第5話

 「君、大丈夫? 」


 大人たちに殴られて、傷だらけになった体をそっと触って、僕は男の子に話しかけた。男の子は本当に幼くて、あの暴力には身に余る体格だった。ストレスか、栄養不足かで、やせ細っている。


 まるで、親もいなくて、食べ物も食べられない子供みたいに。


 「さ……ないで」


 男の子は、蚊の鳴くような声で、何かを言った。その時の眼は、なんだか僕のことを敵視しているようだった。


 「ど、どうし―」


 「触らないで! 」と男の子。


 広い悲しみの車両の隅まで、彼の声が響き渡った。周りで暴れていた大人たちも、これには驚いて、黙っていた。


 それくらい、怒りのこもった大きな声。


 「大人なんか、嫌いだ。殴ってくる人も、そうやって手を差し伸べてくる人も! 」


 そういって、男の子は涙を浮かべた表情で、遠くに去っていった。もちろん、彼がどこに行ったのかは知らない。たつやさんみたいに、すっと消えたから。




 突然、僕は彼を見て、何かに気づいたような感覚になった。シンパシーを感じるだけじゃなくて、なんか、思い出した、みたいな?


 「どうされました? 」


 ふと顔を上げた僕を不思議に思って、メトラさんが声をかけてきた。


 「いや、彼を見てたら………僕って、父さんのこと、嫌いだったかもなって」


 「一緒に暮らしてたのに? 」


 「はい」


 そう思った瞬間、なぜか僕の中に、言葉にできないような怒りが出てきた。なんでだろう、全然そんな気持ちないのに、すごく腹立たしい。自分の存在をすべて否定されるような、そんな感覚。


 気が付いた時には、僕はもう、自分を見失いそうになっていた。



 

 メトラさんは、この時の僕を、どこか憐れむような表情で見ていた。彼女の眼は女神みたいに、自暴自棄になりつつある僕を見つめている。


 すると、彼女は突然、そっと僕に近づき、その手を握ってきた。はっとしてメトラさんを見ると、目をつぶって、彼女は優しくこう言っていた。


 「大丈夫。大丈夫だよ。私がいるから」


 そんな言葉を発すると、僕たちの周りに、白いベールが現れた。急に湧き出てきた僕の怒りは、だんだんとおさまっていった……




  悲しみの車両をしばらく旅して、僕らは次の好奇心の車両へと進んだ。このときには、僕はメトラさんに操られるまでもなく、自分から歩き出していた。僕もおかしくなってしまった。


 好奇心の車両は、さっきのと同じく、めちゃくちゃ広かった。いや、もうこれ蒸気機関車の中身じゃないだろ。


 ここには、たくさんの子供がいた。そして、彼らはゲーム、アニメ、映画など、不要なくらいに用意されている娯楽を楽しんでいる。


 「これは? 」


 「彼らは、夢中になっているのです。時間も、記憶もすべて忘れて」


 メトラさんは、何故かひとつぶの涙を流しながら言った。


 


 

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