第3話

 メトラさんの念力に操られて、僕は強制的に前の車両の扉の前まで歩かされた。それを見ていた彼女はとても愉快そうで、僕にはまるで悪魔に見えた。しまいには「楽しいですか? 」と無邪気な表情で言われた。


 やっぱりやばい人だ。


 前の車両に入る直前、僕はメトラさんにこんなことを言われた。


 「先ほどもお伝えしたとおり、ここから先は悲しみの車両です。恨み、憎しみ、怒り、など、負の感情が蔓延しております。災難に巻き込まれる可能性があるので、お気を付けて」


 いや、そんな危ない場所に連れてかないでよ、というか、この状況の説明してよ……


 そのとき、多分僕は涙目になっていた。


 

 僕の感情なんか気にせず、メトラさんは前の車両に続く扉を開いた。重く、木の「ギシー! 」って音が響き渡る。そして、扉の向こう側が少しずつ見えてきた。さっきの車両からは打って変わって、まるで体育館のように広い空間が視界に広がる。


 いや、悲しみの車両って、こんな広い空間、蒸気機関車のどこにあるんだよ。


 「広い」


 僕はそう言って、驚いていた。


 と、その瞬間―


 「おらおらおら! どけどけ! 」


 「うわっ! 」


 太っているけど、筋肉がすごい強そうな男の人が、急に突進してきた。いや、男の人は、右腕にメガネをかけた細い男の人を抱えて、こちら側に接近していた。まずい、潰される! 


 そう思ったとき、突然僕の体が浮いて、そのまま端の方に吹き飛ばされた。思いっきり床に強く体ぶつけたけど、おかげでぺちゃんこにならずに済んだ。


 多分、メトラさんが助けてくれたのかな?


 

 「てめえ! 絶対に許さねえぞ!? 」


 「す、すみません! 」


 目の前では、さっきので壁に叩きつけられた細い男の人と、強そうな男の人が言い合っていた。というより、一方的に細い人が責め立てられてる。


 「君、あんまり観察しないほうがいいよ。巻き込まれるかもしれないし」


 二人の殴り合いを見つめていると、突然、どこからかさわやかな男性の声が聞こえてきた。声のする方を振り向くと、そこにはパソコンを膝にのせて、地べたに座って作業をしているスーツ姿の男の人がいた。


 「え、えっと」


 「あ、ごめん。私はたつや。この悲しみの車両でずっと仕事をしている人間だよ」


 「はあ」


 「新入りかい? なら、あんまり下手に動き回らないほうがいいよ。特に君みたいな子供は。ここにはろくなやついないんだから」


 たつやさんはそう言って、悲しみの車両をちょっと眺めた。僕もそれに合わせて眺めてみると、確かに、殴り合い、罵りあい、そしてたつやさんみたいに端っこで静かに作業をしている人しかいない。


 「私はね、なんとしてもこの仕事を邪魔されたくないから、ここから動かないようにしてるんだ」


 「そう、ですか」


 「でないと、定時に帰れないからね」


 「え? 」


 彼の少しおかしな言葉に、僕は違和感を覚えた。それを伝えようとしたとき―


 「やめて、ください! 」


 突然、向こうの方から子供の声が聞こえてた。見てみると、ひとりの幼い子供が、大人たちによってたかられて殴られている。


 「あ、あれは? 」


 僕はこう言って、たつやさんの方を振り向いた。


 ………けど、ここでまた、おかしなことが起こった。


 さっきまで一緒に話してたたつやさんは、突然影も姿も消していた。





 

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