「ピアニスト」におそわれた!

「はっはっはー!わたしは孤高のピアニストだ」


 ぼくはどこかの舞台の観客席の最も前の席に座っていた。

 人の気配がない。そして舞台の上では、コンクールなどでピアノの演奏をするための格好をした男が腕を広げてぼくの前に立っている。


「君はなんだ?なんなんだ!?なんだなんだ!?!?」

 荒れ狂った男はもはやピアノをまともに演奏するつもりはないようだ。ただひたすらに低音の鍵盤を乱雑にジャンジャンと叩いている。


「ほらほらほらほら!これでもくらえほらほらほらほらっ!!!」

 ぼくは耳が痛くなってきた。

 いそいで舞台を出ることに。

 必死で住宅街の間を走っていく。

 しかし、後ろからはあのピアニストが追いかけてくる!

 ピンク色のおもちゃのピアノをもってまたしても乱雑に、しかしおもちゃのピアノらしい軽い音を、チャンチャンと鳴らしていた。


「はあはあはあ」

 息切れが激しい。追いつかれる恐怖と戦う。


 住宅街を抜けるとガードレールが現れ、その下には生活用排水が流れているだろう、いわゆるドブ川が現れた。

 あわててドブ川へと身を投じる。


 なんとか助かってくれ…!

 しかし、そんなうまい話はないようだ。


 あたりの水が音符になって、ぼくにおそいかかってきた!

 もうだめだ。気づいたときにはあたりは真っ暗だった。

 眼の前にはあのピンク色したおもちゃのピアノが置かれていた。


「やあ君、ここを出たいかね?」ピンクピアノが喋りだす。

「そりゃあ出たいに決まっている。早く出せ!」

 さけぶ。けどなにも起こらない。

「じつは私も出る方法は知らない。ただ、君が私をうまく演奏することができればここを出られるかもしれない」

「そんなわけないだろ!」

「なぜだ?なぜそうやって決めつける?」

 たしかに、決めつけていい理由なんてない。


 仕方がない。ひとまず弾いてみよう。

「申し訳ないが、ぼくはピアノは弾けない。伴奏してくれないか?」

「伴奏?まあいいだろう」


 こうしてぼくたちはピアノを弾いた。

 夢中で弾いた。ぼくは適当に弾いたけど、ピンクピアノはぼくに合わせて伴奏を弾いてくれた。


 どれくらい時間が経っただろうか?感覚としては30分くらいだろうが、実際は3時間とか経ってたかもしれない。


 急に、暗闇が光で切り裂かれ、ぼくは目をくらませた。


 ぼくたちは埋没したあの川の脇道に立っていた。


「やあ、ナイスだったよ」

 左からあの私を襲ったピアニストがやってきた。彼のあの狂った勢いはどこかへ消えていた。


「ぼく実は、サーカスでピエロをやっていたんだ。でもそのサーカス団が消えてしまってさ、ぼくを残してどこかへとね。だからぼくはピアノをやろうとおもったんだ。人を魅了させることができるのはサーカスでなくてもいいわけだ」


「それじゃあなぜぼくを襲ったんですか?」一番気になっていたことを聞いてみた。

「未練ってやつかな。やっぱりさ、サーカスしてたかった。でももう叶わない。だからむしゃくしゃして君を襲った。このピンク色のピアノはぼくの化身だったってわけさ。ぼくがピエロをしていたときも、ピンク色の布をかぶっていた」


「そうだったんですね」

 はあ、あんたの余計な気分に巻き込まれたってわけか。


「さあ君、おなかすいてるだろう?ハンバーガーでも食べていかないか?ここらへんにおいしいハンバーガー屋があるんだ」

「え?」あたりを見渡したがここはど田舎だ。ハンバーガー屋なんてないように思う。


「ふっ、そうだよな。そう反応するのが普通だ。ぼく、じつはハンバーガーつくるの好きでさ、サーカスのみんなによく配ってたんだハンバーガーつくってさ。でさ、君、食べに来ない?ぼくの家に」


「はい、ありがとうございます!」ぼくは孤高のピアニストについていった。

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