第二章~開かずの間

 祖父母宅の一階の一番北側に、花野子さんの部屋はあった。

 

 物心つく頃に「死んだ叔母さんの部屋だから、入っちゃダメよ」と母に言われて以来、近付くのも怖かった奥の部屋。

 兄も妹も、きっと同じ理由でその部屋には一度も入ってはいない筈だ。

 あたし達 兄妹きょうだいは、その部屋をいつからか「開かずの間」と呼ぶようになり・・・そして、成長と共にその存在すら気に掛けない様になっていった。


 あたしが高校生だったある年の正月に、祖母のお姉さんが祖父母宅に泊まりに来た事があった。

 花野子さんが亡くなってからずっと親族は祖父母を思い遣り、二人の前では花野子さんの話題は極力慎んでいた様子だった。

 けれど、何故かその正月だけは違った。

 祖母のお姉さんの口から唐突に、亡き花野子さんの名前が出たのだ。

 すると、皆は堰を切った様に口々に彼女について語り始め、どういう理由わけか、祖父が花野子さんの部屋からアルバムを引っ張り出して来る迄に至ったのだ。

 正直、驚いた。

 

 そして、あたしが花野子さんを見たのも、その時が初めてだった。

 今の様に鮮明でなく、更に全体的に紫のフィルターを掛けた様なカラー写真だったのだけれど、彼女の肌がきめ細かな色白である事や、胸元で左右に垂らした三つ編みが艶々の漆黒である事は、ちゃんと判った。

 そのアルバムの中の一枚に、黄色い小花模様のワンピースを身に纏い、畳に敷いた布団の上に座り微笑む花野子さんの姿があった。

 十八、九に見える彼女の唇には、濃い紅が塗られていた。

 その妖艶な美しさをまとった花野子さんから暫く目が離せなかったのを、あたしは今でもはっきりと憶えている。

 

 襖を開けると、そこは別世界だった。

 窓にはレースのカーテンだけが掛けられており、それはきっちりと閉められていたものの、午後の光は容赦なくそのレースの隙間から入り込んでいた。

「開かずの間」と呼んでいた事もあり、その中は暗く陰気な空気が淀んでいるのを当たり前に想像していたので、その明るさに思わず拍子抜けしてしまった。

 きっと、花野子さんが亡くなったその後もずっと、祖母が大切に管理していたのだろう・・・鼻を覆うようなきな臭さ等は微塵も感じなかった。

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