第2話

 きれいな女の人は、ちょうど僕が座っている席の真横くらいに来ると、静かに足を止めた。表情はとてもゆるやかで、銀色の整った髪を持った、優しい雰囲気の女性だ。水晶のような青い瞳で、僕のことを見つめていた。


 でも、このつぎの瞬間、恐ろしいことが起こった。


 「どいて……」


 透き通った声でこう小さくつぶやくと、女の人は、僕の隣に座っている男の人の右肩に手を置いた。そして、彼女が何かを念じるように目をつぶると、男の人の体が突然ふわりと浮かび上がった!


 まるで、念力!


 そして、結構高くまで宙を舞った男の人は、そのまま向こうの方に放り投げられてしまった。


 「うわっ! 」


 端の方に強く打ちつけられた男の人は、気を失ってしまった。


 なんか、やばい人がやってきてしまったみたい。そのきらびやかな見た目に反して、狂暴な。

 

 僕が委縮して動けなくなってるうちに、女の人はどんどん距離を縮めてきた。そして、男の人をつまみ出してからっぽになった僕の隣に、何も言わずに腰を掛けた。もう、どこにも逃げ場はない。


 けど、僕の隣に座った時、女の人は笑顔だった。それも悪意も感じられないような、ただただ目を細めて、好意的に僕を見ている。


 「雨宮だいちくん、だよね? 」


 戸惑っている僕に、女の人は急に話しかけてきた。何故だかわからないけど、彼女は僕の名前を知っていた。会ったこともないのに。


 「は、はい」


 僕は恐る恐る返した。


 「あ! よかった! 初めまして、私、メトラといいます。だいちくんを迎えに来ました! 」と嬉しそうに語るメトラさん。


 「そ、そうですか、あはは」


 「なんです? 嫌そうな顔してますけど? 」


 「嫌、というか、なんというか」


 正直、これ以外の反応はできない。


 「まあ、いいです。……雨宮だいちくん。15歳で、お父様と二人暮らし。お母様はだいちくんが小さなときに他界。あってますか? 」


 「は、はい」


 メトラさんの口から、僕の個人情報が洪水のように出てきた。


 「了解です。だいちくん、これから終点まで、五年間よろしくお願いいたします! 」


 「え? それってどういう―」


 ―ドン―


 僕がそう言いかけた時、またさっきみたいに大きな揺れが起こった。衝撃が強くて、僕はメトラさんの方に吹き飛ばされてしまった。


 「あら」


 一方、メトラさんは全く動じずに、倒れてきた僕を優しく受け止めた。


 「大丈夫ですか? 」


 「はい」


 「よかった! 」とメトラさんが笑顔で言った。


 「あ、あの、この揺れは一体、というか、ここは一体? 」


 揺れに乗じて、僕はメトラさんにさっきから疑問に感じていることを聞いてみることにした。彼女なら、この蒸気機関車のことを何か知ってそうな感じがしたから。


 すると、メトラさんは急に勢い良く立ち上がって、にっこりと笑った。僕は一瞬、何か間違えたような、まずいことをした気分になった。彼女が信用できるかどうかは、まだわからないのに。


 「気になります? じゃあ、ちょっと車内をご案内して差し上げましょうか。終点がくるまで! 」


 メトラさんはそういうと、右手を僕の方に向けた。僕の体は、さっきの男の人みたいに、彼女が思うように操れるようになった。もう、自分の意志では動くこともできない。


 「な、なにを」


 「それでは、まず前の車両にいきますか。憎しみであふれる、悲しみの車両に」


 そういうと、メトラさんは歩き出し、僕の体は、それに勝手についていった。


 


 


 


 


 


 


 

 

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