は青年に布団をかける。

 青年は自分に親切にしてくる楓を一度見た後、瞳を閉じて軽く会釈をした。

 感謝を表しての行動であり、その行動の意味を察し、楓はニコリと笑みを浮かべて返した。


「・・・・・・」


 しかし、何故この少女はここまで自分に親切にしてくれるのだろう。

 見ず知らずの男が倒れていよとも家に連れてきて看病などは普通しない。

 良くて救急車で病院に搬送されるくらいだ。


「バカ者が世話になるな。楓」


 そんな疑問に首を捻っていると、また襖が開いた。

 そこには腰に刀を差した一人の老人が立っており、鋭い目付きで青年を見下ろしていた。


「・・・・・なんで・・・テメェがここに・・・」


 そして、青年は老人と目が合うと老人に負けぬほどの鋭い目付きにかわり、先程までのように無害そうな雰囲気から一転して、人を殺すほどの殺伐とした雰囲気へと変わった。

 本当に人が変わったかのように。


「酒などに溺れおって嘆かわしい。貴様は宮塚家(みやづかけ)の後継者としての自覚が無さすぎる」

「俺は唄嗣 奥菜(うたつぐ おきな)が孫、唄嗣 一刀(うたつぐ いっとう)だ。呪われた宮塚家の名などとうに捨てた。親族面してんじゃねぇぞ。このくたばりぞこないが」


 先程までとは打って変わって毒舌で冷たい雰囲気になる青年に、楓は驚きつつも己の親族に余りないいぐさに口を挟もうとする。

 だが、その行動は老人によって止められた。


「そのくたばりぞこないの世話になっているのはどこのどいつか理解するのだな。ここは神月様に仕えし四氏族の一氏、影宮家の屋敷であるぞ。儂の孫でなければ敷居を跨ぐことさえも許されぬ高貴な家としれ」

「はっ、くっだらねぇ」


 その言葉に青年、改め一刀は布団からモソモソと這い出る。


「おい女、俺の荷はどこだ」

「えっ・・荷物でしたらそちらにありますけれど」


 楓の言葉に一刀はふらつきながらもリュックを背負うと、部屋を出て行こうとする。


「世話になっておいて礼も言わずに出て行くつもりか? 奥菜はそのような常識も教えんかったか」

「死んでもテメェに礼なぞ言う訳ねぇだろ。勿論未だに神月なんぞに仕える四氏族共にも御免だぜ。それとテメェが奥菜ばあちゃんを語るな。あのお方が汚れる」


 そう吐き捨てると、一刀は楓と老人をひと睨みすると部屋を出て行った。


「一刀! 三日の晩までに宮塚家に顔を出せっ! それまでこの地を離れることを禁ずる! 禁を犯した場合、貴様が尾を振る唄噤共に災いが訪れると思え!」


 その言葉に一刀は足を止めるが、すぐに歩み出し影宮家を出て行った。







「引き止めなくて宜しかったのですか?」


 出て行く一刀を見送った楓は、眉間にシワを寄せている宮塚家が当主、宮塚 文才(みやづか ぶんさい)に視線を向けた。

 楓もまさか酔って倒れたのが、宮塚家次期当主と言われる存在だとは思いもしなかったようだ。

 そもそも、後継者である人物がいると聞かされてはいたが面識はなく、後継者に関する情報も一切知らされていなかった。

 ただ、次期当主はいる。それだけは聞かされていた。


「構わぬ。アヤツがどれだけ宮塚家を毛嫌いし、我等の在り方を否定しようとも、逃れることは叶わぬ。それが我等に流れし血の祝福。神月に仕え、神木神様を守る事こそ我等四氏族が幸福である。その幸福は流れる血が教えてくれよう」


 色濃く受け継がれた血の定めには抗えぬ。

 そしてその血の定めは動き出した。

 老人はそう呟きながら、腰に差してある刀に手を添える。


「この地に足を踏み入れたアヤツはもう逃れぬことは叶わぬ。自由を謳歌する時は終わったのよ。楓、お主達の時も今動き出した。充分に気を引き締め、神木神様と神月家をお守りせよ」


 老人の言葉に楓は無言で頭を下げ、了承を示した。

 何も言わず、疑問も抱かず、受け入れる姿はまさしく四氏族の一つ影宮家次期当主としての鏡である。

 ただそんな楓の胸の内は疑問でいっぱいだったが、それを表に出すことはせず、まるで人形の様に頭を垂れた。



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