第2話 ボヤ騒ぎ


 ドボドボと無遠慮に墓石に日本酒をかけ、墓石の前にはこれでもかと言わんばかりに菓子や果物が置かれ、線香がまるで焚火でもしているのかと勘違いする程に大量に燃やされていた。

 青年はそんなモクモクと煙を上がる墓の前にドカリと地べたに座り、天に昇る煙を眺める。

 他人の迷惑などどうでもいいと言う、あまりにも身勝手な行動であるが、墓参りに来ている者は青年しかおらず、幸い誰かに咎められることはなかった。

 それを知ってか知らずかわからないが、青年はただ身動き一つせず静かに空へと登る煙を瞳に映しながら、ただ静かに涙を流す。


 亡くなった人を想っているのだろうか。

 それとも亡くなった人との思い出を思い返し、涙を流しているのだろうか。

 それとも・・・


「ゲホッゲホッ」


 ただ、線香の煙にやられて涙を流しているだけ・・・あのかもかもしれない。

 というか、それが原因で間違いないだろう。


「はぁはぁ、せ、咳き込むなら、そんなにお線香、付けなければ、はぁはぁ、いいのでは、ありませんか?」


 青年が咳き込んでいると、不意に背後から声をかけられた。


「・・・・・・・」


 視線を向けてみれば、日本では珍しいと言うより、どんな人種とのハーフだと言わんばかりの長い白銀の髪をなびかせた少女が息を切らせながら立っていた。

 誰もが美しいだの、可憐だのと思ってしまう容姿に、巫女服という普通では身に纏わない服装が、どこか幻想的で目を奪われてしまいそうな少女。

 そんな美少女がそこにいた。


「・・・・・・・」


 そんな美少女が息を切らして駆け寄ってきた理由は尋常ではない線香の煙に驚き、もしかしてボヤでも起きているのではないかと心配になり、慌てて駆け寄ってきたのだ。

 抱えている手桶には水をたっぷりと入っており、慌てて駆けて来たせいで零れた水が巫女服にかかり透けている。

 更に言えば、少しばかり着崩れも起こっており、人によっては誘っているのではないかと思われても仕方が無い有様であった。

 そんな着崩れしている美少女を前に青年は


「・・・・・・ハッ」


 鼻で笑い飛ばすだけで美少女から視線を外し、静かに燃える線香の山へと視線を戻した。


「なぜ鼻で笑われたのでしょうか!? 初対面でそれは流石に傷つきますっ!」


 喚きだした美少女であるが、青年はまるで気にしない。


「まさかの無視ですかっ! ま、まあいいです。いいですけど! それより! こんなにお線香を付けないでください! 煙が凄くて皆さん火事だと思って驚いちゃいますよ!」

「・・・・・・・・」

「聞いていますか! 普通はこんなにお線香を付けたりしないんですよ! 普通はニ・三本程でいいんです! まあ別に、本数が決まっている訳ではないですし、地域によっても、人によっても価値観は違いますし、そもそも気持ちがこもっていれば一本でも問題ないと思いますけど、流石にそれは気持ちを込め過ぎです!!」


 喚く美少女などなんのその、青年は予備として買い足した線香がまだ懐に入れたままであることを思い出し、その予備を取り出すと火をつけて投入する。


「何で追加するのですかっ!? というか煙いです! 何でこんなに煙が出るのですか!?」


 もうもうと立ち上る煙に、美少女は咳をしながら涙目になる。

 勿論青年も同じように涙目になりながら咳き込んでいた。


「ケホケホッ、ほ、ホントに何でこんなに煙が・・・あーっ!! 何で花火が入っているのですか!」


 大量の煙を発生させている原因は、なぜか線香の中に何十個も入っている煙玉が原因であった。

 どうやら線香と間違えて買ってきてしまったようだな。と青年は一人納得するもそういえばまだ懐に入っていたなと思い、なぜか煙玉を投入していった。

 そして、相も変わらずもうもう立ち上る煙をあびながら、微動だにせず、燃える線香を眺め、空へと立ち上る煙を眺め続けた。


「ちょっ、なんでまた追加、ケホケホッ!それ取って! それ消して! ケホゴホケホッ! ねぇ聞いてますか? 聞いてください! ねぇ、何か反応してっケホケホッ!」


 そしてどんなに美少女が喚き散らそうとも、青年は動くことはない。

 なので見かねた美少女が柄杓で煙玉を取り除こうと動き出すも、青年に横から手を叩かれ、決して取らせまいと邪魔されてしまった。


「イタッ!? 何で叩くんですか! えい! イタッ!? えいっ!! イッタッ!? 徐々に力が強くなっているのですけど!?」


 文句を言われてもなんの反応も返さず、ただ煙玉を取り除こうとする美少女の手を叩くばかり。

 その行動に怒りながらも美少女は痛いのを我慢しながら、負けじと手を伸ばし続けた。

 そして青年も絶対取らせる気はないのか邪魔し続けた。

 後には手を赤く腫らした涙目美少女ができあがるのだった。


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