第七章~美容師の兄

 お風呂を済ませ自室に戻ると、丁度まどかが彼氏と通話の最中だった。

 引き出しの奥にしまった花野子さんの日記帳が気になりながらも、あたしは一旦リビングに下りる事にした。

 まどか的には「別に、聞かれてマズい事なんて話してないし。気にしないで」らしいが、こちらが気にしてしまう。盗み聞きをしているワケではないが、何だか居心地が悪い。いちゃいちゃしているのも、色んな意味でできれば見たくはない。

 リビングでは、兄がソファに踏ん反り返ってスマホをいじっていた。他の家族の姿はなかった。

「おまえ、今、髪濡れてんなら、切ってやろうか?」

 キッチンでみかんジュースを瓶からグラスに移している時、兄が不意に話し掛けて来た。そう・・・美容師の兄から散髪の声が掛かるのは、新作を試し切りしたいという目的がある時だ。

「さっき、ちょっとだけ乾かしたけど?」

「半渇きなら、なお良し」

「てか、何でいつもあたしなの?まどかの髪でも試せばいいじゃない」

 リビングに移動して、兄の隣に腰掛けながらそう言うと、

「無理無理無理っ!まどかの髪を家のテキトーなハサミでいじるとか、ぜってー無理!」

 兄は顔の前で大袈裟に手を左右に振ってみせた。

「何でよ」

 ジュースを飲みながら訊ねると、

「失敗したらこえぇじゃん」

 兄は、「当たり前だろうが」と言わんばかりの表情でそう答えた。

「それって、あたしなら失敗してもいいって事?」

 唇を尖らせるあたしに、兄は笑いながら言い放った。

「おまえなら平気」

 だけど、あたしは知っていた。

 兄は絶対に失敗等しない事を。

 案の定、今日の仕上がりも絶好調だった。

 背中の真ん中くらいまであった毛先は肩上まで切られ、軽く削がれた。更に、顔の横にシャギーが入る。

「めっちゃいいじゃん!」

"レイヤーボブ"と名付けられたそのヘアスタイルはとても軽く、一瞬で気に入った。

 

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